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7 モイラの信頼
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「ああっ、オリヴィア!」
階段を上がったところでモイラに捕まってしまった。
この辺りをウロウロしていたようだ。
カメロン侯爵夫人は侯爵に戻った事を告げるため玄関広間で一旦別れていた。もしこの場にいたら、モイラを止めるか、モイラのほうから怖気づいて避けたかもしれない。でも、いなかった。モイラは猛然と突進してきた。
モイラの左の頬は、赤く腫れている。
目元も泣き腫らして、浮腫んでいる。
「!」
手が伸びてきて、私は反射的に避けた。
その瞬間に、アスター伯爵が庇ってくれた。
「? オリヴィアと話さなくてはいけないんです」
「オリヴィアは大丈夫だ」
「それはそうですけど、これは私とオリヴィアの問題なので」
モイラは充血した目でアスター伯爵を睨む。
私は斜め後ろからアスター伯爵の厳しい表情を見あげた。
「承知している。だが、オリヴィアはもう君を必要としない」
「はい?」
「君には問題の解決はおろか、オリヴィアの心の傷を癒す事はできない」
アスター伯爵は、はっきりとモイラを拒絶した。
私はそれが、嬉しかった。
モイラはいちばん会いたくない人のうちのひとりだったから。
「オリヴィア」
「!?」
モイラがアスター伯爵を無視して私の手を掴んだ。
アスター伯爵が目を眇めた。
「なにをする」
モイラはそれも無視した。
「行きましょう、オリヴィア。こんな人と一緒にいるのはよくないわ」
「え?」
私は戸惑ってモイラを見あげた。
モイラは真剣な表情で、以前と同じように、私を嗜めている。
まるで、まだ、私の姉代わりのように。
それが当然であるかのように。
「噂を聞いたでしょう? 幼気な令嬢に相応しい相手ではないのよ」
「なにを言っているの? アスター伯爵は私を探しに来てくれたのよ?」
「オリヴィア、相手をしなくていい」
モイラに引っ張られた私に、アスター伯爵が静かに告げる。
そして私の手を掴んだモイラの手に、そっと触れて制止した。
「自分の立場がわかっていないようだな」
「あなたの指図は受けません」
ふたりは睨み合い、平行線を辿りそうでとても不穏だ。
「自分のした事はわかっています。でも、だからと言って、あなたがこの子の父親かなにかのように付き添う理由にはなりません」
「なるほど」
「おかしな噂が立つ前にこの子から離れてください。この子の事は私が」
「嫌よ!」
私は叫んでモイラの手から逃れた。
もう頭に血が昇って、理性的にはふるまえない。
モイラは驚いたような、そして傷ついたような顔で、私を見つめた。
「オリヴィア……」
「私の事をあれこれ決める権利はないわ。それに親切な伯爵に対して失礼よ。お父様のところまで送ってくださるの。私を心配してくださっているからよ。それを……おかしな噂? 噂なんて、私を貶めたあなたの存在がなによりも酷い醜聞でしょう!? どこまで私を馬鹿にしたら気が済むの!?」
「違うのよ……っ、あなたを誰よりも大切に思っているから……!」
「もうあなたを信じられない」
「!」
毅然と言い放った。
そんな事ができると思わなかった。でも、やっていた。
モイラは、はらはらと涙を零して、私を凝然と見つめている。
なにが信じられないのか、私には理解できない。
私を裏切ったのはモイラのほうなのに。
アスター伯爵が私の背中に手を添えて、静かに促してくれた。
私は廊下の片隅に立ち尽くすモイラを残し、歩き出した。
くぐもった声で泣くモイラを、振り返りもせずに。
階段を上がったところでモイラに捕まってしまった。
この辺りをウロウロしていたようだ。
カメロン侯爵夫人は侯爵に戻った事を告げるため玄関広間で一旦別れていた。もしこの場にいたら、モイラを止めるか、モイラのほうから怖気づいて避けたかもしれない。でも、いなかった。モイラは猛然と突進してきた。
モイラの左の頬は、赤く腫れている。
目元も泣き腫らして、浮腫んでいる。
「!」
手が伸びてきて、私は反射的に避けた。
その瞬間に、アスター伯爵が庇ってくれた。
「? オリヴィアと話さなくてはいけないんです」
「オリヴィアは大丈夫だ」
「それはそうですけど、これは私とオリヴィアの問題なので」
モイラは充血した目でアスター伯爵を睨む。
私は斜め後ろからアスター伯爵の厳しい表情を見あげた。
「承知している。だが、オリヴィアはもう君を必要としない」
「はい?」
「君には問題の解決はおろか、オリヴィアの心の傷を癒す事はできない」
アスター伯爵は、はっきりとモイラを拒絶した。
私はそれが、嬉しかった。
モイラはいちばん会いたくない人のうちのひとりだったから。
「オリヴィア」
「!?」
モイラがアスター伯爵を無視して私の手を掴んだ。
アスター伯爵が目を眇めた。
「なにをする」
モイラはそれも無視した。
「行きましょう、オリヴィア。こんな人と一緒にいるのはよくないわ」
「え?」
私は戸惑ってモイラを見あげた。
モイラは真剣な表情で、以前と同じように、私を嗜めている。
まるで、まだ、私の姉代わりのように。
それが当然であるかのように。
「噂を聞いたでしょう? 幼気な令嬢に相応しい相手ではないのよ」
「なにを言っているの? アスター伯爵は私を探しに来てくれたのよ?」
「オリヴィア、相手をしなくていい」
モイラに引っ張られた私に、アスター伯爵が静かに告げる。
そして私の手を掴んだモイラの手に、そっと触れて制止した。
「自分の立場がわかっていないようだな」
「あなたの指図は受けません」
ふたりは睨み合い、平行線を辿りそうでとても不穏だ。
「自分のした事はわかっています。でも、だからと言って、あなたがこの子の父親かなにかのように付き添う理由にはなりません」
「なるほど」
「おかしな噂が立つ前にこの子から離れてください。この子の事は私が」
「嫌よ!」
私は叫んでモイラの手から逃れた。
もう頭に血が昇って、理性的にはふるまえない。
モイラは驚いたような、そして傷ついたような顔で、私を見つめた。
「オリヴィア……」
「私の事をあれこれ決める権利はないわ。それに親切な伯爵に対して失礼よ。お父様のところまで送ってくださるの。私を心配してくださっているからよ。それを……おかしな噂? 噂なんて、私を貶めたあなたの存在がなによりも酷い醜聞でしょう!? どこまで私を馬鹿にしたら気が済むの!?」
「違うのよ……っ、あなたを誰よりも大切に思っているから……!」
「もうあなたを信じられない」
「!」
毅然と言い放った。
そんな事ができると思わなかった。でも、やっていた。
モイラは、はらはらと涙を零して、私を凝然と見つめている。
なにが信じられないのか、私には理解できない。
私を裏切ったのはモイラのほうなのに。
アスター伯爵が私の背中に手を添えて、静かに促してくれた。
私は廊下の片隅に立ち尽くすモイラを残し、歩き出した。
くぐもった声で泣くモイラを、振り返りもせずに。
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