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3 愛らしい君の愛

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「おーちょちょちょちょちょッ!」

「!」


 焦った声をあげながら、アスター伯爵がすぐ背後に迫る。
 そのタイミングで、私はついに、なにかに躓いてしまった。


「きゃっ」

「オリヴィア!」


 ふわっ。

 アスター伯爵に抱きとめられる。


「……!」


 頭が真っ白になった。

 私を腕に収めたアスター伯爵は、ダンスのようにくるくると身を翻し、私を抱えたまま橋の欄干の端に寄りかかって姿勢を安定させると、私を土の上にまっすぐ立たせてくれた。


「大丈夫かい?」

「……」


 美しい真顔が、眼前に迫る。


「!」


 刺激が強すぎる!

 汗ばんでほんのり朱に染まった麗しい御顔で、私の目を覗き込んでくる。


「……」


 私は、目を閉じ、息を止めて、精一杯横を向いた。

 アスター伯爵は、美しい。
 そして、言葉では言い表せないキュンとなるなにかを放っている。


「!」

 
 恋多き貴公子と呼ばれる彼は、このなにかで数多の貴婦人を虜にしているの!?
 これが……フェロモン!?


「大丈夫かい? オリヴィア」


 だめです!
 (私は力いっぱい首をふった)


「え? どこか怪我をしたのかい?」


 (私は力いっぱい首をふった)


「よかった。ただ驚いただけなんだね」


 アスター伯爵が微笑んだ。
 

「!」


 心臓が……止まるかと思った……

 アスター伯爵は麗しい御顔に優しい微笑みを浮かべて、私の腕を外側からぽんぽん叩いた。


「ああ、すまなかった。僕が恐がらせていたのか。大丈夫だよ。逃げる必要はない。屋敷は大騒ぎだったから、早とちりをしてしまった。君が思い詰めているとばかり……朝の散歩を邪魔して悪かったね」

「……ィイエッ」


 声が裏返る。


「え?」


 アスター伯爵が優しい眼差しで私の目をまた覗き込んだ。
 その目がふいに、悲痛な色を含む。


「ああ、泣いていたのか。そうだよね。可哀相に」


 私の目の周りや頬に涙のあとを見つけたのか、アスター伯爵はそっとハンカチで拭ってくれた。その手つきがあまりに優しくて、体の力が、少し抜けた。
 もっと刺激の強い淫らな人かと思っていたけれど、父か兄のような優しさだ。


「辛かったね。だけど、オリヴィア。いいかい? 君の愛に相応しくない人間がたまたま傍にいるという事は、そう珍しい事ではないんだ。早めにわかってよかったんだよ。君は若く、愛らしい。今は辛いかもしれないけど、君は今も、君の愛に相応しい人々からは愛されているし、これから先も、君を愛する人に出会うはずだよ」

「……」


 彼の瞳はとても慈愛に満ちている。
 傷ついた私の心に寄り添って、そして、また、あたたかく微笑んでくれた。


「ところで」


 思わず見惚れていたら、彼がまた私の肩をぐっと掴んだ。


「僕を恐がらなくても大丈夫だよ。アスター伯爵シャロン・カミンスキー。君と同じ、招待客だ」


 やっぱり、アスター伯爵。
 ご本人。


「……」


 招、待……客。


「……なぜ、眉を寄せるんだい?」


 この数分、追いつかなかった理解が、ついに私を捉えたためだった。
 
 宿泊客。
 それは私や、私を裏切った幼馴染と婚約者。
 それぞれの親族。
 そのほかの、宿泊した招待客。
 カメロン侯爵家の人々。

 私は冷静ではなかったから、人目を憚らなかった。

 でも、今。
 初対面であるアスター伯爵が私を心配して追いかけ、その上で慰めてくれたこの事実。私は自ら醜聞を撒き散らしてしまったのだ。


「……」


 羞恥心と、罪悪感。
 あと絶望。

 私は両手で顔を覆い、俯いた。


「オリヴィア?」


 消えてなくなってしまいたい。
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