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20 プリンセスのお婿さん、或いはお婿さんとプリンセス
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それが最善であると判断した事によるお婿さんの選定から1ヶ月後、正式な婚約発表をした。更に3ヶ月後に大聖堂にて結婚式を執り行った。
その時、事件は起きた。
「誓いのキスを」
「……」
司祭の一言に私は当主名代の覚悟をもって、顎を上げた。
当然のようにエディがいて、私をまっすぐ見おろしていた。その時までは、確かに、疑似的な兄という感覚を維持していたのだ。
しかし。
唇が重なった瞬間、私の体に異変が起きた。
熱が弾け、毛穴が開き、脈が跳ね上がり、息が乱れ、手がぴくんと動いた。
「!」
唇が離れた瞬間、私は自らの口を掌で塞ぎ、信じられない気持ちでエディを見あげた。彼は、勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。それは優しさと慈愛の含まれた、好ましい笑顔だった。
「あら……まぁ、嫌だ」
神と司祭と参列者の前で、私は、顔を真っ赤にしてエディにときめいたのだ。
事件だった。
ところで、それとは別にこの結婚式はとても気持ちのいいものだった。
私に甘い国王陛下が、私の元婚約者であるベロム侯爵令息イーサンとその妻ミシェルつまり私の妹に対し、私への接近禁止令を出したのだ。これは公的な禁止令で、私が出席する行事に夫妻は参加できず、式典では末席から少しでも接近を計れば即逮捕というものだった。貴族たちはこの禁止令の持つ意味を生涯よく理解していた。
末の妹であるノエルからも祝福が届けられた。
他国の王家に嫁いだノエルは式に参列が叶わなかったけれど、愛のこもった手紙と贈り物は私の胸をあたたかくした。エディが相手である事については、童話のようだと燥いでいる様子が文字から伝わってきて、可愛かった。
そして時は流れ──……
先祖代々受け継いだ職務と自らの人生について省み、悩み、嘆き、意気消沈し、徐々に痩せていったポチョムキンは、私が彼の曾孫を産んだ事によって幸せの頂点に上りつめたようだった。
私の結婚に際して執事からデュシャン公爵家顧問筆頭となっていたポチョムキンのすべての職務は、ジュリアスが引き継いでいる。
「ジュリアス。珍しく顔に出てる」
私たちは宮廷に赴いていた。
第一子が男児であっさりと時期デュシャン公爵が決まり、産後の肥立ちもよく、私は早速、次のお婿さんの準備に乗り出したのだ。
当然、私の、ではない。
娘はまだ産んでいない。
親族であり実の姉のように私を慕ってくれるアントニア殿下。王太子殿下の3女、正真正銘のプリンセス。そして、破れた小さな恋のヒロイン。彼女が今もジュリアスを想っているという事は確認済み。
メルネス侯爵家は野心を疑われるという理由で、徹底的にジュリアスを阻んだ。
けれどジュリアスの身柄は生涯デュシャン公爵家が預かる事となった。
お婿さんの重要性について、私は熟知している。
「いつもの威厳はどこにいったの。しっかりしなさい」
などと言ってジュリアスを叱りつけていたら、城の窓からアントニアが顔を覗かせた。
ハッとして頬を赤らめている。
ジュリアスもハッと息を止めている。
アントニアは私を極めて私的な午後のお茶会に招いた。
その真意は言わずもがな。
再会を果たすと、彼女は耳まで真っ赤になって、か細い声で言った。
「マルグリット……ごきげんよう……っ」
アントニアとジュリアスは神話のようにその美を輝かせながら、年甲斐もなくはにかむ。
私は眼鏡を直し、結婚生活の素晴らしさについて熱弁を振るった。
この後ふたりは結婚し国王陛下がジュリアスに伯爵の称号を与えたり、ロレンソが結婚したり、ベロム侯爵家が小競り合いをしかけてきたので親衛隊(お婿さん選びの際に集った令息たちが結束し私設軍隊となっていた)が潰したり、亡命したミシェルをノエルが追い返したり、ロレンソの長女ロヴィーサを私のふたりの息子が取り合ったり、生涯独身を貫いたラーシュ=オロフにとても懐いた私の第6子4女のウリカを養子に出して更に婿を取らせてヴィレーン伯爵家の後継者を確保したり、そのせいで私とラーシュ=オロフが愛人関係にあったという噂が残ってしまったようだけど、概ね、エディと楽しく過ごし幸せと呼べる生涯を送った。
(終)
その時、事件は起きた。
「誓いのキスを」
「……」
司祭の一言に私は当主名代の覚悟をもって、顎を上げた。
当然のようにエディがいて、私をまっすぐ見おろしていた。その時までは、確かに、疑似的な兄という感覚を維持していたのだ。
しかし。
唇が重なった瞬間、私の体に異変が起きた。
熱が弾け、毛穴が開き、脈が跳ね上がり、息が乱れ、手がぴくんと動いた。
「!」
唇が離れた瞬間、私は自らの口を掌で塞ぎ、信じられない気持ちでエディを見あげた。彼は、勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。それは優しさと慈愛の含まれた、好ましい笑顔だった。
「あら……まぁ、嫌だ」
神と司祭と参列者の前で、私は、顔を真っ赤にしてエディにときめいたのだ。
事件だった。
ところで、それとは別にこの結婚式はとても気持ちのいいものだった。
私に甘い国王陛下が、私の元婚約者であるベロム侯爵令息イーサンとその妻ミシェルつまり私の妹に対し、私への接近禁止令を出したのだ。これは公的な禁止令で、私が出席する行事に夫妻は参加できず、式典では末席から少しでも接近を計れば即逮捕というものだった。貴族たちはこの禁止令の持つ意味を生涯よく理解していた。
末の妹であるノエルからも祝福が届けられた。
他国の王家に嫁いだノエルは式に参列が叶わなかったけれど、愛のこもった手紙と贈り物は私の胸をあたたかくした。エディが相手である事については、童話のようだと燥いでいる様子が文字から伝わってきて、可愛かった。
そして時は流れ──……
先祖代々受け継いだ職務と自らの人生について省み、悩み、嘆き、意気消沈し、徐々に痩せていったポチョムキンは、私が彼の曾孫を産んだ事によって幸せの頂点に上りつめたようだった。
私の結婚に際して執事からデュシャン公爵家顧問筆頭となっていたポチョムキンのすべての職務は、ジュリアスが引き継いでいる。
「ジュリアス。珍しく顔に出てる」
私たちは宮廷に赴いていた。
第一子が男児であっさりと時期デュシャン公爵が決まり、産後の肥立ちもよく、私は早速、次のお婿さんの準備に乗り出したのだ。
当然、私の、ではない。
娘はまだ産んでいない。
親族であり実の姉のように私を慕ってくれるアントニア殿下。王太子殿下の3女、正真正銘のプリンセス。そして、破れた小さな恋のヒロイン。彼女が今もジュリアスを想っているという事は確認済み。
メルネス侯爵家は野心を疑われるという理由で、徹底的にジュリアスを阻んだ。
けれどジュリアスの身柄は生涯デュシャン公爵家が預かる事となった。
お婿さんの重要性について、私は熟知している。
「いつもの威厳はどこにいったの。しっかりしなさい」
などと言ってジュリアスを叱りつけていたら、城の窓からアントニアが顔を覗かせた。
ハッとして頬を赤らめている。
ジュリアスもハッと息を止めている。
アントニアは私を極めて私的な午後のお茶会に招いた。
その真意は言わずもがな。
再会を果たすと、彼女は耳まで真っ赤になって、か細い声で言った。
「マルグリット……ごきげんよう……っ」
アントニアとジュリアスは神話のようにその美を輝かせながら、年甲斐もなくはにかむ。
私は眼鏡を直し、結婚生活の素晴らしさについて熱弁を振るった。
この後ふたりは結婚し国王陛下がジュリアスに伯爵の称号を与えたり、ロレンソが結婚したり、ベロム侯爵家が小競り合いをしかけてきたので親衛隊(お婿さん選びの際に集った令息たちが結束し私設軍隊となっていた)が潰したり、亡命したミシェルをノエルが追い返したり、ロレンソの長女ロヴィーサを私のふたりの息子が取り合ったり、生涯独身を貫いたラーシュ=オロフにとても懐いた私の第6子4女のウリカを養子に出して更に婿を取らせてヴィレーン伯爵家の後継者を確保したり、そのせいで私とラーシュ=オロフが愛人関係にあったという噂が残ってしまったようだけど、概ね、エディと楽しく過ごし幸せと呼べる生涯を送った。
(終)
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