あつまれ相続から洩れたイケメンぞろいの令息たちよ! ~公爵令嬢は浮気者の元婚約者と妹を追放して幸せになる~

百谷シカ

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19 私のお婿さん

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 涙を拭いたポチョムキンが票を集計し、ついに結果が発表された。
 ここに集った全員が、この票数によってデュシャン公爵家のお婿さんになるわけではないと承知している。


「……」


 それでも、この熱気。
 
 まるで歴史の瞬間にでも立ち会うかのような興奮が、見目麗しい令息たちの見開いた目と、鼻息と、固唾を呑むたびに上下する喉仏と、握りこぶしから溢れ出ている。

 
「ひっ……んぐ、うっ」


 私の背後でロレンソが泣いている。
 ラーシュ=オロフが度々なにか囁いて慰めたり励ましたりしている。
 バシだのボスだの聞こえてくるのは、どう考えてもエディが物理的に励ましている。揶揄っているともいえる。
 その点、ジュリアスは静かだ。

 ポチョムキンが私を見つめ、頷いた。
 私は眼鏡を直し、右腕を高く掲げた。


「皆様」

「……!」

「……!!」


 みんな、今にも吐くか卒倒しそうな顔つき。
 

「ご協力ありがとうございました。開票の後、私が並んだ4人の後ろに回り、お婿さんの肩を叩きます。どうかすべてをお楽しみください。私が肩に手を置いた瞬間を私的な婚約発表の宴として、皆様をおもてなしさせて頂きます」

「うぅうぅうぅ……っ」


 ロレンソが泣いている。
 まるで、結果を知っているかのように。

 ……そう、きっと、知っているのだ。彼は純粋な心と、微細な事実を正確に見極める目を持っている。
 
 ポチョムキンの太い指が、集計を行った小さな衝立の上にぬっと出た。
 その瞬間、ロレンソが私の前にザッと現れ、跪いた。


「!?」


 どよめきが上がる。
 私も驚いてしまったけれど、なんであろうとロレンソなら許せる。とはいえ、今この状況でお婿さんにしてほしい旨を懇願されても、受け入れる事はできない。


「……っ、プッ、プリンセス・マルグリットぉっ!」


 ロレンソが泣きながら私の手を握り、祈るように掲げ、項が見えるほど低く頭を下げた。
 次の瞬間、彼は叫んだ。


「僕は辞退します!!」

「……!」

「……!!」


 私も驚いたけれど、令息たちも驚いている。
 それは発言よりも、ロレンソの行動にである事は明らかだ。

 けれど、私はロレンソのよき理解者であり、友人でありたかった。
 私は膝を折り、彼の肩に手を添えた。


「わかりました。……ロレンソ、理由を教えてちょうだい」

「ぼっ」

「ほふっ」


 ポチョムキンがもらい泣きしている。


「うっ……ッ」


 令息たちの中からも、謎の連帯感が生まれ咽び泣く者が現れた。
 

「プリンセス……っ、僕は……っ、あなたにっ、必ずっ、んぐっ、幸せになって頂きたい! あなたに……誰よりも相応しい人物は……あなたを見つめていれば、わかります……っ」

「……っ」


 私もつられて感極まった。


「だから僕は、辞退します……どうか! お幸せに……!!」


 後にロレンソの辞退について、自信がなかった、自分が票を集められないとわかっていて自尊心のために辞退した、という心ない噂が流れた。
 けれど、彼は私の友人として生涯支え合う関係にあったので、その認識は改められた。


「ありがとう、愛しいロレンソ。私からひとつお願いがあります。どうか、畏まらず、友人として私をマルグリットと呼んでください。あなたは私にとって、生涯の幸せを祈る大切なひとです」


 私が強く手を握り返し気持ちを伝えると、彼は俯いたまま何度も力強く頷いて、投票を担った令息たちの群へと駆けていった。彼に無関心な者もいれば、彼に拍手を送る者もいた。そして近場の者に優しく迎え入れられた。

 ポチョムキンが目尻を拭き、ロレンソの集めたらしき票を握りしめ葬った。


「投票結果の発表です!」


 私は高らかに宣言した。

 そして──……


「メルネス侯爵令息ジュリアス・リンドストランド卿、7票! ヤルテアン侯爵令息及びヴィレーン伯爵ラーシュ=オロフ・グッルバリ卿、22票! ダールストレーム侯爵令息エディ・ダールマン卿……9票ぉぉぉぉぉッ!」


 ポチョムキンが悔しそうな雄叫びをあげたのは、エディの集めた票が少ないからではなく、彼にとっては多すぎて、そして分不相応だと恐縮していたからだ。


「ぅおおおおおっ!?」

「ジュリアス卿が使用人の孫に負けたッ!?」

「滑り込みの使用人の孫がッ!?」

「9票だって!?」

 
 がくり、と。
 ポチョムキンが片膝をついた。エディの代わりに祖父のポチョムキンが詫びている。

 喝采と喧噪の中で振り向くと、ジュリアス、ラーシュ=オロフ、そしてエディがそれぞれ本人の性格を如実に表す表情で視線を返した。
 私は微笑み、彼らを促した。

 彼らは中央に足を進め、横一列に並んだ。

 私は静かに彼らの後ろに回り込んだ。

 再び、辺りは緊張を孕む沈黙に満ちた。

 そして、私たち4人の心はひとつだった。

 エディの肩に手を置いた。
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