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16 涙の舞踏会(前)
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「──というわけで、あなた方4人のうち2人まで候補を絞りました。そこで今夜、私たちの相性を確かめるため細やかな舞踏会を開きます。私たちが順に踊り、私たちの心を確かめる。そして集ったその他の令息たちは審査員を務めてもらうのよ。名案でしょう?」
私が眼鏡を直して意気揚々と宣言すると、返ってきたのは沈黙だった。
「よっ、よっ、4人ッ!?」
沈黙を破ったのは、ロレンソ。
可愛いロレンソが狼狽を隠そうともせず問い質す姿に、胸が苦しくなって、私は実際に胸をおさえ深く息を吸い込んだ。するとエディが舌打ちした。気にならなかった。
「ええ。エリオットは辞退したの。だから4人よ」
「辞退ッ!?」
ロレンソの背後で、彼の従者と当家の使用人が今か今かと構えている。
もし彼がひっくり返っても、安心。
「ええ、とても誠実だった。この滞在中、私との結婚に意義を見出せなくなったそうよ。はっきり言ってくれてよかったのジュリアス、怒らないで。ロレンソは息を、吸って、吐いて。ラーシュ=オロフはわかってくれるわね。それで、エディはなぜ笑っているの?」
私の心の中で、疑似的な兄であった彼が姿を変えた。
だから彼の笑い方が、どことなく、好ましいもののように感じるようになった。
「いや。ついに俺もお婿さん候補に含まれたかって」
「あなたの足なら踏んでも安心だから」
「今更なにを言ってるんだか。俺の足も尻も腰も背中も踏んずけて燥いでいたくせに」
「お互い、もう子どもじゃないのよ」
「それはこっちの台詞だぜ、お嬢様?」
「それは挑発? 人前よ。弁えて」
「仲がいい」
ジュリアスが冷静な意見をもって雑談を分断した。
こういう形で彼をずっと脇に置くのって、どうかしら。素敵な気がする。
「あなたは審査員じゃない。踊るのよ」
「光栄です」
「わかればよろしい」
ジュリアスはデュシャン公爵家のお婿さん選びというこの勝負で負ける。
彼を敗者のまま貴族社会に返し、恥をかかせるのは全くもって不本意といえる。
彼には、それ相応の立場を用意しなくてはならない。
「僕の塔は……ッ? ダダダダンスじゃ勝てないかもしれない……! みんなカッコよすぎるよ……ッ!!」
「塔? なんの話をしているの、ロレンソ」
「ひいっ」
椅子の上で飛び上がったロレンソを、ついに従者が支えて背中を摩った。
そんな彼をジュリアスは鋭く、ラーシュ=オロフは注意深く、見つめている。エディは揶揄うようにロレンソを指差して笑っている。
「……」
再び迷いが沸き上がるものの、彼と離れられる気がしない。
「では今夜、大広間で。ごきげんよう♪」
私は浮足立ったまま退室し、侍るポチョムキンをふり返った。正午近くになって顔色がよくなり、今では額に汗をかいている。
「私がドレスを選ぶ間、少し昼寝でもどう? いくら頑丈だからって、ここ数日は老体に鞭を打ち過ぎたかもしれないわ。反省してる」
「どうかお考え直しください、お嬢様。エディにはとても分不相応なお話でございます。私にとっても分不相応な事態になってしまいます。せめて私の後釜に据えるくらいに留めて頂けませんでしょうか。昔はそうだった。そうなるはずだったのです。ぜひそうしてくださいませ。一生に一度のお願いでございます」
「ああ、それについてはジュリアスがいいかなと思ってるの」
「──」
ポチョムキンが彫刻のように固まった。
私は足を止めて振り向き、首をかしげてしまう。
「なにが意外? ロレンソとラーシュ=オロフは領地を持っているのよ? エリオットが辞退して、有力候補の中で今もこれから先も領主ではないのはジュリアスだわ。彼を信用できない?」
「……」
ポチョムキンが老いて尚逞しい喉を震わせ、声を絞り出す。
「孫も、領主になり得ませんが?」
「ええ。彼はずっと疑似的な兄で、今はお婿さん候補。あ、私、場合によってはあたなの曾孫を産むのね。あなた元気だし、間に合いそう」
「──」
ポチョムキンは再び彫刻のように固まった。
容赦なく追い打ちをかける。
「そうなったらあなたを執事にはしておけないわね」
「……恐れ多い事でございますお嬢様……」
「私が奪うのは命じゃなくて職務よ。そんな顔しないでちょうだい」
「ああ……」
ついにポチョムキンがよたりと片膝をついた。
私は逞しい老齢の執事の肩に手を添え、告げた。
「昼寝をして、舞踏会に備えて。あなたの最後の仕事になるかもしれないから」
「ほふっ」
ポチョムキンが泣き出した。
私が眼鏡を直して意気揚々と宣言すると、返ってきたのは沈黙だった。
「よっ、よっ、4人ッ!?」
沈黙を破ったのは、ロレンソ。
可愛いロレンソが狼狽を隠そうともせず問い質す姿に、胸が苦しくなって、私は実際に胸をおさえ深く息を吸い込んだ。するとエディが舌打ちした。気にならなかった。
「ええ。エリオットは辞退したの。だから4人よ」
「辞退ッ!?」
ロレンソの背後で、彼の従者と当家の使用人が今か今かと構えている。
もし彼がひっくり返っても、安心。
「ええ、とても誠実だった。この滞在中、私との結婚に意義を見出せなくなったそうよ。はっきり言ってくれてよかったのジュリアス、怒らないで。ロレンソは息を、吸って、吐いて。ラーシュ=オロフはわかってくれるわね。それで、エディはなぜ笑っているの?」
私の心の中で、疑似的な兄であった彼が姿を変えた。
だから彼の笑い方が、どことなく、好ましいもののように感じるようになった。
「いや。ついに俺もお婿さん候補に含まれたかって」
「あなたの足なら踏んでも安心だから」
「今更なにを言ってるんだか。俺の足も尻も腰も背中も踏んずけて燥いでいたくせに」
「お互い、もう子どもじゃないのよ」
「それはこっちの台詞だぜ、お嬢様?」
「それは挑発? 人前よ。弁えて」
「仲がいい」
ジュリアスが冷静な意見をもって雑談を分断した。
こういう形で彼をずっと脇に置くのって、どうかしら。素敵な気がする。
「あなたは審査員じゃない。踊るのよ」
「光栄です」
「わかればよろしい」
ジュリアスはデュシャン公爵家のお婿さん選びというこの勝負で負ける。
彼を敗者のまま貴族社会に返し、恥をかかせるのは全くもって不本意といえる。
彼には、それ相応の立場を用意しなくてはならない。
「僕の塔は……ッ? ダダダダンスじゃ勝てないかもしれない……! みんなカッコよすぎるよ……ッ!!」
「塔? なんの話をしているの、ロレンソ」
「ひいっ」
椅子の上で飛び上がったロレンソを、ついに従者が支えて背中を摩った。
そんな彼をジュリアスは鋭く、ラーシュ=オロフは注意深く、見つめている。エディは揶揄うようにロレンソを指差して笑っている。
「……」
再び迷いが沸き上がるものの、彼と離れられる気がしない。
「では今夜、大広間で。ごきげんよう♪」
私は浮足立ったまま退室し、侍るポチョムキンをふり返った。正午近くになって顔色がよくなり、今では額に汗をかいている。
「私がドレスを選ぶ間、少し昼寝でもどう? いくら頑丈だからって、ここ数日は老体に鞭を打ち過ぎたかもしれないわ。反省してる」
「どうかお考え直しください、お嬢様。エディにはとても分不相応なお話でございます。私にとっても分不相応な事態になってしまいます。せめて私の後釜に据えるくらいに留めて頂けませんでしょうか。昔はそうだった。そうなるはずだったのです。ぜひそうしてくださいませ。一生に一度のお願いでございます」
「ああ、それについてはジュリアスがいいかなと思ってるの」
「──」
ポチョムキンが彫刻のように固まった。
私は足を止めて振り向き、首をかしげてしまう。
「なにが意外? ロレンソとラーシュ=オロフは領地を持っているのよ? エリオットが辞退して、有力候補の中で今もこれから先も領主ではないのはジュリアスだわ。彼を信用できない?」
「……」
ポチョムキンが老いて尚逞しい喉を震わせ、声を絞り出す。
「孫も、領主になり得ませんが?」
「ええ。彼はずっと疑似的な兄で、今はお婿さん候補。あ、私、場合によってはあたなの曾孫を産むのね。あなた元気だし、間に合いそう」
「──」
ポチョムキンは再び彫刻のように固まった。
容赦なく追い打ちをかける。
「そうなったらあなたを執事にはしておけないわね」
「……恐れ多い事でございますお嬢様……」
「私が奪うのは命じゃなくて職務よ。そんな顔しないでちょうだい」
「ああ……」
ついにポチョムキンがよたりと片膝をついた。
私は逞しい老齢の執事の肩に手を添え、告げた。
「昼寝をして、舞踏会に備えて。あなたの最後の仕事になるかもしれないから」
「ほふっ」
ポチョムキンが泣き出した。
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