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15 盲目的な恋の行方(※エリオット視点/※エディ視点)
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妙な動きがあると思って来てみれば、実に妙な場面に出くわした。
「むっ!」
デュシャン公爵令嬢マルグリットの書斎の真下に当たるという階段裏の小部屋に、男ふたりが体を詰め合って収まり、しかし扉は閉められず朝から醜態を晒している。
使用人の血を引くダールストレーム侯爵令息エディ・ダールマンが、血相を変えたサンドボリ侯爵令息ロレンソ・マリーツの口を塞いでいる。ただでさえ能天気でマヌケなのに、慌てた様子が更に滑稽だ。
あの男がヘダー伯爵領をまともに治め、評判もいい上に、更には教会の評議員まで務めている事が未だに信じられない。
柱時計の陰に身を潜め、様子を眺める。
「(馬鹿、風穴が空いてるから声が聞こえるんだよ。こっちの声も聞こえちまう)」
「(むっ、むふっ、むふふっ)」
「(興奮すんな。続き聞こうぜ)」
「(む……っ)」
あいつら、いったい、なにをやっている?
「……」
あの小部屋はマルグリットの書斎の真下で風穴が空いているから盗聴できるという極秘情報を、ジュリアスとラーシュ=オロフだけが書斎に呼ばれたという極秘情報とともに暴露し、そしてマヌケなロレンソだけを誘ったあの男の気が知れない。
地獄耳でなければ知り得なかった情報を元にこうして後をつけた身としては、文句を言う相手もいないが……
「……!?」
耳を澄ましていると、衝撃の事実が判明した。
「…………」
あのマルグリットが、あのロレンソに、恋……!?
「馬鹿な……ッ」
と、滑った口を自ら塞ぐ。
なるほど、エディがロレンソの口を塞ぐわけだ。こんな衝撃、あの落ち着きのないマヌケに耐えられるはずはない。
「むぐふっ! ぶひゅっ!」
いっそ息の根を止めてやれエディ・ダールマン。
* * *
豚と格闘してる気分だ。
容姿が整っているとしても今のロレンソ坊ちゃんは人間としての理性を失っている。
「(静かに。目が悪い分、マルグリットも耳がいい。騒ぐとバレる)」
「……」
ロレンソが硬直した。
「(息はしろ)」
どこにどう風穴が空いているのかは確かめようがないが、この小部屋の事を教えてくれたのは幼い日のマルグリットだった。こんな形で検証する日が来ようとは思ってもみなかったが、向こうは向こうで、幼い日の自分がそんな事をつきとめた上に暴露までしたとは覚えてもいないだろう。真面目な顔をしていても、昔は多少の遊び心があった。今じゃあの凝り固まった肩と頭をほぐせるのは俺しかない。
誰かが息抜きさせてやらなきゃいけないのに、誰もそれをしない。
そういう意味では、ロレンソはいい息抜きにはなりそうだ。
息抜きに留めてほしかった。
「……」
恋だって?
冗談じゃない。
「?」
ロレンソが俺の手を叩いた。
なるほど。
ちょっと力み過ぎて鼻を塞いでしまいましたね、坊ちゃん。
「ゾォォォォォォォォッ!」
枯渇していたからって、その顔でその鼻息出るかよ。
凄いな。
──私は反対です。聡明なあなたが迷われるという事は、つまりはそういう事です。直感的に違和感を覚えているのが証拠です。心に従うべきです。マルグリット、あなたは決断を誤らない。いついかなる時も。たとえ、恋をしていようとも。
「(ぐふぅ……っ)」
ジュリアスの正論にロレンソが呻った。
反抗的な呻りだった。
──私は、以前も申し上げた通り、おふたりの相性はとてもよいものだと思います。それに盲目的な恋とは常軌を逸した行いに走るほど理性を失うもので、あなたのように慎重に熟考するのはむしろ理性的ですよ。ただ、迷いがあるのは事実のようですね。もう少し掘り下げて考えてみましょう。
「(……ふぅっ、……ふぅっ)」
アンクル・Rはいつも通りだ。
──仮に恋が冷めた時、彼の人柄を愛せるならいいと思いますが……
「チッ」
余計な事を言うな。
──もしそうなった場合、あなたは、よく似たより深い関係を知っている。だから躊躇っている。そうではありませんか?
「……」
「……」
アンクル・R、見直した。
──ええ、そう。あなたにはお見通しなのね。あなたの言う通りだわ。いずれ恋が冷めて友情になるなら、それって……彼でいいのかもって。
──彼とは?
ジュリアス、いいぞ。煽れ。
たぶん俺だ。
──疑似的な兄よ。
「(キュゥッ!)」
いいところなのにロレンソが奇声をあげたせいで笑いを堪えるはめになった。
マルグリットが真剣な声で続ける。
──まったく眼中になかったの。なぜ来たのって思ったわ。でも、彼の存在感は大きすぎるし、昨夜のあたなたたちの意見を聞いて心が動いてしまった。左右に。ロレンソ? エディ? ロレンソ? エディ? 私、自分の心を律する事ができないなんて初めての事で、自分が自分ではないみたいで……。
──つまり、実のところ、どちらと結婚すればいいかという相談なのですね?
ジュリアス。
もう口を挟むな。答えは出て────
──では、もう一押しが必要です。ふたりに競わせましょう。それであなたの心がどちらに揺れるか、確かめるのです。
「……」
「……」
アンクル・R。
若者の恋のから騒ぎを見たいのか?
そこはもう、俺を推薦して終わらせてくれてもよかったんじゃないか?
──そうね。そうするわ。ありがとう。ふたりに会いに行く。大切な事だから自分の口で伝えなければ。部屋にいるかしら。
「!」
「!」
俺たちはもみあって小部屋から転がり出ると、言うまでもなくダッシュした。意外な事にロレンソは機敏だった。そして走りながら、柱時計の陰で泣き崩れているエリオットを見かけた。
「えっ!? 君ッ、こんなところでどうしたっていうんだい!? どこか痛い!?」
「馬鹿! いい大人なんだからほっとけ! 真剣勝負するんだろ!」
「そうだ! ごめんっ、急いでるから行くね!! ねえエディ、真剣勝負って腕相撲じゃないよね? 僕っ、絶対に勝てないよッ!?」
「得意な事で勝負しましょうね坊ちゃん!」
「じゃあ僕は塔を建てるよ! 愛を表現するんだ!」
「それで俺がその塔を壊す?」
「いいね! 鼬ゴッコだぁ!!」
悪い男ではない。
違った形で出会えていたらよかったが。
「……」
いや、出会い方は関係ないかな。
こういう性格なら。
「むっ!」
デュシャン公爵令嬢マルグリットの書斎の真下に当たるという階段裏の小部屋に、男ふたりが体を詰め合って収まり、しかし扉は閉められず朝から醜態を晒している。
使用人の血を引くダールストレーム侯爵令息エディ・ダールマンが、血相を変えたサンドボリ侯爵令息ロレンソ・マリーツの口を塞いでいる。ただでさえ能天気でマヌケなのに、慌てた様子が更に滑稽だ。
あの男がヘダー伯爵領をまともに治め、評判もいい上に、更には教会の評議員まで務めている事が未だに信じられない。
柱時計の陰に身を潜め、様子を眺める。
「(馬鹿、風穴が空いてるから声が聞こえるんだよ。こっちの声も聞こえちまう)」
「(むっ、むふっ、むふふっ)」
「(興奮すんな。続き聞こうぜ)」
「(む……っ)」
あいつら、いったい、なにをやっている?
「……」
あの小部屋はマルグリットの書斎の真下で風穴が空いているから盗聴できるという極秘情報を、ジュリアスとラーシュ=オロフだけが書斎に呼ばれたという極秘情報とともに暴露し、そしてマヌケなロレンソだけを誘ったあの男の気が知れない。
地獄耳でなければ知り得なかった情報を元にこうして後をつけた身としては、文句を言う相手もいないが……
「……!?」
耳を澄ましていると、衝撃の事実が判明した。
「…………」
あのマルグリットが、あのロレンソに、恋……!?
「馬鹿な……ッ」
と、滑った口を自ら塞ぐ。
なるほど、エディがロレンソの口を塞ぐわけだ。こんな衝撃、あの落ち着きのないマヌケに耐えられるはずはない。
「むぐふっ! ぶひゅっ!」
いっそ息の根を止めてやれエディ・ダールマン。
* * *
豚と格闘してる気分だ。
容姿が整っているとしても今のロレンソ坊ちゃんは人間としての理性を失っている。
「(静かに。目が悪い分、マルグリットも耳がいい。騒ぐとバレる)」
「……」
ロレンソが硬直した。
「(息はしろ)」
どこにどう風穴が空いているのかは確かめようがないが、この小部屋の事を教えてくれたのは幼い日のマルグリットだった。こんな形で検証する日が来ようとは思ってもみなかったが、向こうは向こうで、幼い日の自分がそんな事をつきとめた上に暴露までしたとは覚えてもいないだろう。真面目な顔をしていても、昔は多少の遊び心があった。今じゃあの凝り固まった肩と頭をほぐせるのは俺しかない。
誰かが息抜きさせてやらなきゃいけないのに、誰もそれをしない。
そういう意味では、ロレンソはいい息抜きにはなりそうだ。
息抜きに留めてほしかった。
「……」
恋だって?
冗談じゃない。
「?」
ロレンソが俺の手を叩いた。
なるほど。
ちょっと力み過ぎて鼻を塞いでしまいましたね、坊ちゃん。
「ゾォォォォォォォォッ!」
枯渇していたからって、その顔でその鼻息出るかよ。
凄いな。
──私は反対です。聡明なあなたが迷われるという事は、つまりはそういう事です。直感的に違和感を覚えているのが証拠です。心に従うべきです。マルグリット、あなたは決断を誤らない。いついかなる時も。たとえ、恋をしていようとも。
「(ぐふぅ……っ)」
ジュリアスの正論にロレンソが呻った。
反抗的な呻りだった。
──私は、以前も申し上げた通り、おふたりの相性はとてもよいものだと思います。それに盲目的な恋とは常軌を逸した行いに走るほど理性を失うもので、あなたのように慎重に熟考するのはむしろ理性的ですよ。ただ、迷いがあるのは事実のようですね。もう少し掘り下げて考えてみましょう。
「(……ふぅっ、……ふぅっ)」
アンクル・Rはいつも通りだ。
──仮に恋が冷めた時、彼の人柄を愛せるならいいと思いますが……
「チッ」
余計な事を言うな。
──もしそうなった場合、あなたは、よく似たより深い関係を知っている。だから躊躇っている。そうではありませんか?
「……」
「……」
アンクル・R、見直した。
──ええ、そう。あなたにはお見通しなのね。あなたの言う通りだわ。いずれ恋が冷めて友情になるなら、それって……彼でいいのかもって。
──彼とは?
ジュリアス、いいぞ。煽れ。
たぶん俺だ。
──疑似的な兄よ。
「(キュゥッ!)」
いいところなのにロレンソが奇声をあげたせいで笑いを堪えるはめになった。
マルグリットが真剣な声で続ける。
──まったく眼中になかったの。なぜ来たのって思ったわ。でも、彼の存在感は大きすぎるし、昨夜のあたなたたちの意見を聞いて心が動いてしまった。左右に。ロレンソ? エディ? ロレンソ? エディ? 私、自分の心を律する事ができないなんて初めての事で、自分が自分ではないみたいで……。
──つまり、実のところ、どちらと結婚すればいいかという相談なのですね?
ジュリアス。
もう口を挟むな。答えは出て────
──では、もう一押しが必要です。ふたりに競わせましょう。それであなたの心がどちらに揺れるか、確かめるのです。
「……」
「……」
アンクル・R。
若者の恋のから騒ぎを見たいのか?
そこはもう、俺を推薦して終わらせてくれてもよかったんじゃないか?
──そうね。そうするわ。ありがとう。ふたりに会いに行く。大切な事だから自分の口で伝えなければ。部屋にいるかしら。
「!」
「!」
俺たちはもみあって小部屋から転がり出ると、言うまでもなくダッシュした。意外な事にロレンソは機敏だった。そして走りながら、柱時計の陰で泣き崩れているエリオットを見かけた。
「えっ!? 君ッ、こんなところでどうしたっていうんだい!? どこか痛い!?」
「馬鹿! いい大人なんだからほっとけ! 真剣勝負するんだろ!」
「そうだ! ごめんっ、急いでるから行くね!! ねえエディ、真剣勝負って腕相撲じゃないよね? 僕っ、絶対に勝てないよッ!?」
「得意な事で勝負しましょうね坊ちゃん!」
「じゃあ僕は塔を建てるよ! 愛を表現するんだ!」
「それで俺がその塔を壊す?」
「いいね! 鼬ゴッコだぁ!!」
悪い男ではない。
違った形で出会えていたらよかったが。
「……」
いや、出会い方は関係ないかな。
こういう性格なら。
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