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14 私の恋の話
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翌朝、私はジュリアスとラーシュ=オロフを書斎に呼んだ。
「大丈夫ですか? 蒼い顔色ですが」
ラーシュ=オロフが気にかけたのは私ではなく、私の頼れる老齢の執事ポチョムキン。私は眼鏡を直し、大きく頷いた。
「本人がそう言っているし、私が彼を止めるにはベッドに鎖で拘束するしか手段がない。そしてそれだけはしたくない」
「わかりました」
私の大切な執事に気を配ってくれるラーシュ=オロフは、本当に素晴らしい人物だ。彼は、夫というか、生涯心の友としてお付き合いを続けていきたい。
ジュリアスが珍しく朗らかな笑みを浮かべた。
「あなたは朝から薔薇色の頬をして、お元気そうでなによりです」
「やめて。おだてても無駄よ」
ジュリアスは微笑んだまま軽く頭を下げた。
そう、気取らない関係が理想的。
この男は、なにを考えているかわからないところがある。
けれど敵ではない気がする。
「今日お呼びしたのは、極めて堅実な思考の持ち主であるあなた方に折り入って相談があるからよ」
「ほう。なんでしょう」
ラーシュ=オロフがわずかに眉をあげて驚きを示した。
反対にジュリアスは笑みを打ち消し、真顔で小さく頷いた。
「なにか問題が?」
一言えば十理解して万事解決しそうなジュリアスはやはり、有力な同盟相手として頼りになりそうな予感がする。
そう。
私はひとつの結論を出していた。
このふたりとは結婚しない。
「まずお伝えすると、あなた方とは結婚しません」
「!」
「……」
私は見た。
ジュリアスの顔に浮かんだのは、落胆でも不満でも怒りでもなく、希望だった。
そしてラーシュ=オロフは「わかっていたよ、マルグリット」と優しい声が聞こえてきそうな沈黙の中で、目を細めて微笑んだ。私は微笑みを返した。
「ジュリアス、あなたは心強い味方として。ラーシュ=オロフ、あなたは心を許せる、なんでも相談できるおじ様として。生涯、友愛で繋がりたいと思ったの」
「光栄です……!」
ジュリアスは本気。
「光栄です」
ラーシュ=オロフは、心に沁みる温和な同意。
「私……」
そして清らかな朝日がひっそりと挿し込む書斎に、秘密めいた間を挟む。
ジュリアスを見つめ、ラーシュ=オロフを見つめ、またジュリアスを見つめてから、ラーシュ=オロフを見つめる。
「ロレンソに恋をしているわ」
「……」
「なん……だ、と……!?」
ラーシュ=オロフは静かに受け止めたけれど、ジュリアスは驚きを隠せない様子。
「で、では、あああなたはあのっ、マヌケな若造とけけっ結婚をッ!?」
「ジュリアスがロレンソになってしまったわね。だけと、あなたじゃない」
「落ち着いて」
ラーシュ=オロフがジュリアスの腕をそっと叩く。
年長者の彼は、やはり頼りになる。
「あと、彼はマヌケじゃない」
「恋は盲目……!」
ジュリアスはけっこう失礼だけれど、許せる。
「ええ、そう。私が相談したいのはその事」
眼鏡を直し、深い悩みを打ち明ける。
「恋はやがて冷める。彼の魅力を好ましく感じなくなったとしても、彼自身を人として愛し続ける事は難しくないと思うの。けれど、問題はそれじゃない。恋という幻想で目が眩んだ私が彼と結婚する事については躊躇いと不安がつきまとうからどうするべきか迷っていて、信頼できるあなた方からぜひ助言を受けたいの。お願いできるかしら?」
「もちろんです」
「……」
ラーシュ=オロフは即答。
そしてジュリアスは虚無に陥った。なので彼を待った。
「大丈夫ですか? 蒼い顔色ですが」
ラーシュ=オロフが気にかけたのは私ではなく、私の頼れる老齢の執事ポチョムキン。私は眼鏡を直し、大きく頷いた。
「本人がそう言っているし、私が彼を止めるにはベッドに鎖で拘束するしか手段がない。そしてそれだけはしたくない」
「わかりました」
私の大切な執事に気を配ってくれるラーシュ=オロフは、本当に素晴らしい人物だ。彼は、夫というか、生涯心の友としてお付き合いを続けていきたい。
ジュリアスが珍しく朗らかな笑みを浮かべた。
「あなたは朝から薔薇色の頬をして、お元気そうでなによりです」
「やめて。おだてても無駄よ」
ジュリアスは微笑んだまま軽く頭を下げた。
そう、気取らない関係が理想的。
この男は、なにを考えているかわからないところがある。
けれど敵ではない気がする。
「今日お呼びしたのは、極めて堅実な思考の持ち主であるあなた方に折り入って相談があるからよ」
「ほう。なんでしょう」
ラーシュ=オロフがわずかに眉をあげて驚きを示した。
反対にジュリアスは笑みを打ち消し、真顔で小さく頷いた。
「なにか問題が?」
一言えば十理解して万事解決しそうなジュリアスはやはり、有力な同盟相手として頼りになりそうな予感がする。
そう。
私はひとつの結論を出していた。
このふたりとは結婚しない。
「まずお伝えすると、あなた方とは結婚しません」
「!」
「……」
私は見た。
ジュリアスの顔に浮かんだのは、落胆でも不満でも怒りでもなく、希望だった。
そしてラーシュ=オロフは「わかっていたよ、マルグリット」と優しい声が聞こえてきそうな沈黙の中で、目を細めて微笑んだ。私は微笑みを返した。
「ジュリアス、あなたは心強い味方として。ラーシュ=オロフ、あなたは心を許せる、なんでも相談できるおじ様として。生涯、友愛で繋がりたいと思ったの」
「光栄です……!」
ジュリアスは本気。
「光栄です」
ラーシュ=オロフは、心に沁みる温和な同意。
「私……」
そして清らかな朝日がひっそりと挿し込む書斎に、秘密めいた間を挟む。
ジュリアスを見つめ、ラーシュ=オロフを見つめ、またジュリアスを見つめてから、ラーシュ=オロフを見つめる。
「ロレンソに恋をしているわ」
「……」
「なん……だ、と……!?」
ラーシュ=オロフは静かに受け止めたけれど、ジュリアスは驚きを隠せない様子。
「で、では、あああなたはあのっ、マヌケな若造とけけっ結婚をッ!?」
「ジュリアスがロレンソになってしまったわね。だけと、あなたじゃない」
「落ち着いて」
ラーシュ=オロフがジュリアスの腕をそっと叩く。
年長者の彼は、やはり頼りになる。
「あと、彼はマヌケじゃない」
「恋は盲目……!」
ジュリアスはけっこう失礼だけれど、許せる。
「ええ、そう。私が相談したいのはその事」
眼鏡を直し、深い悩みを打ち明ける。
「恋はやがて冷める。彼の魅力を好ましく感じなくなったとしても、彼自身を人として愛し続ける事は難しくないと思うの。けれど、問題はそれじゃない。恋という幻想で目が眩んだ私が彼と結婚する事については躊躇いと不安がつきまとうからどうするべきか迷っていて、信頼できるあなた方からぜひ助言を受けたいの。お願いできるかしら?」
「もちろんです」
「……」
ラーシュ=オロフは即答。
そしてジュリアスは虚無に陥った。なので彼を待った。
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