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13 認め合いの精神
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「ではジュリアスから。もしあなたでないとしたら誰が私の夫に相応しいと思うか、具体的な考えを聞かせてちょうだい」
「……」
ジュリアスは思案顔で私を見つめた後、噛み締めるように頷いて言った。
「エディが相応しいと考えます」
「彼は選考に含まれないと私は言って、あなた方は了承したものと思っていたけれど」
早速、思いがけない展開に。
ここは様々な意見が聞けたほうが有意義なので、問題はない。
「理由を聞かせて?」
「はい、申し上げます。まず第一に、エディには絶大な信頼を置ける点があげられます。デュシャン公爵家に代々仕えるポチョムキン一家の者であり、正統な貴族の血も持ち合わせ、あなたとも気が合い、申し分ありません」
「彼は疑似的な兄よ」
「理性より感情を優先されるとしたら、実の兄とも思い込めそうな男を婿に迎えるのは非常に苦痛かと思われますが、信頼の置ける格下の婿としては好物件極まりないのが現実です。それに事実エディは血縁者ではない」
「なるほど」
さすが、ジュリアス。
私が見込んだだけあって、手厳しい現実的な意見。
「どうもありがとう。次はロレンソ、あなたの意見をぜひ聞かせてちょうだい」
彼を見ると、自然と唇に笑みが浮かぶ。
「はっ、はい! あのっ、わわっ」
「落ち着いて。まず、そのナイフを置いて」
「はい!」
とても素直。
彼の背後でそわそわしている彼の従者と当家の給仕をセットで見ていると、その和やかな風景にとても心が和む。
「ぼ、僕は……ッ、僕も……ッ、ヘディがいいと思います!」
声が裏返って、エディはヘディに。
そんな珍事も、ロレンソなら許せる。
彼には非常に、感じるものがある……。
「理由は? ジュリアスの意見は聞きました。あなたの意見を聞かせて?」
「はい! ジュリハスの持論に全面的に賛成でッ!」
「ロレンソ。私たちを人と思わないで、岩だと思ってみて。難しい設計や修繕や建築は、あなたの得意な事でしょう?」
「──」
驚くべき事が起きた。
ロレンソが、覚醒したのだ。
「誰しもがジュリアス卿と同じ所見でも、なんら不思議ではないでしょう。付け加えるとしたら、やはりふたりの相性のよさが上げられます。既に完成された絆は、腹を割って本心で語り合える理想的関係を目の当たりにすれば明らかです。なにより、恐らくエディが婿となった事でなんらかの問題が勃発したとしても、それは他の婿たる男が発端となる問題に比べたら、砂利一粒と岸壁ほどの差があるかと。要するに安全第一、それに尽きるとすれば、エディはうってつけです」
「?」
「!?」
「???」
ロレンソがキリッとしている。
いいものを見た。彼は立派な頼れる領主だ。
「わかりました。ありがとう。続いて、エリオット。あなたの意見を」
「はい。申し上げます。ジュリアスのほかには考えられません。元使用人であるエディは論外ですし、ロレンソは婿であろうと夫として頼りなく、ラーシュ=オロフは年が離れすぎです。むしろ、この状況でジュリアス以外を候補に残しているあなたの考えに、若干の疑問を抱かずにはいられません」
「……?」
ジュリアスが厳しい一瞥を送り、ロレンソが目を丸くした。ラーシュ=オロフは落ち着いてエリオットを凝視して待ち、エディは芋にがっついている。
「私としては積極的に意見を言ってもらえて嬉しいと本気で思っています。一言で答えるとすれば、主観と政治で選択する男の花嫁選びに比べ、私は複雑な事情を抱えているのです。女心は範疇外と大目に見てもらえたら嬉しいわ。お願いできるかしら」
「承知しました。無粋を申しました」
「いいえ。ありがとう」
彼は、本当にいい。
補欠として申し分ない。
「さて、ラーシュ=オロフ。あなたですね」
「ええ」
父性の滲み出る温和なラーシュ=オロフと微笑みを交わす。
強いて言えば、父より若ければいい。だから彼は候補として、非常に有望。それなのに、彼は一票も得る事なく自身の番を迎えた。だからといって焦りも不満も漂っていない辺りも、好感触。
「あなたは、他の3人に比べると、まるで親のような気持ちで私の婿を選別するかもしれませんね」
「滅相もない。ただ、ご覧の通り老いていますから、多少の厚かましさはあるかもしれません」
「そんな。厚かましいなんて思いません」
「寛大ですね」
「それで、あなたは誰が相応しいと思う?」
一瞬、ラーシュ=オロフは悪戯っぽく目を細めた。
その表情に、なにやら魅力らしきものを感じた私の胸が、一拍ずれて脈を刻む。
「ロレンソです」
「ふえっ!?」
建築に長けた若き伯爵が、あがり症の可愛い彼に戻った。
「人柄に好感が持てますし、同じ領主として領民を守ろうとする思いの根底に愛がある事を感じます。目の前にあるのが岩と思えば、どんな場面でも実力を発揮するでしょう。その上で、頼れる老齢の執事ポチョムキンの引退後にはエディを相談役として迎え入れ、ロレンソとエディで脇を固めるのが理想的に思えます」
「喧嘩になっちゃいますよ!?」
私よりロレンソが我が事として取り乱している。
「ロレンソ。エディは疑似的な兄です」
「彼はそう思っていない!」
狼狽で声をバウンドさせながら、ロレンソは勢い余って椅子を蹴り立った。
当然、その椅子を彼の従者と当家の給仕がぬかりなく受け止める。
ラーシュ=オロフが穏やかにロレンソを見あげて微笑みかけ、反対にエリオットが嫌悪も顕わに眉を顰めた。ジュリアスは単純に真顔。エディはパンに手を伸ばしている。
「エディの思いは重要ではないのよ、ロレンソ」
「ふっ」
エディが笑った。
眼鏡の上から睨んでおいた。
ふいにジュリアスの視線が上へずれたので、私はハッとして背後に首を巡らせた。エディの祖父であり、老齢の頼れる執事ポチョムキンが、震える手で脂汗を拭いていた。こんなにも一大事になるとは、人生の先達であるポチョムキンも予想だにしていなかったのだろう。
だからと言って、彼の意見もまた、それほど重要ではない。
私の心は次第に固まりつつあった。
非常に、有意義だった。
「……」
ジュリアスは思案顔で私を見つめた後、噛み締めるように頷いて言った。
「エディが相応しいと考えます」
「彼は選考に含まれないと私は言って、あなた方は了承したものと思っていたけれど」
早速、思いがけない展開に。
ここは様々な意見が聞けたほうが有意義なので、問題はない。
「理由を聞かせて?」
「はい、申し上げます。まず第一に、エディには絶大な信頼を置ける点があげられます。デュシャン公爵家に代々仕えるポチョムキン一家の者であり、正統な貴族の血も持ち合わせ、あなたとも気が合い、申し分ありません」
「彼は疑似的な兄よ」
「理性より感情を優先されるとしたら、実の兄とも思い込めそうな男を婿に迎えるのは非常に苦痛かと思われますが、信頼の置ける格下の婿としては好物件極まりないのが現実です。それに事実エディは血縁者ではない」
「なるほど」
さすが、ジュリアス。
私が見込んだだけあって、手厳しい現実的な意見。
「どうもありがとう。次はロレンソ、あなたの意見をぜひ聞かせてちょうだい」
彼を見ると、自然と唇に笑みが浮かぶ。
「はっ、はい! あのっ、わわっ」
「落ち着いて。まず、そのナイフを置いて」
「はい!」
とても素直。
彼の背後でそわそわしている彼の従者と当家の給仕をセットで見ていると、その和やかな風景にとても心が和む。
「ぼ、僕は……ッ、僕も……ッ、ヘディがいいと思います!」
声が裏返って、エディはヘディに。
そんな珍事も、ロレンソなら許せる。
彼には非常に、感じるものがある……。
「理由は? ジュリアスの意見は聞きました。あなたの意見を聞かせて?」
「はい! ジュリハスの持論に全面的に賛成でッ!」
「ロレンソ。私たちを人と思わないで、岩だと思ってみて。難しい設計や修繕や建築は、あなたの得意な事でしょう?」
「──」
驚くべき事が起きた。
ロレンソが、覚醒したのだ。
「誰しもがジュリアス卿と同じ所見でも、なんら不思議ではないでしょう。付け加えるとしたら、やはりふたりの相性のよさが上げられます。既に完成された絆は、腹を割って本心で語り合える理想的関係を目の当たりにすれば明らかです。なにより、恐らくエディが婿となった事でなんらかの問題が勃発したとしても、それは他の婿たる男が発端となる問題に比べたら、砂利一粒と岸壁ほどの差があるかと。要するに安全第一、それに尽きるとすれば、エディはうってつけです」
「?」
「!?」
「???」
ロレンソがキリッとしている。
いいものを見た。彼は立派な頼れる領主だ。
「わかりました。ありがとう。続いて、エリオット。あなたの意見を」
「はい。申し上げます。ジュリアスのほかには考えられません。元使用人であるエディは論外ですし、ロレンソは婿であろうと夫として頼りなく、ラーシュ=オロフは年が離れすぎです。むしろ、この状況でジュリアス以外を候補に残しているあなたの考えに、若干の疑問を抱かずにはいられません」
「……?」
ジュリアスが厳しい一瞥を送り、ロレンソが目を丸くした。ラーシュ=オロフは落ち着いてエリオットを凝視して待ち、エディは芋にがっついている。
「私としては積極的に意見を言ってもらえて嬉しいと本気で思っています。一言で答えるとすれば、主観と政治で選択する男の花嫁選びに比べ、私は複雑な事情を抱えているのです。女心は範疇外と大目に見てもらえたら嬉しいわ。お願いできるかしら」
「承知しました。無粋を申しました」
「いいえ。ありがとう」
彼は、本当にいい。
補欠として申し分ない。
「さて、ラーシュ=オロフ。あなたですね」
「ええ」
父性の滲み出る温和なラーシュ=オロフと微笑みを交わす。
強いて言えば、父より若ければいい。だから彼は候補として、非常に有望。それなのに、彼は一票も得る事なく自身の番を迎えた。だからといって焦りも不満も漂っていない辺りも、好感触。
「あなたは、他の3人に比べると、まるで親のような気持ちで私の婿を選別するかもしれませんね」
「滅相もない。ただ、ご覧の通り老いていますから、多少の厚かましさはあるかもしれません」
「そんな。厚かましいなんて思いません」
「寛大ですね」
「それで、あなたは誰が相応しいと思う?」
一瞬、ラーシュ=オロフは悪戯っぽく目を細めた。
その表情に、なにやら魅力らしきものを感じた私の胸が、一拍ずれて脈を刻む。
「ロレンソです」
「ふえっ!?」
建築に長けた若き伯爵が、あがり症の可愛い彼に戻った。
「人柄に好感が持てますし、同じ領主として領民を守ろうとする思いの根底に愛がある事を感じます。目の前にあるのが岩と思えば、どんな場面でも実力を発揮するでしょう。その上で、頼れる老齢の執事ポチョムキンの引退後にはエディを相談役として迎え入れ、ロレンソとエディで脇を固めるのが理想的に思えます」
「喧嘩になっちゃいますよ!?」
私よりロレンソが我が事として取り乱している。
「ロレンソ。エディは疑似的な兄です」
「彼はそう思っていない!」
狼狽で声をバウンドさせながら、ロレンソは勢い余って椅子を蹴り立った。
当然、その椅子を彼の従者と当家の給仕がぬかりなく受け止める。
ラーシュ=オロフが穏やかにロレンソを見あげて微笑みかけ、反対にエリオットが嫌悪も顕わに眉を顰めた。ジュリアスは単純に真顔。エディはパンに手を伸ばしている。
「エディの思いは重要ではないのよ、ロレンソ」
「ふっ」
エディが笑った。
眼鏡の上から睨んでおいた。
ふいにジュリアスの視線が上へずれたので、私はハッとして背後に首を巡らせた。エディの祖父であり、老齢の頼れる執事ポチョムキンが、震える手で脂汗を拭いていた。こんなにも一大事になるとは、人生の先達であるポチョムキンも予想だにしていなかったのだろう。
だからと言って、彼の意見もまた、それほど重要ではない。
私の心は次第に固まりつつあった。
非常に、有意義だった。
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