あつまれ相続から洩れたイケメンぞろいの令息たちよ! ~公爵令嬢は浮気者の元婚約者と妹を追放して幸せになる~

百谷シカ

文字の大きさ
上 下
8 / 21

8 私は困惑している

しおりを挟む
「久しぶりだなぁ、マルグリット。疲れた顔して。眉間から悪霊かなにか生まれてきそうだぜ」

「あなた……どうして、ここに……?」

「わっ、わたくしはっ、しっ、しらせて──」

「わかってるわ。落ち着きなさい、ポチョムキン」


 私の数倍動揺している執事に、冷めた紅茶を促す。


「どっ、どうも……ガフッ」

「大丈夫かよ、爺さん」


 私はエディを睨んだ。
 いくら屈強な筋肉を隠すふくよかな身体つきとはいえ、ポチョムキンは老齢なのだ。余計な負担をかけるのは、本意ではない。

 私は噎せるポチョムキンの背中を摩った。


「相変わらず仲良しコンビだな」

「お黙りなさい。ポチョムキンの言う通り、あなたには報せていないはずでしょう。なぜ来たの」

「だから、飛び入り」


 傍まで来ると、エディは遠慮なく果物に手を伸ばした。
 それはこちらもお腹がいっぱいだったので、勝手に摘まんでもらう。
 エディが指を拭いて、エディの祖父であるポチョムキンが口を拭く間、私たちは同じ沈黙を共有した。


「そうだとしても、分別があればあなたは立候補しないはず」

「なんで?」

「なんでって……」


 ポチョムキンが落ち着いたので、私は正面からエディを見あげた。


「私にとってあなたは、ほぼ兄よ」

「それだけ信頼されてるって事だよな。嬉しいぜ」

「……え?」


 私としたことが。
 疲労に困惑が重なって、頭の回転が鈍くなっている。


「俺を信用してない?」

「いいえ? 信用はしてる」

「だろ?」

「だからって、あなたは疑似的な兄であってお婿さん候補にはなり得ないわ」

「決めつけるなよ。相変わらず石頭だな。変わってない」


 そう言って目を細め、エディが私の頬を親指と人差し指でみゅっと挟んだ。


「エェェェェディィィィイッ!?」


 ポチョムキンが珍しく顔面蒼白になって、


「みゃうぇえ(やめて)」


 私も私らしからぬ声で抵抗。


「はぁ。こんな不細工な瓶底眼鏡して。もっと洒落たやつにしろよ。美人なんだから」

「……」


 このまま声を出してはいけないと察し、私は渾身の睨みを利かせた。
 エディは、私が体の脇でわなわなと拳を震わせていてもまったく動じずに、頬をつまんでいるのとは反対の手で眼鏡を奪い去った。


「!」


 ……この男、死にたいの?


「めぇみゃい(見えない)」

「眼鏡を外していても安心できるお婿さんじゃないとな」

「……」


 仕方ないので、エディの腹部に拳を打ち込む。
 けれど、類稀なる優秀な筋肉を受け継いだエディには、まったく効果なし。


「頑丈だろ? まだお馬さんゴッコしてやれるぜ?」

「……」


 腕力でも権力でも敵わないところが、この男の疑似兄たる所以。
 おちょくられるし、立場上無礼ではあるのだけれど、私に息抜きをさせてくれるのはエディだけだったので、私が庇い続けた。そういう意味で、お互いに強い絆で結ばれているのは理解している。

 理解はしているのだけれども。


「……!」


 私はポチョムキンに目で命じた。
 孫を退けて、と。

 筋肉には筋肉。絶対、それに尽きる。経験則で確信している。


「エディ! 馬鹿者! やめないかっ! お嬢様からッ、はっ、離れ……うんぬっ!」

「爺さん。俺は本気だぜ」


 同じ筋肉を備えていても、青年と老人。
 そこはむしろ、同じ筋肉を備えているからこそ年齢で差が出るのだろうか。


「うぇいぃ(エディ)」


 とにかく忌々しい指を退けて。

 そんな私の憤怒をよそに、微笑んでいる気配が、降り注いでくる。
 それがどこか懐かしくて、嬉しくて……


「──」


 え?


「……」

「エディ!!」


 ポチョムキンが吠えた。
 私は一瞬の気の迷いから覚め、我に返った。
しおりを挟む
感想 25

あなたにおすすめの小説

君は妾の子だから、次男がちょうどいい

月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、彼女は片田舎で遠いため会ったことはなかった。でもある時、マリアは妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。

あなたには、この程度のこと、だったのかもしれませんが。

ふまさ
恋愛
 楽しみにしていた、パーティー。けれどその場は、信じられないほどに凍り付いていた。  でも。  愉快そうに声を上げて笑う者が、一人、いた。  この作品は、小説家になろう様にも掲載しています。

【完結】婚約破棄はお受けいたしましょう~踏みにじられた恋を抱えて

ゆうぎり
恋愛
「この子がクラーラの婚約者になるんだよ」 お父様に連れられたお茶会で私は一つ年上のナディオ様に恋をした。 綺麗なお顔のナディオ様。優しく笑うナディオ様。 今はもう、私に微笑みかける事はありません。 貴方の笑顔は別の方のもの。 私には忌々しげな顔で、視線を向けても貰えません。 私は厭われ者の婚約者。社交界では評判ですよね。 ねぇナディオ様、恋は花と同じだと思いませんか? ―――水をやらなければ枯れてしまうのですよ。 ※ゆるゆる設定です。 ※名前変更しました。元「踏みにじられた恋ならば、婚約破棄はお受けいたしましょう」 ※多分誰かの視点から見たらハッピーエンド

【完結】王子は聖女と結婚するらしい。私が聖女であることは一生知らないままで

雪野原よる
恋愛
「聖女と結婚するんだ」──私の婚約者だった王子は、そう言って私を追い払った。でも、その「聖女」、私のことなのだけど。  ※王国は滅びます。

【完結】欲しがり義妹に王位を奪われ偽者花嫁として嫁ぎました。バレたら処刑されるとドキドキしていたらイケメン王に溺愛されてます。

美咲アリス
恋愛
【Amazonベストセラー入りしました(長編版)】「国王陛下!わたくしは偽者の花嫁です!どうぞわたくしを処刑してください!!」「とりあえず、落ち着こうか?(にっこり)」意地悪な義母の策略で義妹の代わりに辺境国へ嫁いだオメガ王女のフウル。正直な性格のせいで嘘をつくことができずに命を捨てる覚悟で夫となる国王に真実を告げる。だが美貌の国王リオ・ナバはなぜかにっこりと微笑んだ。そしてフウルを甘々にもてなしてくれる。「きっとこれは処刑前の罠?」不幸生活が身についたフウルはビクビクしながら城で暮らすが、実は国王にはある考えがあって⋯⋯? 

【完】まさかの婚約破棄はあなたの心の声が聞こえたから

えとう蜜夏☆コミカライズ中
恋愛
伯爵令嬢のマーシャはある日不思議なネックレスを手に入れた。それは相手の心が聞こえるという品で、そんなことを信じるつもりは無かった。それに相手とは家同士の婚約だけどお互いに仲も良く、上手くいっていると思っていたつもりだったのに……。よくある婚約破棄のお話です。 ※他サイトに自立も掲載しております 21.5.25ホットランキング入りありがとうございました( ´ ▽ ` )ノ  Unauthorized duplication is a violation of applicable laws.  ⓒえとう蜜夏(無断転載等はご遠慮ください)

【完結】私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね

江崎美彩
恋愛
 王太子殿下の婚約者候補を探すために開かれていると噂されるお茶会に招待された、伯爵令嬢のミンディ・ハーミング。  幼馴染のブライアンが好きなのに、当のブライアンは「ミンディみたいなじゃじゃ馬がお茶会に出ても恥をかくだけだ」なんて揶揄うばかり。 「私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね! 王太子殿下に見染められても知らないんだから!」  ミンディはブライアンに告げ、お茶会に向かう…… 〜登場人物〜 ミンディ・ハーミング 元気が取り柄の伯爵令嬢。 幼馴染のブライアンに揶揄われてばかりだが、ブライアンが自分にだけ向けるクシャクシャな笑顔が大好き。 ブライアン・ケイリー ミンディの幼馴染の伯爵家嫡男。 天邪鬼な性格で、ミンディの事を揶揄ってばかりいる。 ベリンダ・ケイリー ブライアンの年子の妹。 ミンディとブライアンの良き理解者。 王太子殿下 婚約者が決まらない事に対して色々な噂を立てられている。 『小説家になろう』にも投稿しています

僕は君を思うと吐き気がする

月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。

処理中です...