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7 遅れて来た侯爵令息
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砂時計を返して、返して、返して……
第27号に差し掛かった時、私は己の過ちに気づいた。
「……ハァッ! ポチョムキン!! キリがないわ!!」
「お嬢様、お紅茶を。落ち着きます」
「熱くて飲んでいられない!」
「冷ましておきました」
「……ぬかりないわね! さすがよ、ポチョムキン。ありがとう」
ちょうどよく冷めた紅茶で喉を潤し、ほっと一息。
私は、第1号のジュリアスを見て油断してしまった。そして誤解した。
この面接はそもそも選出するためのものではなく、振り落とすためのものであるべきだったのだ。ひとりひとりまともに取り合っていては、埒が明かない。
「次から、顔見て手を見て一言二言喋らせて次へ行くわ。じっくり話を聞くべき相手かどうかだけ判断する」
「なるほど。賢明かもしれませんな」
「砂時計なんてただの飾り」
「お嬢様、果物をお持ちしました」
夜会に配置した使用人が、銀の皿を掲げて現れた。
「さすが、ポチョムキン。気が利くわね」
「いえ、私ではありません」
「え?」
使用人が更に続ける。
「ジュリアス様より申し付かりました。お嬢様がお疲れの頃合いなので、お差入れにと仰っておいでです」
「…………」
やるわね。
「ありがとう。こちらへ。──終盤に差し掛かってもお酒は必要ないと伝えて」
「畏まりました。失礼致します」
使用人を見送り、ポチョムキンが天井を見つめる。
「心得てますな」
「ええ」
そしてふたりで葡萄をつまむ。
私が選りすぐって用意させただけあって、とても美味しい。
「続けましょう」
「ええ、お嬢様」
私は手を叩いた。
扉が開き、第28号が姿を見せる。
──そして。
「あなたのようなお美しい方は見た事がありませんマルグリット様! あなたはまるで朝露に濡れる百合のよう。それでいて神々しくも芳しい薔薇の如く──」
「うるさい。次! 32号、入って!」
「あああっ、そんな……! でもそんな強引なあなたが私の心を溶かす」
「面接は終わったの。弁えて」
変人を捌き……、……、…
「お願い致します! もうなんでも致します! 使用人同然で構いません! あなた様のお情けにすがるよりほか、当家が没落を免れる道がないのであります! どうかお助けをぉぉぉぉっ!」
「論外。今のうちに爵位剥奪の覚悟を決める事をお勧めします」
「マルグリット様ぁッ!」
「ポチョムキン」
「はい、お嬢様」
貴族失格の軟弱者を退け……、……、…
「……あと5人よ、ポチョムキン! あと5人!!」
「もう一息です……!!」
疲れ果てた。
お婿さん選びの面接は、想像以上に心身を疲労させ、目を充血させ、番号札に書きとめる手を震えさせ、
「むあああああ」
私を唸らせた。
口から魂が出ていきそうだ。馬鹿な。
これまで自身の審美眼及び嗜好によって花嫁を選出してきた世の男たちが、もしかしたら非常に合理的且つまともだったのでは、と、思えてきてゾッとした。
そ ん な 馬 鹿 な !
私は自分を律し、背筋を伸ばし、眼鏡を直し、深く息を吸って、吐いて、吸って、吐いて、手を叩いた。
「41番、────」
「……!」
お婿さん候補であるはずが、なぜか憎しみすら沸く。
けれど、私はデュシャン公爵家当主名代。
感情に流されるなんて愚かな真似はしない。
「かけて」
「!」
いけない。睨んでしまったかしら。
だけど、結婚したらこれが50年続くのよ。これしきの事が耐えられないのであれば、尻尾を巻いて速やかに立ち去りなさい!
「ようこそ。夜会は楽しんで頂けたかしら?」
「はっ、はっ、はい……!」
お腹がいっぱいで果物の匂いが面白くない。
「よかったら召し上がって」
「……」
「食べて」
「はい!」
ポチョムキンが無言で銀の皿を差し出す。
こうして面接は最後の難関つまり第41号から第45号計5人を乗り越え、ついに幕を閉じた。
明朝これが第一面接だと改めて公表しても、同意を得られるだろう。なぜならお婿さん候補たちは7日もこの素晴らしいデュシャン公爵家に宿泊し、最高のもてなしを受けるのだから。いい思い出になるはず。
「……………………疲れた」
「お疲れ様でした。お嬢様」
机にがっくりと項垂れた私に、ポチョムキンが優しく声をかける。
物心ついた頃から傍にいる執事ポチョムキンは、物心ついた頃からこの見た目だった。執事の丸眼鏡と目を合わせるために、眼鏡を少し上にずらす。
その時だった。
「よっ、マルグリット! 間に合ってよかったぜぇ」
戸口に、彼は、現れた。
私は愕然と彼を見つめた。
ポチョムキンも、愕然と彼を見つめた。そして取り乱した。
「いっ、いやいやいやお嬢様! 私は連絡なんてしておりません!! 断じてッ!!」
「落ち着けって、爺さん。飛び入りだよ」
デュシャン公爵家執事ポチョムキンに絶大なる信頼を置き、その息子のひとりを婿にした貴族、ヴィカンデル侯爵家の令嬢……が産んで、不妊と思われた妹の嫁ぎ先へと養子に出した第二子のエディ。
幼少期からしばらく、養子に出されるまで私の従者兼子守りであった、エディ。
ポチョムキンの孫のひとりであり、現在はダールストレーム侯爵令息の……
「……エディ?」
やだ。
変な声が出たわ。
第27号に差し掛かった時、私は己の過ちに気づいた。
「……ハァッ! ポチョムキン!! キリがないわ!!」
「お嬢様、お紅茶を。落ち着きます」
「熱くて飲んでいられない!」
「冷ましておきました」
「……ぬかりないわね! さすがよ、ポチョムキン。ありがとう」
ちょうどよく冷めた紅茶で喉を潤し、ほっと一息。
私は、第1号のジュリアスを見て油断してしまった。そして誤解した。
この面接はそもそも選出するためのものではなく、振り落とすためのものであるべきだったのだ。ひとりひとりまともに取り合っていては、埒が明かない。
「次から、顔見て手を見て一言二言喋らせて次へ行くわ。じっくり話を聞くべき相手かどうかだけ判断する」
「なるほど。賢明かもしれませんな」
「砂時計なんてただの飾り」
「お嬢様、果物をお持ちしました」
夜会に配置した使用人が、銀の皿を掲げて現れた。
「さすが、ポチョムキン。気が利くわね」
「いえ、私ではありません」
「え?」
使用人が更に続ける。
「ジュリアス様より申し付かりました。お嬢様がお疲れの頃合いなので、お差入れにと仰っておいでです」
「…………」
やるわね。
「ありがとう。こちらへ。──終盤に差し掛かってもお酒は必要ないと伝えて」
「畏まりました。失礼致します」
使用人を見送り、ポチョムキンが天井を見つめる。
「心得てますな」
「ええ」
そしてふたりで葡萄をつまむ。
私が選りすぐって用意させただけあって、とても美味しい。
「続けましょう」
「ええ、お嬢様」
私は手を叩いた。
扉が開き、第28号が姿を見せる。
──そして。
「あなたのようなお美しい方は見た事がありませんマルグリット様! あなたはまるで朝露に濡れる百合のよう。それでいて神々しくも芳しい薔薇の如く──」
「うるさい。次! 32号、入って!」
「あああっ、そんな……! でもそんな強引なあなたが私の心を溶かす」
「面接は終わったの。弁えて」
変人を捌き……、……、…
「お願い致します! もうなんでも致します! 使用人同然で構いません! あなた様のお情けにすがるよりほか、当家が没落を免れる道がないのであります! どうかお助けをぉぉぉぉっ!」
「論外。今のうちに爵位剥奪の覚悟を決める事をお勧めします」
「マルグリット様ぁッ!」
「ポチョムキン」
「はい、お嬢様」
貴族失格の軟弱者を退け……、……、…
「……あと5人よ、ポチョムキン! あと5人!!」
「もう一息です……!!」
疲れ果てた。
お婿さん選びの面接は、想像以上に心身を疲労させ、目を充血させ、番号札に書きとめる手を震えさせ、
「むあああああ」
私を唸らせた。
口から魂が出ていきそうだ。馬鹿な。
これまで自身の審美眼及び嗜好によって花嫁を選出してきた世の男たちが、もしかしたら非常に合理的且つまともだったのでは、と、思えてきてゾッとした。
そ ん な 馬 鹿 な !
私は自分を律し、背筋を伸ばし、眼鏡を直し、深く息を吸って、吐いて、吸って、吐いて、手を叩いた。
「41番、────」
「……!」
お婿さん候補であるはずが、なぜか憎しみすら沸く。
けれど、私はデュシャン公爵家当主名代。
感情に流されるなんて愚かな真似はしない。
「かけて」
「!」
いけない。睨んでしまったかしら。
だけど、結婚したらこれが50年続くのよ。これしきの事が耐えられないのであれば、尻尾を巻いて速やかに立ち去りなさい!
「ようこそ。夜会は楽しんで頂けたかしら?」
「はっ、はっ、はい……!」
お腹がいっぱいで果物の匂いが面白くない。
「よかったら召し上がって」
「……」
「食べて」
「はい!」
ポチョムキンが無言で銀の皿を差し出す。
こうして面接は最後の難関つまり第41号から第45号計5人を乗り越え、ついに幕を閉じた。
明朝これが第一面接だと改めて公表しても、同意を得られるだろう。なぜならお婿さん候補たちは7日もこの素晴らしいデュシャン公爵家に宿泊し、最高のもてなしを受けるのだから。いい思い出になるはず。
「……………………疲れた」
「お疲れ様でした。お嬢様」
机にがっくりと項垂れた私に、ポチョムキンが優しく声をかける。
物心ついた頃から傍にいる執事ポチョムキンは、物心ついた頃からこの見た目だった。執事の丸眼鏡と目を合わせるために、眼鏡を少し上にずらす。
その時だった。
「よっ、マルグリット! 間に合ってよかったぜぇ」
戸口に、彼は、現れた。
私は愕然と彼を見つめた。
ポチョムキンも、愕然と彼を見つめた。そして取り乱した。
「いっ、いやいやいやお嬢様! 私は連絡なんてしておりません!! 断じてッ!!」
「落ち着けって、爺さん。飛び入りだよ」
デュシャン公爵家執事ポチョムキンに絶大なる信頼を置き、その息子のひとりを婿にした貴族、ヴィカンデル侯爵家の令嬢……が産んで、不妊と思われた妹の嫁ぎ先へと養子に出した第二子のエディ。
幼少期からしばらく、養子に出されるまで私の従者兼子守りであった、エディ。
ポチョムキンの孫のひとりであり、現在はダールストレーム侯爵令息の……
「……エディ?」
やだ。
変な声が出たわ。
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