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11 友の策略
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仲良く3人で歓談するのかと思っていたら、御両親も登場して少し驚いた。姉上たちは既に嫁いでいるとの事だけれど、もれなく全員がサプライズ好きの善い人だと判明した。
あと贈り物は大理石の彫刻だった。荷車で運ばれてきて、ギョッとした。
そんな感じで楽しい時間を過ごしたあと、アルヴィン卿は食後のお茶と称して図書室に移った。希少本や世界の知識を詰め込んだような豪華な図書室は、独特の匂いと静謐さに満ち、ランプの灯によって橙色に照らし出される夜の色合いがなんとも言えない魅力的な──
「エヴェリーナはどうしているかな?」
え?
い ま な ん て ?
「……」
私は無になった。
なんなら、私は書架に寄り添う柱に寄り添って柱の一部になってもいい。でも椅子に促されて、椅子に座った。ディーンが私を気遣うように、そっと肩を抱き寄せてくれる。
「いやいや、違う。あなたの心配するような事を言うつもりはない。そうではなくて、オーベリソン伯爵夫妻は無事だろうかという意味だ」
「無事です」
代わりにディーンが答えてくれて、私は同意を示し頷いた。
アルヴィン卿は悩ましい表情で溜息をついて、ゆるく首を振った。
「一度は義理の両親となるはずだった人々が、今や悪魔の城に囚われていると思うと眠れない夜も多くてね」
妹は碾臼の魔女から悪魔に昇格。
完全体になった。
「本当にあれでよかったのだろうかと。あんな醜態を晒して、大切な友へ重荷を背負わせたまま自分だけが逃げてしまっていいのだろうかと」
「いいんです」
即答した。
だって、ほら。そのためにやった事だし。
おかげで理性が戻って来て、私は注意深くアルヴィン卿の目を見つめた。
こちらも本気を伝えないといけない。
「……。……」
瞬きもしておく。
ディーンの真似をしておけば、間違いない。
はず。
「そうか」
ほら、納得してる。
「それで、私は考えた」
「はい」
「オーベリソン伯爵夫妻は、たとえ娘と言えどもあのエヴェリーナと人生を共にするべきではない。人生とは、豊かであるべきだ。特に夫婦の人生というのは素晴らしいものだ。神によって結ばれた愛の絆が、ほかのなにものにも代え難いほど美しい」
あなたの心も美しい。
「だからと言って、私はエヴェリーナを庇うつもりはない。残酷な事だがね。あなたの妹にこう言っては失礼だが、稀に見ぬ醜悪な心の持ち主だと私は思う」
大丈夫。
もう、魔女とか悪魔とか言ってます。
みんなそう思っています。
「ああいう人物と関わった人間は破滅する」
「そうだと思います」
「だから、隔離すべきだ」
言った。
みんなが思っていてもさすがに口に出せなかった言葉を、まさかのアルヴィン卿が言った。感動した。
アルヴィン卿は止まらない。
「だが修道院では神に仕える人々へ迷惑がかかる。癲狂院では、あの強力で破壊的な自尊心を武器に正気ではない人々を操って崇拝を得てしまうかもしれない。エヴェリーナという魔神を崇める信仰が、我を忘れて特異な身体能力さえ備えかねない人々たちの間で広まってしまったら、世界を破壊しかねない。危険すぎる」
悪魔からついに魔神へ。
「時にふたりは、セッテルバリ侯爵コンラード・ノルランデル卿をご存知かな?」
魔界から現実に引き戻されて、私とディーンは頷いた。
「はい。有力貴族ですよね」
「王宮の重要な職務を任されている、絶大な権威と権力を持つ一族だ」
「はい」
「だが性格に難がある」
「……はい」
返事していいところ?
こっちは伯爵家の人間なんだけど。
アルヴィン卿はライル侯爵になるからか、平気な顔で続けた。
「能力はずば抜けているし、王家への忠誠心も凄まじく、諸侯の間では恐れられつつも評判がよく、一見なんの欠点もない一族かに見えて、その実、恐るべき信念を秘めている」
「そ、それは……?」
あ、悪魔的な意味で?
「異常なほどの自尊心」
なんだ。
その程度か。
「その程度と侮ってはいけない。他家への配慮には文句のつけようもないが、なんと、歴代配偶者については跡継ぎをもうける家畜程度にしか考えていない。代々そうなのだ。家訓だから。セッテルバリ侯爵家では〝ノルランデルの血〟がすべて。入り婿も嫁も、人として扱われない」
「……」
言葉を失うわ。
「更に言うと、セッテルバリ侯領の民は大切にしているが、配偶者は跡継ぎが生まれてしまえば用済みでほぼ幽閉状態らしい。他所へ行って余計な血脈を広げられても困るから、絶対に逃さないそうだ。公の場にはあれこれと理由をつけて滅多に出さない。国王陛下の生誕50周年を祝う式典で、先の侯爵夫人つまり現在のセッテルバリ侯爵の母親の生存が確認され、事情を知る者たちが胸を撫でおろした。まだ悪魔に魂を売り尽くしてはいなかったのだと」
「恐ろしい」
ディーンはものを言う余裕があるみたい。
「コンラードは友人に極めて近い知人のひとりだ」
「──」
ディーンも無になった。
私は、一周回って頭が冴えて、嘘でしょって思ったわ。
「友人と思おうとすると、心が壊れそうになる」
「無理はいけません」
意見までしちゃった。でも、悔いはない。
アルヴィン卿のピュアな心をお守りしなくては。
「ああ。それで、レディ・カルロッテ。私はこう考えた。コンラードとエヴェリーナ、とてもお似合いかなって」
「アル──」
「ここをまとめておくと被害が減る」
アルヴィン卿が畳みかける。
「世界に平和が訪れるのだ」
力説は続いた。
「どうだろう。あなたの妹を吸血鬼のような男へ嫁がせようなどとすすめる私の行いは、非人道的だろうか?」
「いいえ♪」
口から希望の歌が零れたわ。
殺すわけでもなく解き放つわけでもなく、誰の心も傷つけず、それでいてスッキリ片付く方法があるなんて夢にも思わなかった。
「父も母も救われます」
「よかった。では早速、仲人を申し出よう」
「いいサプライズだ!」
ディーンも元気に背中を押した。
「ちなみに入り婿や嫁の生家については、かなり手厚い好待遇を受ける。それでいて里帰りはさせないらしいが、その理由は謎だ! 謎は謎のままでもいい!!」
アルヴィン卿が昂っている。
こうして密談は明るく幕を閉じた。
あと贈り物は大理石の彫刻だった。荷車で運ばれてきて、ギョッとした。
そんな感じで楽しい時間を過ごしたあと、アルヴィン卿は食後のお茶と称して図書室に移った。希少本や世界の知識を詰め込んだような豪華な図書室は、独特の匂いと静謐さに満ち、ランプの灯によって橙色に照らし出される夜の色合いがなんとも言えない魅力的な──
「エヴェリーナはどうしているかな?」
え?
い ま な ん て ?
「……」
私は無になった。
なんなら、私は書架に寄り添う柱に寄り添って柱の一部になってもいい。でも椅子に促されて、椅子に座った。ディーンが私を気遣うように、そっと肩を抱き寄せてくれる。
「いやいや、違う。あなたの心配するような事を言うつもりはない。そうではなくて、オーベリソン伯爵夫妻は無事だろうかという意味だ」
「無事です」
代わりにディーンが答えてくれて、私は同意を示し頷いた。
アルヴィン卿は悩ましい表情で溜息をついて、ゆるく首を振った。
「一度は義理の両親となるはずだった人々が、今や悪魔の城に囚われていると思うと眠れない夜も多くてね」
妹は碾臼の魔女から悪魔に昇格。
完全体になった。
「本当にあれでよかったのだろうかと。あんな醜態を晒して、大切な友へ重荷を背負わせたまま自分だけが逃げてしまっていいのだろうかと」
「いいんです」
即答した。
だって、ほら。そのためにやった事だし。
おかげで理性が戻って来て、私は注意深くアルヴィン卿の目を見つめた。
こちらも本気を伝えないといけない。
「……。……」
瞬きもしておく。
ディーンの真似をしておけば、間違いない。
はず。
「そうか」
ほら、納得してる。
「それで、私は考えた」
「はい」
「オーベリソン伯爵夫妻は、たとえ娘と言えどもあのエヴェリーナと人生を共にするべきではない。人生とは、豊かであるべきだ。特に夫婦の人生というのは素晴らしいものだ。神によって結ばれた愛の絆が、ほかのなにものにも代え難いほど美しい」
あなたの心も美しい。
「だからと言って、私はエヴェリーナを庇うつもりはない。残酷な事だがね。あなたの妹にこう言っては失礼だが、稀に見ぬ醜悪な心の持ち主だと私は思う」
大丈夫。
もう、魔女とか悪魔とか言ってます。
みんなそう思っています。
「ああいう人物と関わった人間は破滅する」
「そうだと思います」
「だから、隔離すべきだ」
言った。
みんなが思っていてもさすがに口に出せなかった言葉を、まさかのアルヴィン卿が言った。感動した。
アルヴィン卿は止まらない。
「だが修道院では神に仕える人々へ迷惑がかかる。癲狂院では、あの強力で破壊的な自尊心を武器に正気ではない人々を操って崇拝を得てしまうかもしれない。エヴェリーナという魔神を崇める信仰が、我を忘れて特異な身体能力さえ備えかねない人々たちの間で広まってしまったら、世界を破壊しかねない。危険すぎる」
悪魔からついに魔神へ。
「時にふたりは、セッテルバリ侯爵コンラード・ノルランデル卿をご存知かな?」
魔界から現実に引き戻されて、私とディーンは頷いた。
「はい。有力貴族ですよね」
「王宮の重要な職務を任されている、絶大な権威と権力を持つ一族だ」
「はい」
「だが性格に難がある」
「……はい」
返事していいところ?
こっちは伯爵家の人間なんだけど。
アルヴィン卿はライル侯爵になるからか、平気な顔で続けた。
「能力はずば抜けているし、王家への忠誠心も凄まじく、諸侯の間では恐れられつつも評判がよく、一見なんの欠点もない一族かに見えて、その実、恐るべき信念を秘めている」
「そ、それは……?」
あ、悪魔的な意味で?
「異常なほどの自尊心」
なんだ。
その程度か。
「その程度と侮ってはいけない。他家への配慮には文句のつけようもないが、なんと、歴代配偶者については跡継ぎをもうける家畜程度にしか考えていない。代々そうなのだ。家訓だから。セッテルバリ侯爵家では〝ノルランデルの血〟がすべて。入り婿も嫁も、人として扱われない」
「……」
言葉を失うわ。
「更に言うと、セッテルバリ侯領の民は大切にしているが、配偶者は跡継ぎが生まれてしまえば用済みでほぼ幽閉状態らしい。他所へ行って余計な血脈を広げられても困るから、絶対に逃さないそうだ。公の場にはあれこれと理由をつけて滅多に出さない。国王陛下の生誕50周年を祝う式典で、先の侯爵夫人つまり現在のセッテルバリ侯爵の母親の生存が確認され、事情を知る者たちが胸を撫でおろした。まだ悪魔に魂を売り尽くしてはいなかったのだと」
「恐ろしい」
ディーンはものを言う余裕があるみたい。
「コンラードは友人に極めて近い知人のひとりだ」
「──」
ディーンも無になった。
私は、一周回って頭が冴えて、嘘でしょって思ったわ。
「友人と思おうとすると、心が壊れそうになる」
「無理はいけません」
意見までしちゃった。でも、悔いはない。
アルヴィン卿のピュアな心をお守りしなくては。
「ああ。それで、レディ・カルロッテ。私はこう考えた。コンラードとエヴェリーナ、とてもお似合いかなって」
「アル──」
「ここをまとめておくと被害が減る」
アルヴィン卿が畳みかける。
「世界に平和が訪れるのだ」
力説は続いた。
「どうだろう。あなたの妹を吸血鬼のような男へ嫁がせようなどとすすめる私の行いは、非人道的だろうか?」
「いいえ♪」
口から希望の歌が零れたわ。
殺すわけでもなく解き放つわけでもなく、誰の心も傷つけず、それでいてスッキリ片付く方法があるなんて夢にも思わなかった。
「父も母も救われます」
「よかった。では早速、仲人を申し出よう」
「いいサプライズだ!」
ディーンも元気に背中を押した。
「ちなみに入り婿や嫁の生家については、かなり手厚い好待遇を受ける。それでいて里帰りはさせないらしいが、その理由は謎だ! 謎は謎のままでもいい!!」
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