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27 ゆるぎないもの(※デュモン視点)
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あの一件は俺たちを変えた。
そして宮廷を動かした。
王子との婚約を蹴り、よりによってその側近と駆け落ちしたイアサント。重罪を犯したにも関わらず、愛に結ばれたふたりは生きる事を許された。ドルイユ伯爵家も、爵位剥奪を免除された。
そのドルイユ伯領に侵略戦争を仕掛けた。
ラファラン伯爵は終わった。次の嵐を待つより早く判決は下され、多額の賠償金が支払われた。それは忌々しいオーブリー・ルノーの命乞いも含まれていた。奴は国軍直轄の監獄島に幽閉された。そのうち死ぬだろう。
2度目の嵐が過ぎ、俺はナダルへ向かっていた。
下町を通り抜ける際、ふいに声をかけられた。
「船長さん?」
振り返ると、イアサントがパンかごを抱えて立っていた。
小さな顎に痛々しい傷がまだ残っている。嵐の間、酷く傷んだはずだ。
「イアサント。具合はどうです?」
「大したことない。柔らかいものばかり食べてるから、お腹は空くけどね。ねえ、船長さん。行くの?」
小柄な女戦士は、愛情深いひとりの女の顔で問いかけてきた。
「いえ、あんな事がありましたから。今年は部下に任せ、レディ・ドルイユの傍にいます。指示を出しに行くところです」
「そっか」
イアサントが黙り込んだ。
なにか言いたそうだ。俺は静かに待った。
やがて彼女は口を開いた。
「私が、あの人が死んだあともこうして生きていられるのは、ホエルとマカリオがいてくれたからなんだ」
駆け落ちをして、王子の側近の騎士との間に生まれた双子。
国王は母子の勘当を解く許可を出し、爵位継承は確実になった。双子はバルバラが引き取り教育する。
「結婚しなくても子供は作れるよ、船長さん」
イアサントは、俺が航海で死んでもいいように、子作りを促している。
明け透けな気遣いに笑いが洩れた。
「ありがとうございます、イアサント。俺は傍にいます」
「……なら、いいけど」
目を逸らし、イアサントは嬉しそうに笑った。
「あなたは? 勘当が解けて、貴族に戻れるんですよ?」
「私は行かない」
帰らない、とは言わない。
「どうして?」
イアサントが俺を見あげた。
眩しいような、美しい笑顔だった。
「私はマダム・マクロン。この町の用心棒だからさ!」
彼女が命をかけ姉を守ろうとした姿に、俺はすっかり、心を動かされていた。そもそも誤解していたのだ。愛するプリンセスの妹が、無責任で奔放なはずがない。
ゆるぎない愛に生きる、素晴らしい女だ。
「下町じゃなくなる日もそう遠くないでしょう。あなたは次期領主の母親で、俺の家族になる人で、そんな人が愛する町を誰も放っておけなくなる」
「やめてよ。みんな金の扱いなんか知らないんだから」
すっかり下町の口調で大らかに笑う。
俺がトゥルヌミール公爵夫人の孫である事を、彼女はまだ知らない。だからこれから俺がバルバラに相応しい身分を手に入れ、結婚を申し込む事も知らない。それを本人ではなく妹に先に教えるわけにもいかない。ただ、互いによくわかっている事がある。それだけで充分だ。
「金をせびる暇もないくらい、あの人はあなたを呼びつけますよ。あなたを追い返すたびに泣いてましたから。代りの用心棒を雇うなら言ってください。おまけします」
「もう、やめてったら。船長さんからはなにも貰いたくないよ」
「本当に姉君を愛しているんですね」
和やかに話していたというのに、イアサントはむっとして俺を睨んだ。
「私がどんだけお姉様を愛しているかなんて、私だけが知っていればいいんだよ」
口を出すな。
そう牽制している。
長い年月を経ても、姉妹は愛で結ばれていた。
双子のどちらが爵位を継ぐか、俺が親父を連れて帰るか、俺の子が生まれるか。どれが先にくるかわからない。だがいずれバルバラを抱いて海を渡ろうと、確かにつながっている。
ゆるぎない、愛というものによって。
海の果て。地の果て。
空の果てまで。
(終)
そして宮廷を動かした。
王子との婚約を蹴り、よりによってその側近と駆け落ちしたイアサント。重罪を犯したにも関わらず、愛に結ばれたふたりは生きる事を許された。ドルイユ伯爵家も、爵位剥奪を免除された。
そのドルイユ伯領に侵略戦争を仕掛けた。
ラファラン伯爵は終わった。次の嵐を待つより早く判決は下され、多額の賠償金が支払われた。それは忌々しいオーブリー・ルノーの命乞いも含まれていた。奴は国軍直轄の監獄島に幽閉された。そのうち死ぬだろう。
2度目の嵐が過ぎ、俺はナダルへ向かっていた。
下町を通り抜ける際、ふいに声をかけられた。
「船長さん?」
振り返ると、イアサントがパンかごを抱えて立っていた。
小さな顎に痛々しい傷がまだ残っている。嵐の間、酷く傷んだはずだ。
「イアサント。具合はどうです?」
「大したことない。柔らかいものばかり食べてるから、お腹は空くけどね。ねえ、船長さん。行くの?」
小柄な女戦士は、愛情深いひとりの女の顔で問いかけてきた。
「いえ、あんな事がありましたから。今年は部下に任せ、レディ・ドルイユの傍にいます。指示を出しに行くところです」
「そっか」
イアサントが黙り込んだ。
なにか言いたそうだ。俺は静かに待った。
やがて彼女は口を開いた。
「私が、あの人が死んだあともこうして生きていられるのは、ホエルとマカリオがいてくれたからなんだ」
駆け落ちをして、王子の側近の騎士との間に生まれた双子。
国王は母子の勘当を解く許可を出し、爵位継承は確実になった。双子はバルバラが引き取り教育する。
「結婚しなくても子供は作れるよ、船長さん」
イアサントは、俺が航海で死んでもいいように、子作りを促している。
明け透けな気遣いに笑いが洩れた。
「ありがとうございます、イアサント。俺は傍にいます」
「……なら、いいけど」
目を逸らし、イアサントは嬉しそうに笑った。
「あなたは? 勘当が解けて、貴族に戻れるんですよ?」
「私は行かない」
帰らない、とは言わない。
「どうして?」
イアサントが俺を見あげた。
眩しいような、美しい笑顔だった。
「私はマダム・マクロン。この町の用心棒だからさ!」
彼女が命をかけ姉を守ろうとした姿に、俺はすっかり、心を動かされていた。そもそも誤解していたのだ。愛するプリンセスの妹が、無責任で奔放なはずがない。
ゆるぎない愛に生きる、素晴らしい女だ。
「下町じゃなくなる日もそう遠くないでしょう。あなたは次期領主の母親で、俺の家族になる人で、そんな人が愛する町を誰も放っておけなくなる」
「やめてよ。みんな金の扱いなんか知らないんだから」
すっかり下町の口調で大らかに笑う。
俺がトゥルヌミール公爵夫人の孫である事を、彼女はまだ知らない。だからこれから俺がバルバラに相応しい身分を手に入れ、結婚を申し込む事も知らない。それを本人ではなく妹に先に教えるわけにもいかない。ただ、互いによくわかっている事がある。それだけで充分だ。
「金をせびる暇もないくらい、あの人はあなたを呼びつけますよ。あなたを追い返すたびに泣いてましたから。代りの用心棒を雇うなら言ってください。おまけします」
「もう、やめてったら。船長さんからはなにも貰いたくないよ」
「本当に姉君を愛しているんですね」
和やかに話していたというのに、イアサントはむっとして俺を睨んだ。
「私がどんだけお姉様を愛しているかなんて、私だけが知っていればいいんだよ」
口を出すな。
そう牽制している。
長い年月を経ても、姉妹は愛で結ばれていた。
双子のどちらが爵位を継ぐか、俺が親父を連れて帰るか、俺の子が生まれるか。どれが先にくるかわからない。だがいずれバルバラを抱いて海を渡ろうと、確かにつながっている。
ゆるぎない、愛というものによって。
海の果て。地の果て。
空の果てまで。
(終)
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