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25 侵略者の正体

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「盗みや物乞いっていうのはあったけど、こんなのは初めてです」


 マダム・コロワは腹部に手を当てながら、女主の顔で緊迫感を滾らせて言った。ひとりの医者と7人の妊婦を客室棟に匿い、次は子供たちだ。貧しい暮らしはさせていないけれど、中には耐久性に不安の残るような家に住んでいる一家もいる。親が病弱という場合だってある。
 避難を呼びかければ、皆、丘を上ってくれるはずだ。
 余所者の馬は嵐の後の丘で足を取られるはずだから、充分な砦になる。

 私は鉄のコルセットを胸当て代わりに仕込み、外套を被って馬に跨った。
 デュモンは先に町に下りているので、私の脇を固めるのは馬を扱える使用人3人とグティエレス。

 町に下りると、既に憲兵隊が組織され警戒態勢に入っていた。
 迅速でありがたい。


「レディ・ドルイユ」

「どうなっているの?」

「相手は武装していますが、重火器や弓は装備していません。こちらが有利です」

「町を守って」

「はい」


 隊長から憲兵を護衛につけてもらい、町の入り口まで向かう。

 灰色の朝。霧雨の下。
 向こうも隊列を成して進んでくる。その先頭で馬に揺られている人物の腰には、剣がある。掲げる旗を見て、敵の正体がわかった。

 ラファラン伯爵。
 どこまでも愚かで、忌々しい男。

 道の只中で対峙し、どちらともなく足を止める。互いに馬上で顔を晒した。


「降伏しろ、バルバラ・フラゴナール」

「出て行きなさい、ラファラン伯爵。これはやりすぎよ」

「ドルイユは私が貰い受ける。素直に求婚に応じればいいものを、身の程も弁えずに拒んだ己を呪うんだな」

「脅しは通用しません。あなたには接近禁止の訴えを出しました。この地を踏んでいる今この時も、あなたは法を犯しているのです。立ち去りなさい」

「もう一度言おう、バルバラ。貴様は交渉に応じなかった。ドルイユは今日を以て私のものにする──力尽くでな!」

「!」


 ラファランの兵は私を避けるようにして散った。
 そして馬で駆け抜けながら、或いは自らの足で駆けながら、剣ひとつで、建物の外壁や木々や井戸や家畜小屋の柵を蹂躙し始めた。ただ戸を破ろうとはしない。これは私に対する恐喝だ。ドルイユを明け渡し、許しを請う私の姿が見たいのだろう。

 
「制圧して!」


 私は声を張り上げて手綱を引き、馬の腹を蹴り、諸悪の根源であるラファラン伯爵オーブリー・ルノーを追った。丘へ向かっている。城攻めのつもりだろうか。

 憲兵たちの怒声と剣の交わる音、銃声が濡れた町を覆う。
 普段は朝市の出ている通りでラファラン伯爵の前に回り込む事に成功した。

 彼は馬を止めると、卑劣な笑みを浮かべて言った。


「どうだ。わかったか」

「ふざけないで。遊びじゃ済まないわ。あなた、戦争を仕掛けているのよ?」

「ああ、そうさ! これが男の世界だ!! 今ならまだ許してやる。跪け! そして貴様もろとも私に差し出すんだ!!」

「お断りよ」


 話の通じる相手ではない。
 ラファラン伯爵は踏み越えてはいけない一線を越えたのだ。

 彼は今や、本当の侵略者になった。
 命に代えても、そして、命を盗る事になったとしても、この事態を収めなければならない。

 ただ、私には武器ひとつない。
 とはいえ憲兵隊が私を追ってすぐそこまで迫っている。

 独走していたラファラン伯爵ひとり、わけもない。

 けれど、私はまた、彼を見誤っていた。
 迫る足音を聞いて尚、不吉な笑みを浮かべていたラファラン伯爵は、徐に剣を抜いて襲い掛かってきた。


「!」


 凶悪な瞳に、囚われる。
 剣が閃き、水平に迫った。


「!!」


 一瞬だった。
 強い衝撃と共に馬から叩き落され、転がる。

 古臭い祖母のコルセットが頑丈で助かったけれど、這い蹲って盛大に噎せた。

 そのとき。


「ぬあああああああっ!!」


 人影が飛び出し、ラファラン伯爵に大きな剣を振り上げた。
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