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23 見つめあうだけで

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「保留にしましょう」

「ええ、そうしましょう」


 私たちは気の合う親友同士。
 互いに考えている事は一緒。

 グングンと童心に返って燥ぐトゥルヌミール公爵夫人を持ち上げて、もてなして、睨まれて、すべてを承知したという可憐でいて重々しい圧迫感たっぷりの微笑みを受けて見送った。


「参ったな」


 柄にもなく憔悴した様子のデュモンが、唐突に壁に凭れて呟いた。


「祖母だと思ったら急に愛しさが増しました」

「……可愛いこと」


 目盛のついたお洒落な作業板で傷を隠した机に、トゥルヌミール公爵夫人がわざと忘れていった様々な書類を広げ、私はそれをじっと見つめている。


「きっと寂しかったんだわ。グングンじゃなくカジカジと一緒だから、あんなに燥いでいたのかも」

「俺を殺す気ですか、プリンセス?」

「そうじゃないけど、あなたに言えるのは、家族との残された時間が短いなら1分1秒だって無駄にできないし、もしそうなったら生涯後悔するという事よ」

「……あなたが言うと、重みがある」

「そうでしょう。だから言ったの」


 様々な想いが脳裏を駆け巡り、私たちは同じ沈黙に沈んだ。
 
 私こそ他人の事は言えない。
 私にはもう妹と、会った事もない甥たちしか血の繋がった家族はいない。

 家族同様に愛していても、使用人たちは血縁者ではないのだ。
 彼らを大切に思っているという事は、肉親を忘れる理由にはならない。

 イアサント……

 あの子を、あの子たちを、このまま下町に住まわせてしまっていいのだろうか。ふたりの甥たちには、生まれた時から持っていたはずの権利がある。


「……」


 私は、彼らの人生をあるべき形に戻すため、働きかけるべきかもしれない。


「デュモン」

「親父は元気です」


 咄嗟にそう返してきた彼の優しい心に、思わず笑みが零れる。


「そう。よかったわ」


 彼が自身の事を熟考しているとわかっていて、自分の相談はできない。
 もう少し考えをまとめてから、話を聞いてもらえばいい。

 私たちには、まだまだ、長い時間が用意されているのだから。


「とりあえずはそれを伝えてあげないといけないですよね……」


 デュモンが私を見つめて、わざとらしく我が身を抱きしめる。


「でも、今の俺のままでは帰って来られないかもしれません」

「どんなあなたでも私は待ってる。知ってるでしょう?」

「……そうですね」


 見つめあって考えているのは、たぶん、同じ事。
 すべてをあるべき形に戻したあとで、私たちがどうなるかという事。

 結婚するにせよ、親友のままでいるにせよ。
 私たちが生涯を共にする事に変わりはない事も、わかっている。


「成り行きに任せてみましょうか」

「あら。あなたにしては、大冒険ね」


 揶揄うのもいい。

 でも、目を見ればわかる。 
 言葉は要らない。

 彼を愛してる。
 彼も、それを知ってる。

 そして私も、彼の心を知っている。

 互いに承知の上で、あたためているのだ。
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