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21 父親
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意外な人物の訪問があったのは、それから13日後の事だった。
旅の帰り道なのでまたグングンに会いたいと、トゥルヌミール公爵夫人からまずは手紙が届き、そして本人が来た。
「ようこそお越しくださいました、トゥルヌミール公爵夫人。ご旅行は如何でした?」
応接室でもてなし、土産話を聞く。
老いて尚、矍鑠として且つ可憐な笑顔を振りまくトゥルヌミール公爵夫人は始終ご機嫌だった。けれど、風の噂で耳にしたのか、あの話を持ち出されて肝が冷えた。
「先のラファラン伯爵は息子の教育に失敗しましたね」
「……言葉もありませんわ」
なんとかそう返す。
「愚か者ですよ。バルバラ、あなたにこの10年近くずっと浮いた話がなかったのは、あなたに魅力がないからではありません」
「そう仰って頂けると、心が軽くなりますわ」
「あなたはとても魅力的です。そしてそんなあなたの隣にはいつも、騎士のように、番犬のように、影のように、あの商人がいましたね」
「……盟友です」
公私ともに彼の力は偉大だ。
彼なしでは、現在のような繁栄はありえなかった。
「あなたもそろそろ身を固めるべきだと、私は思うのです」
「……」
両親も祖父母も亡くし、王家との確執で親戚からも見放された私には、そういう圧力をかけてくる相手がただのひとりもいなかった。
なぜ、ここへきてトゥルヌミール公爵夫人が……
立場上、もし縁談を持ちかけられたら、断れない。
この場で受けるしかない。
……受けた後、お相手に嫌われるという手もあるけれど。
「バルバラ」
「はい」
「カジミール・デュモンと結婚しないのは、あの男が貴族ではないからですか?」
「……!?」
話の矛先が思わぬほうへ向いて、混乱した。
つい振り向いて壁際の執事の顔を見てしまったけれど、公爵夫人をもてなしている今この時、彼はもはや物言わぬ壁だった。
「いいえ、そういう理由では。彼とは、親友なのです」
「私にも仲のよいお友達のひとりやふたりはいます。この年ですからね。だからわかるのです。あなたたちが、互いに想いを押し込め、安全な関係を維持しているだけだという事が」
「……」
縁談のお話ではないのかしら。
だけど、気が楽にはならないわ。
デュモォ~ン……たすけてぇー────
「バルバラ」
「はい」
ひとりで立ち向かうしかない。
「年をとると、人は残された年月を憂い自分勝手に振舞うものです。そして時に、若い人のためになにかしたいと思うのです」
「……はい」
「あの男の出自を調べました」
「え?」
それは私が踏み込んでいない領域だった。
彼はこの国の血が半分入った混血の商人。両親は当然、商人だと思っていた。そしてなにより、彼の階級は私にとってなにかを判断する材料ではなかったのだ。
彼自身が、大切だった。
「……」
私の戸惑いを感じ取ったのか、トゥルヌミール公爵夫人はカップを置いて改まった様子で私の目を見つめた。
「正確には、私はあの男の父親を知っていました」
「!?」
「だから確かめる目的もあったのです。そして、それは正しかった」
驚きは私の許容を越え、言葉を奪った。
けれどそれは始まりに過ぎなかった。
「その青年は旅行が好きで、ある時、滞在した港町で行商人の娘に恋をしたのです。許されない恋でした。青年は、愛を選びました。娘の父親に許しを請い、弟子入りし、海を越えて行ってしまいました。青年の名はギュスターヴ──私の3番目の息子です」
「──」
意味が呑み込めた時、私は一周回って大胆になっていた。
「彼は、あなたの……孫?」
「ええ。息子にそっくりです。肌の色だけは母親の血を濃く引いたようですね」
「え……」
「本人と話をしてみた感じでは、父親の正体も私との関りもまるで知らない様子でした。私を口説くふりまでしましたからね」
駄目。
頭が真っ白。
「バルバラ。これは私が勝手にした事ですから、私たちだけの秘密です。でも、私の助けが必要だと判断したらぜひ頼ってください。爵位のひとつやふたつ都合するなんて、泳ぐより簡単です」
「……ありがとうございます」
「さあ、あの可愛いシワシワのカバちゃんに会いに行きましょう。1分1秒だって無駄にできないのですよ、年寄りというのは。さささっ、バルバラ。立って」
「は、はい」
促され、私はご機嫌のトゥルヌミール公爵夫人をご希望通りご案内した。
グングンと燥ぐ可憐なトゥルヌミール公爵夫人とハイラを見て、とても気が紛れたのは言うまでもない。
旅の帰り道なのでまたグングンに会いたいと、トゥルヌミール公爵夫人からまずは手紙が届き、そして本人が来た。
「ようこそお越しくださいました、トゥルヌミール公爵夫人。ご旅行は如何でした?」
応接室でもてなし、土産話を聞く。
老いて尚、矍鑠として且つ可憐な笑顔を振りまくトゥルヌミール公爵夫人は始終ご機嫌だった。けれど、風の噂で耳にしたのか、あの話を持ち出されて肝が冷えた。
「先のラファラン伯爵は息子の教育に失敗しましたね」
「……言葉もありませんわ」
なんとかそう返す。
「愚か者ですよ。バルバラ、あなたにこの10年近くずっと浮いた話がなかったのは、あなたに魅力がないからではありません」
「そう仰って頂けると、心が軽くなりますわ」
「あなたはとても魅力的です。そしてそんなあなたの隣にはいつも、騎士のように、番犬のように、影のように、あの商人がいましたね」
「……盟友です」
公私ともに彼の力は偉大だ。
彼なしでは、現在のような繁栄はありえなかった。
「あなたもそろそろ身を固めるべきだと、私は思うのです」
「……」
両親も祖父母も亡くし、王家との確執で親戚からも見放された私には、そういう圧力をかけてくる相手がただのひとりもいなかった。
なぜ、ここへきてトゥルヌミール公爵夫人が……
立場上、もし縁談を持ちかけられたら、断れない。
この場で受けるしかない。
……受けた後、お相手に嫌われるという手もあるけれど。
「バルバラ」
「はい」
「カジミール・デュモンと結婚しないのは、あの男が貴族ではないからですか?」
「……!?」
話の矛先が思わぬほうへ向いて、混乱した。
つい振り向いて壁際の執事の顔を見てしまったけれど、公爵夫人をもてなしている今この時、彼はもはや物言わぬ壁だった。
「いいえ、そういう理由では。彼とは、親友なのです」
「私にも仲のよいお友達のひとりやふたりはいます。この年ですからね。だからわかるのです。あなたたちが、互いに想いを押し込め、安全な関係を維持しているだけだという事が」
「……」
縁談のお話ではないのかしら。
だけど、気が楽にはならないわ。
デュモォ~ン……たすけてぇー────
「バルバラ」
「はい」
ひとりで立ち向かうしかない。
「年をとると、人は残された年月を憂い自分勝手に振舞うものです。そして時に、若い人のためになにかしたいと思うのです」
「……はい」
「あの男の出自を調べました」
「え?」
それは私が踏み込んでいない領域だった。
彼はこの国の血が半分入った混血の商人。両親は当然、商人だと思っていた。そしてなにより、彼の階級は私にとってなにかを判断する材料ではなかったのだ。
彼自身が、大切だった。
「……」
私の戸惑いを感じ取ったのか、トゥルヌミール公爵夫人はカップを置いて改まった様子で私の目を見つめた。
「正確には、私はあの男の父親を知っていました」
「!?」
「だから確かめる目的もあったのです。そして、それは正しかった」
驚きは私の許容を越え、言葉を奪った。
けれどそれは始まりに過ぎなかった。
「その青年は旅行が好きで、ある時、滞在した港町で行商人の娘に恋をしたのです。許されない恋でした。青年は、愛を選びました。娘の父親に許しを請い、弟子入りし、海を越えて行ってしまいました。青年の名はギュスターヴ──私の3番目の息子です」
「──」
意味が呑み込めた時、私は一周回って大胆になっていた。
「彼は、あなたの……孫?」
「ええ。息子にそっくりです。肌の色だけは母親の血を濃く引いたようですね」
「え……」
「本人と話をしてみた感じでは、父親の正体も私との関りもまるで知らない様子でした。私を口説くふりまでしましたからね」
駄目。
頭が真っ白。
「バルバラ。これは私が勝手にした事ですから、私たちだけの秘密です。でも、私の助けが必要だと判断したらぜひ頼ってください。爵位のひとつやふたつ都合するなんて、泳ぐより簡単です」
「……ありがとうございます」
「さあ、あの可愛いシワシワのカバちゃんに会いに行きましょう。1分1秒だって無駄にできないのですよ、年寄りというのは。さささっ、バルバラ。立って」
「は、はい」
促され、私はご機嫌のトゥルヌミール公爵夫人をご希望通りご案内した。
グングンと燥ぐ可憐なトゥルヌミール公爵夫人とハイラを見て、とても気が紛れたのは言うまでもない。
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