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18 お人好し
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「わかったよ、バルバラ。でもどうか覚えていてほしい。世界中が君に背を向けたとしても、僕だけは、君のために命を投げ出すと言う事を」
「やめてちょうだい……、そんなの、困るわ」
私は目尻の涙を指の背で拭った。
昨日あんな事があったのに、ジェルマンはまた、性懲りもなく求婚してくれた。
しかも今朝は、紳士らしく、大人らしく、行儀よく誠実な求婚だった。
感動した。
「いいや。僕の命は、君のものだ」
「そうじゃなくて、世界中が敵なんて嫌よ」
「そうだね。その通りだ。僕は最後まで、カッコ悪いなぁ」
そしてジェルマンは去った。
丘を下り小さくなっていく馬車をずっと見つめていたのは、彼を恋しがっているからじゃない。懐かしく、優しく、大切な、私の友人が彼自身の人生を歩み始めたのだ。同じ、美しい思い出を胸に抱いて。
私たちはうまくやっていける。
そう信じられる。
「まったく。お人好しも度が過ぎて忌々しい限りですねぇ、プリンセス」
デュモンはいい顔しなかったけれど。
昼過ぎに焼き菓子を携えてやってきたデュモンの用件はわかっていた。
もうじき、嵐が来る。その前に一度、船と積み荷の確認に行くのだ。ここドルイユは四方を陸地に囲まれている。デュモンの船は隣のナダル伯領の港町でこの時期に整備を済ませ、次の航海に備えている。凡そ5日から10日、彼は船長としてナダルへ赴くので、今日はその挨拶だった。
「善い人なのよ。あなたは、また彼を庇うって怒るだろうけれど」
「いいえ。あなたたちふたりともです。心の底から、本気で、あなたとあの腰抜けが結婚していなくてよかったと思っています」
「デュモン」
「お人好し夫婦。悪い奴に付け込まれて、領地どころか命だって危うい」
「心配性ね」
微笑みかけると、彼は眉を変な形にしてフンと鼻を鳴らした。
「機嫌を直してちょうだい」
「俺はご機嫌ですよ。なんといっても余計な虫が一匹残らずやっと視界から消えてくれましたからね」
「虫くらい、自分で叩き潰せるわ。もっと私を信頼なさって、船長さん」
ギロリと睨まれたので、真似して睨み返してみる。
今日は、睨めっこにできた。どちらともなく笑顔になって、いつもの私たちに戻る事ができた。
こっちの嵐は去った。
求婚なんて、受けるものではないわ。
「そうだ、プリンセス。今回はマダム・コロワも一緒にナダルへ行きます」
「え?」
「市場の買い付けですよ」
「そうなの。それはいいわね」
彼女は商才があるから、きっといい食材やそれ以外のものも入手するだろう。
「妬かないんですね」
「妬いて欲しいの?」
「いいえ。ちなみに、料理長も一緒です」
「まあ、素敵!」
彼女の宿の料理人トニオ・グティエレスは、私が断腸の思いで諦めた素晴らしい料理人だ。彼も行くとなれば、今だって上質な厨房の質が桁違いに上がるはず。
「楽しみね。お金の事は気にしないで。ぜひ私に投資させて」
「お人好しですね、ほんとに」
「ええ。それがあなたのプリンセスよ」
焼き菓子の箱を開け、ひとつ口に放り込んだ。
甘くて美味しい。
素敵な一日の始まりだった。
「やめてちょうだい……、そんなの、困るわ」
私は目尻の涙を指の背で拭った。
昨日あんな事があったのに、ジェルマンはまた、性懲りもなく求婚してくれた。
しかも今朝は、紳士らしく、大人らしく、行儀よく誠実な求婚だった。
感動した。
「いいや。僕の命は、君のものだ」
「そうじゃなくて、世界中が敵なんて嫌よ」
「そうだね。その通りだ。僕は最後まで、カッコ悪いなぁ」
そしてジェルマンは去った。
丘を下り小さくなっていく馬車をずっと見つめていたのは、彼を恋しがっているからじゃない。懐かしく、優しく、大切な、私の友人が彼自身の人生を歩み始めたのだ。同じ、美しい思い出を胸に抱いて。
私たちはうまくやっていける。
そう信じられる。
「まったく。お人好しも度が過ぎて忌々しい限りですねぇ、プリンセス」
デュモンはいい顔しなかったけれど。
昼過ぎに焼き菓子を携えてやってきたデュモンの用件はわかっていた。
もうじき、嵐が来る。その前に一度、船と積み荷の確認に行くのだ。ここドルイユは四方を陸地に囲まれている。デュモンの船は隣のナダル伯領の港町でこの時期に整備を済ませ、次の航海に備えている。凡そ5日から10日、彼は船長としてナダルへ赴くので、今日はその挨拶だった。
「善い人なのよ。あなたは、また彼を庇うって怒るだろうけれど」
「いいえ。あなたたちふたりともです。心の底から、本気で、あなたとあの腰抜けが結婚していなくてよかったと思っています」
「デュモン」
「お人好し夫婦。悪い奴に付け込まれて、領地どころか命だって危うい」
「心配性ね」
微笑みかけると、彼は眉を変な形にしてフンと鼻を鳴らした。
「機嫌を直してちょうだい」
「俺はご機嫌ですよ。なんといっても余計な虫が一匹残らずやっと視界から消えてくれましたからね」
「虫くらい、自分で叩き潰せるわ。もっと私を信頼なさって、船長さん」
ギロリと睨まれたので、真似して睨み返してみる。
今日は、睨めっこにできた。どちらともなく笑顔になって、いつもの私たちに戻る事ができた。
こっちの嵐は去った。
求婚なんて、受けるものではないわ。
「そうだ、プリンセス。今回はマダム・コロワも一緒にナダルへ行きます」
「え?」
「市場の買い付けですよ」
「そうなの。それはいいわね」
彼女は商才があるから、きっといい食材やそれ以外のものも入手するだろう。
「妬かないんですね」
「妬いて欲しいの?」
「いいえ。ちなみに、料理長も一緒です」
「まあ、素敵!」
彼女の宿の料理人トニオ・グティエレスは、私が断腸の思いで諦めた素晴らしい料理人だ。彼も行くとなれば、今だって上質な厨房の質が桁違いに上がるはず。
「楽しみね。お金の事は気にしないで。ぜひ私に投資させて」
「お人好しですね、ほんとに」
「ええ。それがあなたのプリンセスよ」
焼き菓子の箱を開け、ひとつ口に放り込んだ。
甘くて美味しい。
素敵な一日の始まりだった。
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