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12 叩かれた扉

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 ああ、デュモンが来てくれてよかった!
 
 ジェルマンの顔を見て飛び跳ねた心臓が、喜んでいるのか恐がっているのかわからない。ジェルマンの声を聞いて汗ばんだ手や首筋が、興奮しているのか嫌悪しているのかわからない。

 彼が悪いのではない。
 私が間違っていた。

 閉じた扉をこじ開けてはいけなかったのだ。
 たとえ向こう側から叩かれた扉だとしても。

 女領主の顔をして取り繕うので精一杯だった。
 

「ルベーグは緑豊かな土地と聞いております。たしか──」


 デュモンがルベーグ一帯の事を尋ねて、それにジェルマンが答えて、そこからデュモンが話を広げて、またジェルマンが答えて、私は声を出しているほうの顔を見て笑顔で頷いたり驚いたりして、たまに呼ばれて返事をした。
 デュモンが私を、


「へえ、あなたもご存知でしたか? プリンセス」


 なんて呼べば、


「えっ? プリンセス!?」


 なんてジェルマンが目を丸くして、私は


「ふふふ。彼はこうやって私を煽てるんですの」


 とか受け流してみたりして。

 デュモンの存在は心強かったし、私の代わりに会話の主導権を握り、それでいて貴族のもてなしや情報の引き出し方も素晴らしかったけれど、ときどき私を見る目にそれなりの怒りが籠っているのがわかってしまって、気が気ではなかった。

 笑顔だから、尚の事、恐かった。


「お会いできて光栄でした、ルベーグ伯爵」


 陽が落ちかけてデュモンが腰をあげた時、私は一瞬だけ、ほっとした。

 再会し、歓談した。充分だ。お開きにしよう。
 これからは貴族として、適切な距離を保って関係を再構築していけばいい。


「あら、ディナーをご一緒にと思ったのだけれど」

「俺はいろいろと準備がありますから。それに、これ以上再会を邪魔するほど無粋じゃありません」

「え?」


 つい素の声で聞き返してしまう。
 見あげると、彼は口元に笑みを、目の奥に強烈な熱を湛えていた。


「デュモン?」


 お開きではなくて?
 あなただけが、行ってしまうの?

 と思っていたら、ジェルマンまでどこか狼狽えた声で彼を呼んだ。


「デュモン。あ、あなたはどれくらい滞在するんだい? あなたの話は、本当に面白い。僕の知らない事ばかりだ。ぜひ、ゆっくり語り合いたい」

「……」


 デュモンが口を噤んだ。
 珍しい事だった。私は息を呑んだ。

 それにジェルマンもよくわからない。
 

「夏の嵐の後で、冬が来る前に発ちます。伯爵」


 デュモンの声がいつもより低い。
 不機嫌? それとも、警戒している?


「そうかい! では、明日、一緒に飲もう」

「……」

 
 返事をしてデュモン!


「……」


 い、いいえ。
 私がこの家の当主なのだから、私がきちんとしなくては。


「お……おふたりがお友達になって嬉しいですわ!」


 ホホホ、と笑いながら立ち上がる。
 するとジェルマンも、ハハハ、と笑いながら立ち上がる。


「すまない、バルバラ。長旅で少し疲れてしまった。もう休むよ」

「えっ? え、ええ。それではお部屋に案内させますわ。もう子供の頃のように自由に歩き回ったりはできませんのよ? ルベーグ伯爵」

「いや、宿を取るよ。ほら、町を見て回りたいし。あの頃はなかったからね。ええと、あの、君がすすめてくれた料理の上手な夫人の宿だよ」


 ええと、本当に疲れたわけではないのね。 
 私から離れたいんだわ。

 気が合う。さすが、元婚約者同士。


「マダム・コロワの宿ですか? でしたら俺がご案内しますよ」

「ありがとう」

「俺も常連です」

「部屋に案内してくれ、バルバラ。もう休むよ」


 待って。情緒不安定なの?
 
 とにかくはっきりしたのは、私たちは再会するのが早すぎたし、お開きにしたほうが3人とも心穏やかに夜を迎えられるという事。


「セシャン!」

「はい、ご主人様」


 呼んだ瞬間入ってきた執事に、ジェルマンが安堵の溜息を洩らした。


「ああ、セシャン」


 その呟きに、デュモンがギロリと剣呑な目を向ける。その目つきを真似ておどけてみたけれど、彼はスッと目を細めた。呆れ、苛立っているのだ。

 ええ、そうね。
 とんだ茶番よね。私が悪かったわ。


「ご案内して、セシャン」

「はい。、こちらです」


 そう口を滑らせた執事の言葉を聞いて、ハッとなった。
 なんの躊躇いもなく過去に帰れるのは、今、セシャンただひとりだけなのだ。
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