10 / 28
10 君を想い、君を夢見る(※ジェルマン視点)
しおりを挟む
長い丘を登るのは、晴れていたら気持ちがいいが、雨足が強くなるとかなり険しくなる。特に嵐の多いこの地域では、天気がいちばんの障害だった。
何度も通った。
胸を弾ませ、心をときめかせ。
愛する、君のもとへ。
「バルバラ……」
彼女の名を呟いて、馬車の小窓から懐かしい風景を眺める。
ドルイユ伯爵。彼女の名声は、今や留まる事を知らない。
本来の彼女はそこまで派手ではないし、どちらかというとおっとりした優しい女性だ。けれどそこまで驚きはしなかった。むしろ納得した。歴史あるドルイユ伯爵家の血筋が、彼女には流れているのだから。
土地を愛し、民を愛し、誠実で、しかし時に大胆。
歴史に名を残してきた名家中の名家。
揺るがない土台の上に築かれていると誰もが信じて疑わなかったドルイユ伯爵家が瓦解したあの事件は、衝撃と、傷を残した。
この僕の心にも。
何度も潜った門を。
何度も抜けた前庭を。
馬車が進む。
まるで時を巻き戻すように、生き生きとしてくる。
ああ、僕は生きているんだ。
この死んだような12年は無駄ではなかった。
違う人間になろうともした。
けれどそれは、無理な相談だった。
今もこの胸に燃える彼女への想いは、燻り続けた僕の原動力であり、生きる意味であり、不滅の愛だ。
「ようこそお越しくださいました、ルベーグ伯爵」
執事のセシャンを馬車から見下ろす。
12年の歳月は、老人だった彼をもっと老人にした。
「やあ、セシャン。久しぶりだね」
馬車を下りた。
彼は微笑み返してはくれなかったが、互いの立場を考えれば当然の事だ。
「お久しぶりでございます」
「元気そうだ。また会えて嬉しいよ。みんな変わりない?」
「はい。元気にしておりました。なにも変わらないとは申し上げられませんが」
「そうだよね。ああ……セシャン」
耐えきれず、僕は老齢の執事をそっと抱きしめた。
僕が贈り物をする時も、喧嘩の仲直りをする時も、いつも相談に乗ってくれたセシャン。僕はバルバラと、バルバラの生まれ育ったこのドルイユ伯爵家を愛していた。
そして、再び、抱きしめている。
あの時、僕に力があれば。
何度も悔やんだ。何度も運命を呪った。
けれど、憎んだ父も、今では先祖代々の墓に名を連ね眠っている。
そして誰もが、貴族として当然の責任を果たしたのだと理解している。
だから今。
大人になり、それぞれの人生を歩む今。
再び、始める事ができるのだ。
あの頃のように愛しい人生を、輝かしい未来に向かって。
何度も通った。
胸を弾ませ、心をときめかせ。
愛する、君のもとへ。
「バルバラ……」
彼女の名を呟いて、馬車の小窓から懐かしい風景を眺める。
ドルイユ伯爵。彼女の名声は、今や留まる事を知らない。
本来の彼女はそこまで派手ではないし、どちらかというとおっとりした優しい女性だ。けれどそこまで驚きはしなかった。むしろ納得した。歴史あるドルイユ伯爵家の血筋が、彼女には流れているのだから。
土地を愛し、民を愛し、誠実で、しかし時に大胆。
歴史に名を残してきた名家中の名家。
揺るがない土台の上に築かれていると誰もが信じて疑わなかったドルイユ伯爵家が瓦解したあの事件は、衝撃と、傷を残した。
この僕の心にも。
何度も潜った門を。
何度も抜けた前庭を。
馬車が進む。
まるで時を巻き戻すように、生き生きとしてくる。
ああ、僕は生きているんだ。
この死んだような12年は無駄ではなかった。
違う人間になろうともした。
けれどそれは、無理な相談だった。
今もこの胸に燃える彼女への想いは、燻り続けた僕の原動力であり、生きる意味であり、不滅の愛だ。
「ようこそお越しくださいました、ルベーグ伯爵」
執事のセシャンを馬車から見下ろす。
12年の歳月は、老人だった彼をもっと老人にした。
「やあ、セシャン。久しぶりだね」
馬車を下りた。
彼は微笑み返してはくれなかったが、互いの立場を考えれば当然の事だ。
「お久しぶりでございます」
「元気そうだ。また会えて嬉しいよ。みんな変わりない?」
「はい。元気にしておりました。なにも変わらないとは申し上げられませんが」
「そうだよね。ああ……セシャン」
耐えきれず、僕は老齢の執事をそっと抱きしめた。
僕が贈り物をする時も、喧嘩の仲直りをする時も、いつも相談に乗ってくれたセシャン。僕はバルバラと、バルバラの生まれ育ったこのドルイユ伯爵家を愛していた。
そして、再び、抱きしめている。
あの時、僕に力があれば。
何度も悔やんだ。何度も運命を呪った。
けれど、憎んだ父も、今では先祖代々の墓に名を連ね眠っている。
そして誰もが、貴族として当然の責任を果たしたのだと理解している。
だから今。
大人になり、それぞれの人生を歩む今。
再び、始める事ができるのだ。
あの頃のように愛しい人生を、輝かしい未来に向かって。
2
お気に入りに追加
880
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
婚約破棄され旅に出ましたが、迎えに来た婚約者は別人でした。
coco
恋愛
婚約破棄され、旅に出た私。
その私を、婚約者が追いかけて来た。
そして、俺と一緒に家に戻って欲しいと言う。
私を捨てた張本人が、こんな事を言うなんて…。
姿形はそっくりだけど、あなたは私の婚約者じゃないわよね─?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
婚約を解消してくれないと、毒を飲んで死ぬ? どうぞご自由に
柚木ゆず
恋愛
※7月25日、本編完結いたしました。後日、補完編と番外編の投稿を予定しております。
伯爵令嬢ソフィアの幼馴染である、ソフィアの婚約者イーサンと伯爵令嬢アヴリーヌ。二人はソフィアに内緒で恋仲となっており、最愛の人と結婚できるように今の関係を解消したいと考えていました。
ですがこの婚約は少々特殊な意味を持つものとなっており、解消するにはソフィアの協力が必要不可欠。ソフィアが関係の解消を快諾し、幼馴染三人で両家の当主に訴えなければ実現できないものでした。
そしてそんなソフィアは『家の都合』を優先するため、素直に力を貸してくれはしないと考えていました。
そこで二人は毒を用意し、一緒になれないなら飲んで死ぬとソフィアに宣言。大切な幼馴染が死ぬのは嫌だから、必ず言うことを聞く――。と二人はほくそ笑んでいましたが、そんなイーサンとアヴリーヌに返ってきたのは予想外の言葉でした。
「そう。どうぞご自由に」
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
完結)余りもの同士、仲よくしましょう
オリハルコン陸
恋愛
婚約者に振られた。
「運命の人」に出会ってしまったのだと。
正式な書状により婚約は解消された…。
婚約者に振られた女が、同じく婚約者に振られた男と婚約して幸せになるお話。
◇ ◇ ◇
(ほとんど本編に出てこない)登場人物名
ミシュリア(ミシュ): 主人公
ジェイソン・オーキッド(ジェイ): 主人公の新しい婚約者
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
聖女の力を失ったと言われて王太子様から婚約破棄の上国外追放を命じられましたが、恐ろしい魔獣の国だと聞かされていた隣国で溺愛されています
綾森れん
恋愛
「力を失った聖女などいらない。お前との婚約は破棄する!」
代々、聖女が王太子と結婚してきた聖ラピースラ王国。
現在の聖女レイチェルの祈りが役に立たないから聖騎士たちが勝てないのだと責められ、レイチェルは国外追放を命じられてしまった。
聖堂を出ると王都の民衆に石を投げられる。
「お願い、やめて!」
レイチェルが懇願したとき不思議な光が彼女を取り巻き、レイチェルは転移魔法で隣国に移動してしまう。
恐ろしい魔獣の国だと聞かされていた隣国で、レイチェルはなぜか竜人の盟主から溺愛される。
(本作は小説家になろう様に掲載中の別作品『精霊王の末裔』と同一世界観ですが、200年前の物語なので未読でも一切問題ありません!)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
婚約破棄されたおかげで素敵な元帥様と結ばれました
百谷シカ
恋愛
身勝手な理由で婚約を破棄された伯爵令嬢のタミーは、気分転換で王都に来ている。凱旋パレードの事故に巻き込まれて、踏んだり蹴ったり。だけどそんなタミーを助けてくれたのは、無骨で優しい元帥ジョザイア・カヴァデイルだった。
(完結済)
========================
(他「エブリスタ」様に投稿)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
別れたいようなので、別れることにします
天宮有
恋愛
伯爵令嬢のアリザは、両親が優秀な魔法使いという理由でルグド王子の婚約者になる。
魔法学園の入学前、ルグド王子は自分より優秀なアリザが嫌で「力を抑えろ」と命令していた。
命令のせいでアリザの成績は悪く、ルグドはクラスメイトに「アリザと別れたい」と何度も話している。
王子が婚約者でも別れてしまった方がいいと、アリザは考えるようになっていた。
実家から絶縁されたので好きに生きたいと思います
榎夜
ファンタジー
婚約者が妹に奪われた挙句、家から絶縁されました。
なので、これからは自分自身の為に生きてもいいですよね?
【ご報告】
書籍化のお話を頂きまして、31日で非公開とさせていただきますm(_ _)m
発売日等は現在調整中です。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】婚約破棄されたので国を滅ぼします
雪井しい
恋愛
「エスメラルダ・ログネンコ。お前との婚約破棄を破棄させてもらう」王太子アルノーは公衆の面前で公爵家令嬢であるエスメラルダとの婚約を破棄することと、彼女の今までの悪行を糾弾した。エスメラルダとの婚約破棄によってこの国が滅ぶということをしらないまま。
【全3話完結しました】
※カクヨムでも公開中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる