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10 君を想い、君を夢見る(※ジェルマン視点)
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長い丘を登るのは、晴れていたら気持ちがいいが、雨足が強くなるとかなり険しくなる。特に嵐の多いこの地域では、天気がいちばんの障害だった。
何度も通った。
胸を弾ませ、心をときめかせ。
愛する、君のもとへ。
「バルバラ……」
彼女の名を呟いて、馬車の小窓から懐かしい風景を眺める。
ドルイユ伯爵。彼女の名声は、今や留まる事を知らない。
本来の彼女はそこまで派手ではないし、どちらかというとおっとりした優しい女性だ。けれどそこまで驚きはしなかった。むしろ納得した。歴史あるドルイユ伯爵家の血筋が、彼女には流れているのだから。
土地を愛し、民を愛し、誠実で、しかし時に大胆。
歴史に名を残してきた名家中の名家。
揺るがない土台の上に築かれていると誰もが信じて疑わなかったドルイユ伯爵家が瓦解したあの事件は、衝撃と、傷を残した。
この僕の心にも。
何度も潜った門を。
何度も抜けた前庭を。
馬車が進む。
まるで時を巻き戻すように、生き生きとしてくる。
ああ、僕は生きているんだ。
この死んだような12年は無駄ではなかった。
違う人間になろうともした。
けれどそれは、無理な相談だった。
今もこの胸に燃える彼女への想いは、燻り続けた僕の原動力であり、生きる意味であり、不滅の愛だ。
「ようこそお越しくださいました、ルベーグ伯爵」
執事のセシャンを馬車から見下ろす。
12年の歳月は、老人だった彼をもっと老人にした。
「やあ、セシャン。久しぶりだね」
馬車を下りた。
彼は微笑み返してはくれなかったが、互いの立場を考えれば当然の事だ。
「お久しぶりでございます」
「元気そうだ。また会えて嬉しいよ。みんな変わりない?」
「はい。元気にしておりました。なにも変わらないとは申し上げられませんが」
「そうだよね。ああ……セシャン」
耐えきれず、僕は老齢の執事をそっと抱きしめた。
僕が贈り物をする時も、喧嘩の仲直りをする時も、いつも相談に乗ってくれたセシャン。僕はバルバラと、バルバラの生まれ育ったこのドルイユ伯爵家を愛していた。
そして、再び、抱きしめている。
あの時、僕に力があれば。
何度も悔やんだ。何度も運命を呪った。
けれど、憎んだ父も、今では先祖代々の墓に名を連ね眠っている。
そして誰もが、貴族として当然の責任を果たしたのだと理解している。
だから今。
大人になり、それぞれの人生を歩む今。
再び、始める事ができるのだ。
あの頃のように愛しい人生を、輝かしい未来に向かって。
何度も通った。
胸を弾ませ、心をときめかせ。
愛する、君のもとへ。
「バルバラ……」
彼女の名を呟いて、馬車の小窓から懐かしい風景を眺める。
ドルイユ伯爵。彼女の名声は、今や留まる事を知らない。
本来の彼女はそこまで派手ではないし、どちらかというとおっとりした優しい女性だ。けれどそこまで驚きはしなかった。むしろ納得した。歴史あるドルイユ伯爵家の血筋が、彼女には流れているのだから。
土地を愛し、民を愛し、誠実で、しかし時に大胆。
歴史に名を残してきた名家中の名家。
揺るがない土台の上に築かれていると誰もが信じて疑わなかったドルイユ伯爵家が瓦解したあの事件は、衝撃と、傷を残した。
この僕の心にも。
何度も潜った門を。
何度も抜けた前庭を。
馬車が進む。
まるで時を巻き戻すように、生き生きとしてくる。
ああ、僕は生きているんだ。
この死んだような12年は無駄ではなかった。
違う人間になろうともした。
けれどそれは、無理な相談だった。
今もこの胸に燃える彼女への想いは、燻り続けた僕の原動力であり、生きる意味であり、不滅の愛だ。
「ようこそお越しくださいました、ルベーグ伯爵」
執事のセシャンを馬車から見下ろす。
12年の歳月は、老人だった彼をもっと老人にした。
「やあ、セシャン。久しぶりだね」
馬車を下りた。
彼は微笑み返してはくれなかったが、互いの立場を考えれば当然の事だ。
「お久しぶりでございます」
「元気そうだ。また会えて嬉しいよ。みんな変わりない?」
「はい。元気にしておりました。なにも変わらないとは申し上げられませんが」
「そうだよね。ああ……セシャン」
耐えきれず、僕は老齢の執事をそっと抱きしめた。
僕が贈り物をする時も、喧嘩の仲直りをする時も、いつも相談に乗ってくれたセシャン。僕はバルバラと、バルバラの生まれ育ったこのドルイユ伯爵家を愛していた。
そして、再び、抱きしめている。
あの時、僕に力があれば。
何度も悔やんだ。何度も運命を呪った。
けれど、憎んだ父も、今では先祖代々の墓に名を連ね眠っている。
そして誰もが、貴族として当然の責任を果たしたのだと理解している。
だから今。
大人になり、それぞれの人生を歩む今。
再び、始める事ができるのだ。
あの頃のように愛しい人生を、輝かしい未来に向かって。
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