6 / 28
6 憂鬱な狼
しおりを挟む
けれど不作法者は私の理解の範疇を越えていた。『私はドルイユの地と結婚したのです』と断りの返事を送ったら、強気な返事が舞い戻ってきた。華美で悪趣味な贈り物と一緒に。
「『私はそのドルイユと結婚すると言っているのです』……?」
「我儘な坊ちゃんだ」
デュモンが溜息を吐く。
彼は毎年、商売のためにしばらく滞在する。宴や行事以外は宿屋で寝起きしていて、暇を見つけては私を訪ね、励ましてくれる。
そして今、ちょうど、励まされようとしているところ……
「どうしましょう。言葉が通じないわ」
私は机に手紙を置いて、椅子に沈んだ。
呪われた気分。
「コドモなんですよ。女の口説き方も心得ていない、実に馬鹿な男です」
「ええ。それはそうなんだけど、問題は彼の人格じゃなくて、そういう人に目をつけられた事よ」
「気色悪い?」
「ええ、とてもね」
その時だ。
デュモンがあまり見せない険しい顔で、重い溜息を吐いた。
「ああ。せっかくお守りしてきたのに、ここへきて変な虫がついたか」
「え?」
違和感は、思い違いではなかった。
彼を見ていてハラハラさせられるのは初めてだ。なぜかはわからない。ただ彼が、別人にでもなってしまったかのような不安が胸を占めた。
5つの海を統べる大商人。
荒波を乗りこなし、海賊をも打ち負かす、強い男だ。
そう。
私には彼が、狼の姿をした優しい犬に見えていた。
今、目の前で呻っているのは、狼の彼。
大商人カジミール・デュモンが不機嫌を顕わにしている。
「デュモン……?」
獣を宥めるように、呼んでみる。
彼は私を無視して、険しく壁を睨んだ。壁が生き物だったら、ヒィッとでも悲鳴をあげていそうなほど、殺意を込めた目をしている。
「……」
気まずくなって、私は指を揉みながら俯いた。
今まで、特に彼との友情が始まった頃の数年は、私たちの関係についてあれこれとふしだらな噂があちこちで沸いた。その度に彼が出向いて、清らかな友情である事を納得させた。
だけど、気づいていた。
どんな呼び名をつけたところで、彼が私に向ける感情は、特別だと。
ただそれは、私が彼の命を助ける結果になって、彼がその事に恩を感じているからだ。あれ以来、私たちは互いに支え合う素晴らしい友情を築いてきた。
彼が私を助け、時に守り、海の交易権という強力な武器を預けてくれたのは、私が命の恩人だから。感謝から友情が芽生えた。
そう思わなければ、私たちは歩んで来られなかった。
それなのに、今になって彼は……あの頃の危うい関係に戻ろうというのだろうか。
「ラファラン伯爵が忌々しいわ」
「俺もだよ。プリンセス」
彼は低く、切り刻むように囁いた。
「『私はそのドルイユと結婚すると言っているのです』……?」
「我儘な坊ちゃんだ」
デュモンが溜息を吐く。
彼は毎年、商売のためにしばらく滞在する。宴や行事以外は宿屋で寝起きしていて、暇を見つけては私を訪ね、励ましてくれる。
そして今、ちょうど、励まされようとしているところ……
「どうしましょう。言葉が通じないわ」
私は机に手紙を置いて、椅子に沈んだ。
呪われた気分。
「コドモなんですよ。女の口説き方も心得ていない、実に馬鹿な男です」
「ええ。それはそうなんだけど、問題は彼の人格じゃなくて、そういう人に目をつけられた事よ」
「気色悪い?」
「ええ、とてもね」
その時だ。
デュモンがあまり見せない険しい顔で、重い溜息を吐いた。
「ああ。せっかくお守りしてきたのに、ここへきて変な虫がついたか」
「え?」
違和感は、思い違いではなかった。
彼を見ていてハラハラさせられるのは初めてだ。なぜかはわからない。ただ彼が、別人にでもなってしまったかのような不安が胸を占めた。
5つの海を統べる大商人。
荒波を乗りこなし、海賊をも打ち負かす、強い男だ。
そう。
私には彼が、狼の姿をした優しい犬に見えていた。
今、目の前で呻っているのは、狼の彼。
大商人カジミール・デュモンが不機嫌を顕わにしている。
「デュモン……?」
獣を宥めるように、呼んでみる。
彼は私を無視して、険しく壁を睨んだ。壁が生き物だったら、ヒィッとでも悲鳴をあげていそうなほど、殺意を込めた目をしている。
「……」
気まずくなって、私は指を揉みながら俯いた。
今まで、特に彼との友情が始まった頃の数年は、私たちの関係についてあれこれとふしだらな噂があちこちで沸いた。その度に彼が出向いて、清らかな友情である事を納得させた。
だけど、気づいていた。
どんな呼び名をつけたところで、彼が私に向ける感情は、特別だと。
ただそれは、私が彼の命を助ける結果になって、彼がその事に恩を感じているからだ。あれ以来、私たちは互いに支え合う素晴らしい友情を築いてきた。
彼が私を助け、時に守り、海の交易権という強力な武器を預けてくれたのは、私が命の恩人だから。感謝から友情が芽生えた。
そう思わなければ、私たちは歩んで来られなかった。
それなのに、今になって彼は……あの頃の危うい関係に戻ろうというのだろうか。
「ラファラン伯爵が忌々しいわ」
「俺もだよ。プリンセス」
彼は低く、切り刻むように囁いた。
3
お気に入りに追加
876
あなたにおすすめの小説
エメラインの結婚紋
サイコちゃん
恋愛
伯爵令嬢エメラインと侯爵ブッチャーの婚儀にて結婚紋が光った。この国では結婚をすると重婚などを防ぐために結婚紋が刻まれるのだ。それが婚儀で光るということは重婚の証だと人々は騒ぐ。ブッチャーに夫は誰だと問われたエメラインは「夫は三十分後に来る」と言う。さら問い詰められて結婚の経緯を語るエメラインだったが、手を上げられそうになる。その時、駆けつけたのは一団を率いたこの国の第一王子ライオネスだった――
家が没落した時私を見放した幼馴染が今更すり寄ってきた
今川幸乃
恋愛
名門貴族ターナー公爵家のベティには、アレクという幼馴染がいた。
二人は互いに「将来結婚したい」と言うほどの仲良しだったが、ある時ターナー家は陰謀により潰されてしまう。
ベティはアレクに助けを求めたが「罪人とは仲良く出来ない」とあしらわれてしまった。
その後大貴族スコット家の養女になったベティはようやく幸せな暮らしを手に入れた。
が、彼女の前に再びアレクが現れる。
どうやらアレクには困りごとがあるらしかったが…
【完結】幼馴染に告白されたと勘違いした婚約者は、婚約破棄を申し込んできました
よどら文鳥
恋愛
お茶会での出来事。
突然、ローズは、どうしようもない婚約者のドドンガから婚約破棄を言い渡される。
「俺の幼馴染であるマラリアに、『一緒にいれたら幸せだね』って、さっき言われたんだ。俺は告白された。小さい頃から好きだった相手に言われたら居ても立ってもいられなくて……」
マラリアはローズの親友でもあるから、ローズにとって信じられないことだった。
[完結]本当にバカね
シマ
恋愛
私には幼い頃から婚約者がいる。
この国の子供は貴族、平民問わず試験に合格すれば通えるサラタル学園がある。
貴族は落ちたら恥とまで言われる学園で出会った平民と恋に落ちた婚約者。
入婿の貴方が私を見下すとは良い度胸ね。
私を敵に回したら、どうなるか分からせてあげる。
私との婚約を破棄した王子が捕まりました。良かった。良かった。
狼狼3
恋愛
冤罪のような物を掛けられて何故か婚約を破棄された私ですが、婚約破棄をしてきた相手は、気付けば逮捕されていた。
そんな元婚約者の相手の今なんか知らずに、私は優雅に爺とお茶を飲む。
婚約破棄宣言は別の場所で改めてお願いします
結城芙由奈
恋愛
【どうやら私は婚約者に相当嫌われているらしい】
「おい!もうお前のような女はうんざりだ!今日こそ婚約破棄させて貰うぞ!」
私は今日も婚約者の王子様から婚約破棄宣言をされる。受け入れてもいいですが…どうせなら、然るべき場所で宣言して頂けますか?
※ 他サイトでも掲載しています
そう言うと思ってた
mios
恋愛
公爵令息のアランは馬鹿ではない。ちゃんとわかっていた。自分が夢中になっているアナスタシアが自分をそれほど好きでないことも、自分の婚約者であるカリナが自分を愛していることも。
※いつものように視点がバラバラします。
王太子から婚約破棄……さぁ始まりました! 制限時間は1時間 皆様……今までの恨みを晴らす時です!
Ryo-k
恋愛
王太子が婚約破棄したので、1時間限定でボコボコにできるわ♪
……今までの鬱憤、晴らして差し上げましょう!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる