3 / 28
3 午前2時の語らい
しおりを挟む
晩餐会が済んで招待客たちが客室に落ち着いた午前2時。
私は再び、書斎の机に頬杖をついていた。
「素晴らしいもてなしでしたよ、プリンセス」
デュモンがブランデーを注いで、片方を差し出してくれる。
「疲れたわ。カバって手が掛かるのね」
「ハイラに任せておけば大丈夫ですよ」
ハイラはカバのグングンを完全に飼い慣らしている。そしてデュモンに恋をしている。なので、私の事を心から疎ましく思っている。
「私、あの子に嫌われてる」
「まあまあ、年頃の娘は難しいですよ。あれでも一応、我々の感覚で言えば確かにプリンセスですから、多少の事は大目に見てやってください」
「ええ。もちろんそのつもり。仲良くなりたかった」
「さあ、プリンセス。今はリラックスして。飲みましょう」
デュモンとグラスを合わせる。
「……今日、妹が来たわ」
「イアサント? 宴のたびに来ますね」
「そうなの。人の行き来が激しい時を狙って来るのよ。顔が割れているから、人混みに紛れて来るの。それに宴の時期なら食料が溢れてるってわかっているのよ。狡賢いの、昔から」
「辛い立場ですね。あなたは本当に優しい人だ」
「私が甘すぎたのかしら。行き場がないからドルイユの端の下町に住まわせて、それがいけなかったのかしら。だけどフェリクスが死んでしまって、あの子を守ってくれる人がいなくなってしまったから、私、どうしても目の届くところにいてほしくて……」
「まあ、下町暮らしで育ちざかりの息子を2人も抱えていたとしても、あなたを頼るのはお門違いですがね」
元騎士のフェリクスは下町の用心棒となり、随分と慕われた。でも酔っ払いの夫婦喧嘩を仲裁に入って呆気なく死んでしまった。裁判の書類でその事件を知った私は、妹が領内にいる事を知って、黙認した。9年前の事だ。
「だけど、イアサントは腹が据わってそうだ。肝っ玉母さんは逞しく生きていきますよ。それにいつか、和解できる日が来る」
「わからないわ」
「あなたの一家は領民に好かれているし、きっとあなたの御両親やその上の代だって、いい領主だったんでしょう。善人と善人が色と金で拗れたんですから、色も金もどうでもよくなったら互いが恋しくなります」
デュモンは私の胸の内を、そうやって見抜くのだ。
そして欲しい言葉をくれる。
「だけど、許せないわ」
私はグラスを置いた。
そして震える手で額を抑えた。
「イアサントの駆け落ちを聞いて……」
あの日の場景が、今もはっきりと蘇る。
「お祖母様はショックで倒れて、そのまま天国へ行ってしまった。お祖父様は追うように弱って、2ヶ月で……。お母様もなにも食べられなくなって、徐々に弱って、その冬に肺を患って……お父様は屍のような顔で私を、一生懸命、教育してくれた……そのお父様も、絶望と疲労で弱って、次の夏には熱病で……みんな死んでしまった。だからあの子を、許す事はできないの……」
お酒のせいだ。それに今日は疲れた。しかも妹の顔を見て、話したのだ。
しっかりしないと。
思い出していちいち泣いていたら、女領主は務まらない。
デュモンが優しく、肩に手を置いた。
「苦しいんですね。家族を愛しているから。イアサントも」
「……っ」
私は必死だった。
家族を失い、婚約者も社交界での地位も失い、それでも領民の命を背負って立たなければならなかったから。弱音なんて吐いていられなかった。
デュモンがいてくれたから、私は、心を殺さずにいられたのだ。
そして涙も忘れずにいられた。
「ありがとう」
デュモンの手を叩いて、笑顔で見あげる。
「飲みすぎちゃった」
強く生きていかなければならない。
嘆いても、ああいう妹がいるというのが私の人生なのだから。
「ゆっくりお休みください」
「そうもいかないわ。あなたと違って、朝から昼食会の準備があるんだもの」
挨拶をして、私たちはそれぞれの寝室に引き上げた。
私は幸せだ。家族を失ってしまったけれど、心を許せる友がいる。その存在はとても心強くて、尊い。
私は再び、書斎の机に頬杖をついていた。
「素晴らしいもてなしでしたよ、プリンセス」
デュモンがブランデーを注いで、片方を差し出してくれる。
「疲れたわ。カバって手が掛かるのね」
「ハイラに任せておけば大丈夫ですよ」
ハイラはカバのグングンを完全に飼い慣らしている。そしてデュモンに恋をしている。なので、私の事を心から疎ましく思っている。
「私、あの子に嫌われてる」
「まあまあ、年頃の娘は難しいですよ。あれでも一応、我々の感覚で言えば確かにプリンセスですから、多少の事は大目に見てやってください」
「ええ。もちろんそのつもり。仲良くなりたかった」
「さあ、プリンセス。今はリラックスして。飲みましょう」
デュモンとグラスを合わせる。
「……今日、妹が来たわ」
「イアサント? 宴のたびに来ますね」
「そうなの。人の行き来が激しい時を狙って来るのよ。顔が割れているから、人混みに紛れて来るの。それに宴の時期なら食料が溢れてるってわかっているのよ。狡賢いの、昔から」
「辛い立場ですね。あなたは本当に優しい人だ」
「私が甘すぎたのかしら。行き場がないからドルイユの端の下町に住まわせて、それがいけなかったのかしら。だけどフェリクスが死んでしまって、あの子を守ってくれる人がいなくなってしまったから、私、どうしても目の届くところにいてほしくて……」
「まあ、下町暮らしで育ちざかりの息子を2人も抱えていたとしても、あなたを頼るのはお門違いですがね」
元騎士のフェリクスは下町の用心棒となり、随分と慕われた。でも酔っ払いの夫婦喧嘩を仲裁に入って呆気なく死んでしまった。裁判の書類でその事件を知った私は、妹が領内にいる事を知って、黙認した。9年前の事だ。
「だけど、イアサントは腹が据わってそうだ。肝っ玉母さんは逞しく生きていきますよ。それにいつか、和解できる日が来る」
「わからないわ」
「あなたの一家は領民に好かれているし、きっとあなたの御両親やその上の代だって、いい領主だったんでしょう。善人と善人が色と金で拗れたんですから、色も金もどうでもよくなったら互いが恋しくなります」
デュモンは私の胸の内を、そうやって見抜くのだ。
そして欲しい言葉をくれる。
「だけど、許せないわ」
私はグラスを置いた。
そして震える手で額を抑えた。
「イアサントの駆け落ちを聞いて……」
あの日の場景が、今もはっきりと蘇る。
「お祖母様はショックで倒れて、そのまま天国へ行ってしまった。お祖父様は追うように弱って、2ヶ月で……。お母様もなにも食べられなくなって、徐々に弱って、その冬に肺を患って……お父様は屍のような顔で私を、一生懸命、教育してくれた……そのお父様も、絶望と疲労で弱って、次の夏には熱病で……みんな死んでしまった。だからあの子を、許す事はできないの……」
お酒のせいだ。それに今日は疲れた。しかも妹の顔を見て、話したのだ。
しっかりしないと。
思い出していちいち泣いていたら、女領主は務まらない。
デュモンが優しく、肩に手を置いた。
「苦しいんですね。家族を愛しているから。イアサントも」
「……っ」
私は必死だった。
家族を失い、婚約者も社交界での地位も失い、それでも領民の命を背負って立たなければならなかったから。弱音なんて吐いていられなかった。
デュモンがいてくれたから、私は、心を殺さずにいられたのだ。
そして涙も忘れずにいられた。
「ありがとう」
デュモンの手を叩いて、笑顔で見あげる。
「飲みすぎちゃった」
強く生きていかなければならない。
嘆いても、ああいう妹がいるというのが私の人生なのだから。
「ゆっくりお休みください」
「そうもいかないわ。あなたと違って、朝から昼食会の準備があるんだもの」
挨拶をして、私たちはそれぞれの寝室に引き上げた。
私は幸せだ。家族を失ってしまったけれど、心を許せる友がいる。その存在はとても心強くて、尊い。
2
お気に入りに追加
876
あなたにおすすめの小説
エメラインの結婚紋
サイコちゃん
恋愛
伯爵令嬢エメラインと侯爵ブッチャーの婚儀にて結婚紋が光った。この国では結婚をすると重婚などを防ぐために結婚紋が刻まれるのだ。それが婚儀で光るということは重婚の証だと人々は騒ぐ。ブッチャーに夫は誰だと問われたエメラインは「夫は三十分後に来る」と言う。さら問い詰められて結婚の経緯を語るエメラインだったが、手を上げられそうになる。その時、駆けつけたのは一団を率いたこの国の第一王子ライオネスだった――
家が没落した時私を見放した幼馴染が今更すり寄ってきた
今川幸乃
恋愛
名門貴族ターナー公爵家のベティには、アレクという幼馴染がいた。
二人は互いに「将来結婚したい」と言うほどの仲良しだったが、ある時ターナー家は陰謀により潰されてしまう。
ベティはアレクに助けを求めたが「罪人とは仲良く出来ない」とあしらわれてしまった。
その後大貴族スコット家の養女になったベティはようやく幸せな暮らしを手に入れた。
が、彼女の前に再びアレクが現れる。
どうやらアレクには困りごとがあるらしかったが…
私との婚約を破棄した王子が捕まりました。良かった。良かった。
狼狼3
恋愛
冤罪のような物を掛けられて何故か婚約を破棄された私ですが、婚約破棄をしてきた相手は、気付けば逮捕されていた。
そんな元婚約者の相手の今なんか知らずに、私は優雅に爺とお茶を飲む。
【完結】幼馴染に告白されたと勘違いした婚約者は、婚約破棄を申し込んできました
よどら文鳥
恋愛
お茶会での出来事。
突然、ローズは、どうしようもない婚約者のドドンガから婚約破棄を言い渡される。
「俺の幼馴染であるマラリアに、『一緒にいれたら幸せだね』って、さっき言われたんだ。俺は告白された。小さい頃から好きだった相手に言われたら居ても立ってもいられなくて……」
マラリアはローズの親友でもあるから、ローズにとって信じられないことだった。
王太子から婚約破棄……さぁ始まりました! 制限時間は1時間 皆様……今までの恨みを晴らす時です!
Ryo-k
恋愛
王太子が婚約破棄したので、1時間限定でボコボコにできるわ♪
……今までの鬱憤、晴らして差し上げましょう!!
そう言うと思ってた
mios
恋愛
公爵令息のアランは馬鹿ではない。ちゃんとわかっていた。自分が夢中になっているアナスタシアが自分をそれほど好きでないことも、自分の婚約者であるカリナが自分を愛していることも。
※いつものように視点がバラバラします。
悪役令嬢は夜汽車に乗って ~旅の始まりは婚約破棄~
aihara
恋愛
王国で将来は大公位を賜る予定の第二王子の婚約者だった侯爵令嬢・ロベリア・アンジェリカは、ある日の王家の夜会で第二王子から冤罪によって追放刑を受ける。
しかし、婚約破棄とその後の対応を巡って周囲が騒然とする中、「追放刑なら喜んで!」とばかり夜会をさっさと退席し侯爵家のタウンハウスへ急ぐ侯爵令嬢。
どうやら急いでいる理由は…「夜汽車」のようで…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる