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3 午前2時の語らい

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 晩餐会が済んで招待客たちが客室に落ち着いた午前2時。
 私は再び、書斎の机に頬杖をついていた。


「素晴らしいもてなしでしたよ、プリンセス」


 デュモンがブランデーを注いで、片方を差し出してくれる。


「疲れたわ。カバって手が掛かるのね」

「ハイラに任せておけば大丈夫ですよ」


 ハイラはカバのグングンを完全に飼い慣らしている。そしてデュモンに恋をしている。なので、私の事を心から疎ましく思っている。


「私、あの子に嫌われてる」

「まあまあ、年頃の娘は難しいですよ。あれでも一応、我々の感覚で言えば確かにですから、多少の事は大目に見てやってください」

「ええ。もちろんそのつもり。仲良くなりたかった」

「さあ、プリンセス。今はリラックスして。飲みましょう」


 デュモンとグラスを合わせる。


「……今日、妹が来たわ」

「イアサント? 宴のたびに来ますね」

「そうなの。人の行き来が激しい時を狙って来るのよ。顔が割れているから、人混みに紛れて来るの。それに宴の時期なら食料が溢れてるってわかっているのよ。狡賢いの、昔から」

「辛い立場ですね。あなたは本当に優しい人だ」

「私が甘すぎたのかしら。行き場がないからドルイユの端の下町に住まわせて、それがいけなかったのかしら。だけどフェリクスが死んでしまって、あの子を守ってくれる人がいなくなってしまったから、私、どうしても目の届くところにいてほしくて……」

「まあ、下町暮らしで育ちざかりの息子を2人も抱えていたとしても、あなたを頼るのはお門違いですがね」


 元騎士のフェリクスは下町の用心棒となり、随分と慕われた。でも酔っ払いの夫婦喧嘩を仲裁に入って呆気なく死んでしまった。裁判の書類でその事件を知った私は、妹が領内にいる事を知って、黙認した。9年前の事だ。
 

「だけど、イアサントは腹が据わってそうだ。肝っ玉母さんは逞しく生きていきますよ。それにいつか、和解できる日が来る」

「わからないわ」

「あなたの一家は領民に好かれているし、きっとあなたの御両親やその上の代だって、いい領主だったんでしょう。善人と善人が色と金で拗れたんですから、色も金もどうでもよくなったら互いが恋しくなります」


 デュモンは私の胸の内を、そうやって見抜くのだ。
 そして欲しい言葉をくれる。


「だけど、許せないわ」


 私はグラスを置いた。
 そして震える手で額を抑えた。

 
「イアサントの駆け落ちを聞いて……」


 あの日の場景が、今もはっきりと蘇る。


「お祖母様はショックで倒れて、そのまま天国へ行ってしまった。お祖父様は追うように弱って、2ヶ月で……。お母様もなにも食べられなくなって、徐々に弱って、その冬に肺を患って……お父様は屍のような顔で私を、一生懸命、教育してくれた……そのお父様も、絶望と疲労で弱って、次の夏には熱病で……みんな死んでしまった。だからあの子を、許す事はできないの……」


 お酒のせいだ。それに今日は疲れた。しかも妹の顔を見て、話したのだ。

 しっかりしないと。
 思い出していちいち泣いていたら、女領主は務まらない。

 デュモンが優しく、肩に手を置いた。


「苦しいんですね。家族を愛しているから。イアサントも」

「……っ」


 私は必死だった。
 家族を失い、婚約者も社交界での地位も失い、それでも領民の命を背負って立たなければならなかったから。弱音なんて吐いていられなかった。

 デュモンがいてくれたから、私は、心を殺さずにいられたのだ。
 そして涙も忘れずにいられた。


「ありがとう」


 デュモンの手を叩いて、笑顔で見あげる。


「飲みすぎちゃった」


 強く生きていかなければならない。
 嘆いても、ああいう妹がいるというのが私の人生なのだから。


「ゆっくりお休みください」

「そうもいかないわ。あなたと違って、朝から昼食会の準備があるんだもの」


 挨拶をして、私たちはそれぞれの寝室に引き上げた。
 私は幸せだ。家族を失ってしまったけれど、心を許せる友がいる。その存在はとても心強くて、尊い。
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