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14 溢れるほどの愛を、あなたに

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「あなたの事を、誰か他の男性の隣で思い出すより、ひとりで神様に祈りたいの」

「アデル」

「あなたは愛を教えてくれた」

「アデル。君だけを愛する男が、必ず」

「違う。どう愛してくれるかではなく、ただ、私があなたを愛したのよ」

「君に」


 ロイが声を落とした。


「求婚すると、言ったら……?」


 恐れを宿した瞳のままで、彼は私に問いかける。
 私は涙を零しながら、心から微笑んだ。


「幸せになるわ」

「……!」


 ロイが痛みを堪えるように目を閉じた。
 そして、ふいに忌々しそうに首を振った。


「あの男の言った事で、ひとつ、正しい事がある」

「え?」

「君を手放したくない。他の男にも、神にさえも、渡したくないんだ」


 私は椅子を蹴って彼に抱きついた。
 彼は、抱きとめてくれた。


「ロイ……!」

「アデル、ごめんよ。私の妻になってくれ」

「喜んで!!」


 どちらともなく熱いキスを交わす。

 彼は泣きそうな顔で、私の頬を撫でた。


「君が望むなら、クィンシーの肖像画をしまう」

「望まないわ」


 抱きしめる彼の力に逆らって、私は彼の頬を撫でた。
 今にも泣きそうな、愛に溢れる、ひとりの可愛い男性。


「あなたがふたりを愛しているのは、抱えきれない大きな愛を神様が与えてくれたからだわ。あなたが奥様を深く愛しているのは、私がいちばんよく知っているもの。その深い愛で私も愛されているのだから、いいの。毎日、クィンシーの顔を見あげて嫉妬するのだって幸せよ」

「そんな……もっと我儘を言っておくれ」

「それじゃあ、なにがあっても絶対に私を諦めないで」

「わかったよ、アデル」


 彼が強く、縋るように私を抱きしめて震え出した。
 泣いているのだと、思った。


 その後、私たちは1年の婚約期間を設けてから結婚した。
 それは万が一、私に運命の相手が現れたら後戻りできるように、という謎の配慮だったのだけれど、私を深く愛してくれる伯爵がいるという現実は驚くほど私を癒してくれた。
 結局、ロイは私に、素敵な婚約者の気持ちを教えてくれたのだと思う。

 ロイは王位継承を辞退していたけれど、国王陛下には愛されていた。
 エグバート卿は爵位を剥奪され、追放されたようだった。ただ私には知らされていない。それもロイの配慮なのだと思う。耳に届くわずかな噂話も、すぐになくなった。まるで、そんな人物ははじめからいなかったかのように、消えていた。

 だけどもう、私には関係のない事だった。
 愛する人と、愛しあって、生きていくのだ。

 そして──結婚式の、夜。


「アデル。私に残された時間は、あまり長くはない」

「ええ」

「この命ある限り、君を幸せにするよ」

「負けないわ」


 私はロイの頬を両手で挟み、その熱い瞳を覗き込んだ。


「私も命の限り、あなたを幸せにする。たくさん子供を産んで、あなたより長生きするの。あなたは、年下の可愛い妻と、愛する子供たちに囲まれて生きるのよ。思う存分、愛を注いでね」


 そして私たちは、ロイの深く大きな愛に包まれて、永く永く、幸せに暮らした。
 愛する事を教わりながら。


                             (終)
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