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11 揺るがす者(※モーリス視点)
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「あなたに戦場の厳しさを語るのは無意味だ。暴れ馬を躾けるほうが容易い」
「ありがとう」
否、褒めていない。
理解を求める必要はない。事実を告げるのみだ。
「シビル・ラヴィルニーは優秀な従軍看護婦だ」
「ふっ」
嘲笑で返してくるのが、気分的なものなのか、曲解によるものなのか、不明。
「国軍からの信頼が厚いのは配置先が示している。彼女は、元帥であるイヴォン伯爵が最も信頼する、部下であり息子でもあるこの私の駐屯地ニザルデルンに派遣された。そして懸命に働き、蛮族の襲来からは私を含め9名もの軍人を救った」
「男に生まれるべきだったわね」
「彼女の功績を湛え、国軍はウェイン伯爵令嬢シビル・ラヴィルニーに勲章を与える事を決めた。授与式は国王陛下直々に執り行われる」
「……」
わずかに顔色を変え、シビルの妹は唇を噛んだ。
概ね理解している。
「彼女は我が国軍にとって、そして王国にとって、非常に重要な人物だ。あなたは妹という立場を利用し国家の要人の死を偽装すると、彼女の婚約者を騙して結婚し、彼女の得るはずだった地位と称号を得た。ソーンダイク伯爵夫人。面識もなく事情も知らなければ、あなたをシビル・ラヴィルニーその人だと信じ込む人間は山ほど出てくる。すると、なにができる? あなたは軍上層部に出入りできる上に顔が効き、情報を持ち出す事も、持ち込む事も可能になる。敵国にとってこれほど都合のいい諜報員はいない」
「……なんで……そんな話に、なってるのよ……ッ! うううっ!」
ぶるぶると震えたかと思うと、シビルの妹はまた地団太を踏んで泣き出した。
「まともな人間なら、国軍の要人になりかわろうとする行為にどれだけの責任を負うべきか、考えずとも理解している。それを敢えて行うのだから、相当な覚悟、及びそれなりの目的があると、我々は危惧せざるを得ない」
「勝手に決めつけないでよ!!」
まるで胸が張り裂けたような表情で、こちらを睨んで叫んだ。
シビルにそっくりなもので、少し狼狽えざるを得なかったが、顔には出さずにやり過ごす。容易い事だ。
それにしても……
こちらが危惧したような計略を、この愚か者が全うできる気がしない。
捨て駒にするような親分でも隠れていれば話は別だが、夫も軟弱且つ愚か者で話にならない。
これは、分別のつかない愚か者たちが起こした、親族間による紛争だった。
そう理解するのが妥当な気がしてきたが、まだ油断できない……というのは考えすぎだろうか。
「なに!? 諜報員!? 私を悪者に仕立て上げて処刑しようって言うの!? あんな女の言う事を信じないで! 私は妹なのよ!? どうしてこんな酷い仕打ちができるのッ!?」
「……」
国家反逆などと大それた事はできなくても、国家が痛手を食う失態をやらかしそうな人間性である事は間違いない。
やはり裁判ではっきりさせよう。
反省させたほうが、本人のためだ。
「彼女のせいにするのは筋違いだ。あなたは、疑われて当然の事を、悪質な方法を用いて行った。無実なら伯爵夫人らしく身の潔白を証明すればいい。だが忘れてはならない。あなたは実際に死を偽装し、結婚した。この事実そのものが倫理的にも重罪だ。今からじっくり身の振り方を考える事をおすすめする」
「私は無実よ! だってシビルは死ななかったもの!!」
私はその言葉を聞き逃さなかった。
これまでずっと、重症のシビルが死んだと偽ったという前提で話をしてきた。だが、もしかすると、事態は国家反逆罪並に重いのではないだろうか。
死にそうだったが、死ななかった。
殺そうとしたが、死ななかった。
どちらとも取れる。
偽装しようとしていたのは、死ではなく、死因のほうだとしたら……
愚か者の悪意ほど、醜く、馬鹿らしく、始末に負えないものはない。
犯した本人が事の重大さに気づけるなどという期待は、到底できないのだから。
「なにを盛った?」
「え?」
私の問いに、シビルが短く問い返してきた。
彼女にまで追い打ちをかける事になるが、ここで片付けなければならない。
シビルの妹マーシアは、そっくりな顔で姉を指差して泣き叫んだ。
「薬棚にあった薬よ! ずっと死ねばいいと思ってきた! それが死んだような感じで帰って来たの! もう目覚めなければいいと思った! 眠り続ければいい……そのまま、死んだっていい!! そう思ったわよ! でもあれは勝手に起きたの! だから私は偽装なんてしてない!! 私は無実なのッ!!」
すとん、と。
シビルが椅子に座り直し、長い溜息をついた。
歴史を紐解けば、ひとつの胎から聖人と愚者が産まれてくる事は、そう珍しくないとわかる。だが当事者となればその心情は計り知れない。
シビルは家族に恵まれなかった。
これから、もっと、誰よりも、幸せになるべきだ。
そう思った。
「ありがとう」
否、褒めていない。
理解を求める必要はない。事実を告げるのみだ。
「シビル・ラヴィルニーは優秀な従軍看護婦だ」
「ふっ」
嘲笑で返してくるのが、気分的なものなのか、曲解によるものなのか、不明。
「国軍からの信頼が厚いのは配置先が示している。彼女は、元帥であるイヴォン伯爵が最も信頼する、部下であり息子でもあるこの私の駐屯地ニザルデルンに派遣された。そして懸命に働き、蛮族の襲来からは私を含め9名もの軍人を救った」
「男に生まれるべきだったわね」
「彼女の功績を湛え、国軍はウェイン伯爵令嬢シビル・ラヴィルニーに勲章を与える事を決めた。授与式は国王陛下直々に執り行われる」
「……」
わずかに顔色を変え、シビルの妹は唇を噛んだ。
概ね理解している。
「彼女は我が国軍にとって、そして王国にとって、非常に重要な人物だ。あなたは妹という立場を利用し国家の要人の死を偽装すると、彼女の婚約者を騙して結婚し、彼女の得るはずだった地位と称号を得た。ソーンダイク伯爵夫人。面識もなく事情も知らなければ、あなたをシビル・ラヴィルニーその人だと信じ込む人間は山ほど出てくる。すると、なにができる? あなたは軍上層部に出入りできる上に顔が効き、情報を持ち出す事も、持ち込む事も可能になる。敵国にとってこれほど都合のいい諜報員はいない」
「……なんで……そんな話に、なってるのよ……ッ! うううっ!」
ぶるぶると震えたかと思うと、シビルの妹はまた地団太を踏んで泣き出した。
「まともな人間なら、国軍の要人になりかわろうとする行為にどれだけの責任を負うべきか、考えずとも理解している。それを敢えて行うのだから、相当な覚悟、及びそれなりの目的があると、我々は危惧せざるを得ない」
「勝手に決めつけないでよ!!」
まるで胸が張り裂けたような表情で、こちらを睨んで叫んだ。
シビルにそっくりなもので、少し狼狽えざるを得なかったが、顔には出さずにやり過ごす。容易い事だ。
それにしても……
こちらが危惧したような計略を、この愚か者が全うできる気がしない。
捨て駒にするような親分でも隠れていれば話は別だが、夫も軟弱且つ愚か者で話にならない。
これは、分別のつかない愚か者たちが起こした、親族間による紛争だった。
そう理解するのが妥当な気がしてきたが、まだ油断できない……というのは考えすぎだろうか。
「なに!? 諜報員!? 私を悪者に仕立て上げて処刑しようって言うの!? あんな女の言う事を信じないで! 私は妹なのよ!? どうしてこんな酷い仕打ちができるのッ!?」
「……」
国家反逆などと大それた事はできなくても、国家が痛手を食う失態をやらかしそうな人間性である事は間違いない。
やはり裁判ではっきりさせよう。
反省させたほうが、本人のためだ。
「彼女のせいにするのは筋違いだ。あなたは、疑われて当然の事を、悪質な方法を用いて行った。無実なら伯爵夫人らしく身の潔白を証明すればいい。だが忘れてはならない。あなたは実際に死を偽装し、結婚した。この事実そのものが倫理的にも重罪だ。今からじっくり身の振り方を考える事をおすすめする」
「私は無実よ! だってシビルは死ななかったもの!!」
私はその言葉を聞き逃さなかった。
これまでずっと、重症のシビルが死んだと偽ったという前提で話をしてきた。だが、もしかすると、事態は国家反逆罪並に重いのではないだろうか。
死にそうだったが、死ななかった。
殺そうとしたが、死ななかった。
どちらとも取れる。
偽装しようとしていたのは、死ではなく、死因のほうだとしたら……
愚か者の悪意ほど、醜く、馬鹿らしく、始末に負えないものはない。
犯した本人が事の重大さに気づけるなどという期待は、到底できないのだから。
「なにを盛った?」
「え?」
私の問いに、シビルが短く問い返してきた。
彼女にまで追い打ちをかける事になるが、ここで片付けなければならない。
シビルの妹マーシアは、そっくりな顔で姉を指差して泣き叫んだ。
「薬棚にあった薬よ! ずっと死ねばいいと思ってきた! それが死んだような感じで帰って来たの! もう目覚めなければいいと思った! 眠り続ければいい……そのまま、死んだっていい!! そう思ったわよ! でもあれは勝手に起きたの! だから私は偽装なんてしてない!! 私は無実なのッ!!」
すとん、と。
シビルが椅子に座り直し、長い溜息をついた。
歴史を紐解けば、ひとつの胎から聖人と愚者が産まれてくる事は、そう珍しくないとわかる。だが当事者となればその心情は計り知れない。
シビルは家族に恵まれなかった。
これから、もっと、誰よりも、幸せになるべきだ。
そう思った。
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