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9 愚かな伯爵夫人

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「ちょっと。いったいどうしたの? お葬式の日みたいに静かじゃない」


 妹のマーシアが、伯爵夫人らしく着飾った姿で帽子を振りながら書斎に入ってくる。でも私が椅子を回すと一瞬で蒼褪めた。


「ど、どうしてここに……」

「私がいると意外?」

「ガストンは? あの人はどこよ。聞いてないわ」

「ええ。その話をしにきたの」


 机に肘をついて、楽な態勢をとる。
 治療中の背中が、頭に血が昇り過ぎて痛むかもしれないから。

 私が奥の机にいるため、妹は無意識に足を進める。
 書架の影にモーリスと他3人の軍人が隠れているとも知らずに。
 そして扉を塞ぐように立つ、若いメイド。あれがティエリーだろう。
 
 ソーンダイク伯爵夫人は完全に包囲された。


「は? 負け惜しみ?」


 妹が鼻で笑った。
 でもその上品な手袋に包まれた手が、高級そうな帽子を握りしめ、震えている。


「私の婚約者と結婚して、勝ったつもり?」


 声をかけると、妹は呆れたように笑い帽子を握った拳を振り回して叫んだ。


「勝ったわよ!! シビル! あなたは勝手に家族を捨てて戦場で死んだの! お母様みたいにね!」

「私は生きてるわ」

「あっそう。でも、どうせ子供も産めない体になっちゃったんでしょう? 女として終わりじゃない! それをのこのこ昔の婚約者を訪ねて、いったいなにを企んでいるの!? ガストンはもうあなたのものじゃないのよ!!」

「私の傷は背中の裂傷よ。生殖機能に支障はないわ」

「はあ? 戦場で傷物になった女なんかに、誰が子供を望むのよ! 聖人ぶったって看護婦なんか汚い仕事じゃない! たいだい、戦場なんて男ばかりで野宿でしょう? 汚らわしい。あなたがいくら優秀でもね、汚い場所で汚い体になったのは誰もが疑わない事実なのよ!? いい? あなたは、終わったの。女としても、人間としてもね!!」


 妹は激高している。
 私は静かに返した。


「私を侮辱する前に、考えてごらんなさいよ」

「なによ」

「血を流して国領を守っているすべての人間を、あなた、侮辱したのよ」

「いいじゃない、別に。英雄を気取って死ににいく男を、私は素敵とは思わないの。私の傍で、私だけを見て、私を愛してくれる男! お父様や、ガストンのような男を尊敬してるんだから!」

「どちらも、もうあなたの傍にはいられなくなるわ」

「はっ!?」


 目を剥いて、妹が帽子を引き千切りそうなほど揉みしだき始める。


「なっ、なっ、なっ、なんでよ!」

「偽装結婚を企てたから、取り調べを受けるのよ」

「偽装!?」


 自分が姉を死んだ事にして、姉の婚約者と結婚した事を、お忘れかしら。
 

「いい? マーシア。あなたがどんな手を使って私を貶めたとしても、それはあなたの自由。だけど、自由には責任が伴うの」

「馬鹿にしないで!」


 いいえ、あなたは馬鹿だわ。


「あなたは死体と同じ状態で帰って来たじゃない! 家族を捨てて戦場を選んだ女を、なんで家族が引き取らなきゃいけないのよ。一生看病しろって言うの? それはそっちの仕事でしょう!?」

「回復の見込みがないから婚約を解消……って言うなら、筋は通る。あなたは、まだ生きている人間を死んだと言ってその婚約者を騙し、代わりに結婚した。あなたは死と結婚を偽装した」

「言掛りだわ」

「いいえ。貴族の結婚は政治よ。法的に潔白であるべきなの」

「結婚は愛によって結ばれるべきものよ!」

「ガストン、あなたと離婚するって」

「……はあっ!?」


 青くなったり赤くなったり、忙しい子。


「そ……そんなっ、馬鹿な……ッ!!」

「あなたが彼を愛しているなんて知らなかったわ。ところで、聞きたいんだけど。なぜ私を死んだ事にしてまで、ガストンと結婚したの?」

「あなたには関係ないでしょう!?」

「私の妹が私を死んだ事にして、私の婚約者と結婚しちゃったもんだから。関係大ありなのよ」

「捨てられた惨めな女が、言掛りをつけて……! これは、強盗だわ!!」


 妹が目を吊り上げて、扉を指差してまた叫んだ。


「今すぐ出ていきなさい!! 命令よ!!」

「マーシア」

「私は伯爵夫人よ!? あなたより偉いの!! 言う事を聞かないなら牢屋にぶち込んでやるから!!」

「……」


 混乱して支離滅裂な主張をしているのか、そもそもが愚か者なのか。
 我が妹ながら、見ていて嫌になってくる。

 思わず額を抱えた。
 そして溜息を零した。


「もう一度、聞くわね。なぜ、私の死を偽装して、私がなるはずだったソーンダイク伯爵夫人になったのかしら?」

「負け惜しみは惨めよ! シビル!!」

「なんでもいいけど、その理由があなたの処遇を決めるのよ」

「はい?」


 理論的に話ができる相手ではない。
 私は諦めて、机の上で指を組み、まっすぐに妹を見つめた。


「私が嫌いだから、私からなにもかも奪い取りたかったの?」

「……そうよ?」


 なにを今更。
 そんな感じで、妹はやはり、私を見下した様子で頷いた。


「そう。その話を、裁判官が信じてくれるよう、筋立てて説明しなさいね」

「裁判?」


 ついに妹の顔が、白くなった。
 昏倒する可能性も視野に入れ、私は椅子から腰をあげた。


「なによ……裁判って……」

「マーシア。単純な話よ。あなたは、やってはいけない事をやったの」

「婚約者を奪われたからって私を訴えたの!?」

「違うわ」


 書架からモーリスの肩がはみ出て、顔もはみ出て、眼帯をしていない右目が冷たく、そして鋭く、妹の後頭部に狙いをつけている。


「私が調査を命じた」

「!?」


 豪華なドレスを翻し、妹がふり向く。
 彼も完全に姿を現す。

 言葉を失っている妹の後頭部を眺めながら、私も机に手を付きながら前に出た。

 今の段階では、妹が私を嫌っているという事と、妹が愚か者だという事しか判明していない。ただの愚か者だといいけど……。


「ソーンダイク伯爵夫人。イヴォン伯領まで、御同行を」

「……嫌よ……っ」


 そう涙声で呟くと、妹は子供のように地団太を踏んで泣き叫び始めた。


「いやああぁぁっっ!」

「……」


 たぶん、妹は、ただの愚か者なのだろう。
 気分は悪いものの、私は安堵の溜息を零した。
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