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6 焦がれ、偲ぶ(※モーリス視点)
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元より体が強いのだろう。
シビルの回復力に医師のダルコも驚き、そして喜んでいた。
だが、3日も経つと新たな問題が発生した。
活動的な彼女には、ただ療養するという、つまり怪我人としての素質がまったくなかったのだ。
「なにか手の足りていない仕事はないの?」
朝食をともに囲んでいる最中、彼女は大真面目に言った。
「シビル」
「ええ」
「君は看護婦だ」
「ええ……!」
シビルの瞳に生気が燃える。
違う。
そうではない。
「その怪我をしている患者に、君はどう声をかける?」
「……『寝てなさい』」
「気晴らしになにをすすめる?」
「……空を見るか、読書」
不服そうな彼女があまりに愛らしく、困った。
だが翌朝、彼女は不服を通り越し、完全に憤怒していた。
「退屈か?」
「ええ」
声が低い。
「朝晩以外にも時間を作れたらいいんだが」
「……!」
なぜかシビルの瞳に生気が燃える。
「ん?」
「そうよ! あなたの補佐は? なにか仕事を教えてちょうだい」
しまった。
意図せず、期待させてしまった。
「君は看護婦だ」
「ええ」
「意欲は買うが、職種が違う」
「……そうよね」
一度宿った生気が萎え、まるで絶望したようにトーストを見つめる。
その表情があまりに可哀相で、つい口から言葉が滑り出た。
「では、要綱を執筆してもらうというのはどうだ?」
「……えっ?」
シビルの瞳が煌めいた。
私の胸もときめいた。
……顔に出ていなければいいが。
「君は優秀な看護婦であると共に、戦場での生活にも耐性がある。志願した従軍看護婦を実地指導だけで君のように育てるのは難しい。だが、君の指南書があれば、君のような優秀な従軍看護婦を育成できる」
「……!」
嬉しすぎて言葉にならないらしい。
鯉さながらに開閉する口に、トーストに添えられたラズベリーを入れてやりたくなるが、そこは堪えた。
「やってくれるか?」
「やるわ!」
「無理をせず──」
「ありがとう! 愛してるわ、モーリス!!」
「……」
彼女の攻撃力は凄まじいものがある。
友愛の意味だとわかっていても、恋に浮かれるひとりの男にされてしまいそうで、とにかくテーブルの上の拳を握りしめる。
「君は看護婦か?」
「ええ、そうよ!」
「では、君のような容態の人間が、避けるべき姿勢、稼働すべき限度はわかっているな?」
「ええ!」
「悪化したらこの話は白紙に戻す。ダルコの目を欺けると思うなよ」
「うまくやるわ!」
昼には必要な道具が届くように手配して、その日も仕事をこなした。
夕方。
ソーンダイク伯爵家にメイドとして潜入したティエリーから早速、第一次報告書が届いた。底抜けに陽気で、男女どちらも演じ分ける、極めて特異な諜報員だ。危険分子として道を踏み外していないかと、国王陛下が私を調査させるために送り込んだ諜報員である可能性を視野に入れ、丁重に扱っている。
それに、もし私が調査対象ならば、忠実な臣下である事を証明していく手段にもなり得るのだ。取り越し苦労になろうと、価値は高い。
「……」
第一次報告書に記された事実は、私を不快にさせた。
ソーンダイク伯爵ガストン・ドゥプラは、妻にはよくしているものの、四六時中人目を忍んでは元婚約者に想いを馳せ泣き暮らしているらしい。
シビルの死を信じ込み、偲び、泣く男。
生存を知ったら、私にとっての最大の壁になるかもしれない。
だが、考慮しなければならないのは、もうひとつの側面についてだという事は明白だった。
ソーンダイク伯爵が騙されているなら、ソーンダイク伯爵夫人は単独犯。
シビルの妹がなにを企んでいるか、その背後に第三の影が潜んでいるのか──それは諸外国の陰謀と呼べる類いのものなのか。それが問題だ。
シビルの回復力に医師のダルコも驚き、そして喜んでいた。
だが、3日も経つと新たな問題が発生した。
活動的な彼女には、ただ療養するという、つまり怪我人としての素質がまったくなかったのだ。
「なにか手の足りていない仕事はないの?」
朝食をともに囲んでいる最中、彼女は大真面目に言った。
「シビル」
「ええ」
「君は看護婦だ」
「ええ……!」
シビルの瞳に生気が燃える。
違う。
そうではない。
「その怪我をしている患者に、君はどう声をかける?」
「……『寝てなさい』」
「気晴らしになにをすすめる?」
「……空を見るか、読書」
不服そうな彼女があまりに愛らしく、困った。
だが翌朝、彼女は不服を通り越し、完全に憤怒していた。
「退屈か?」
「ええ」
声が低い。
「朝晩以外にも時間を作れたらいいんだが」
「……!」
なぜかシビルの瞳に生気が燃える。
「ん?」
「そうよ! あなたの補佐は? なにか仕事を教えてちょうだい」
しまった。
意図せず、期待させてしまった。
「君は看護婦だ」
「ええ」
「意欲は買うが、職種が違う」
「……そうよね」
一度宿った生気が萎え、まるで絶望したようにトーストを見つめる。
その表情があまりに可哀相で、つい口から言葉が滑り出た。
「では、要綱を執筆してもらうというのはどうだ?」
「……えっ?」
シビルの瞳が煌めいた。
私の胸もときめいた。
……顔に出ていなければいいが。
「君は優秀な看護婦であると共に、戦場での生活にも耐性がある。志願した従軍看護婦を実地指導だけで君のように育てるのは難しい。だが、君の指南書があれば、君のような優秀な従軍看護婦を育成できる」
「……!」
嬉しすぎて言葉にならないらしい。
鯉さながらに開閉する口に、トーストに添えられたラズベリーを入れてやりたくなるが、そこは堪えた。
「やってくれるか?」
「やるわ!」
「無理をせず──」
「ありがとう! 愛してるわ、モーリス!!」
「……」
彼女の攻撃力は凄まじいものがある。
友愛の意味だとわかっていても、恋に浮かれるひとりの男にされてしまいそうで、とにかくテーブルの上の拳を握りしめる。
「君は看護婦か?」
「ええ、そうよ!」
「では、君のような容態の人間が、避けるべき姿勢、稼働すべき限度はわかっているな?」
「ええ!」
「悪化したらこの話は白紙に戻す。ダルコの目を欺けると思うなよ」
「うまくやるわ!」
昼には必要な道具が届くように手配して、その日も仕事をこなした。
夕方。
ソーンダイク伯爵家にメイドとして潜入したティエリーから早速、第一次報告書が届いた。底抜けに陽気で、男女どちらも演じ分ける、極めて特異な諜報員だ。危険分子として道を踏み外していないかと、国王陛下が私を調査させるために送り込んだ諜報員である可能性を視野に入れ、丁重に扱っている。
それに、もし私が調査対象ならば、忠実な臣下である事を証明していく手段にもなり得るのだ。取り越し苦労になろうと、価値は高い。
「……」
第一次報告書に記された事実は、私を不快にさせた。
ソーンダイク伯爵ガストン・ドゥプラは、妻にはよくしているものの、四六時中人目を忍んでは元婚約者に想いを馳せ泣き暮らしているらしい。
シビルの死を信じ込み、偲び、泣く男。
生存を知ったら、私にとっての最大の壁になるかもしれない。
だが、考慮しなければならないのは、もうひとつの側面についてだという事は明白だった。
ソーンダイク伯爵が騙されているなら、ソーンダイク伯爵夫人は単独犯。
シビルの妹がなにを企んでいるか、その背後に第三の影が潜んでいるのか──それは諸外国の陰謀と呼べる類いのものなのか。それが問題だ。
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