妹が私の婚約者と結婚しちゃったもんだから、懲らしめたいの。いいでしょ?

百谷シカ

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2 火祭のあと

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 彼はしばらく私を見つめたままで、なにも言わなかった。
 大隊を指揮する男が作戦を練っているのだから、邪魔はできない。

 私は肘掛に手をついて、傷に響かないよう注意深く体を持ち上げた。


「帰るのか?」

「ええ」

「部屋を用意できる」

「いいえ。宿をとったから」


 机を回って彼が出てきた。
 臆する事なく、私の腕を外側からぐっと掴んで、支えてくれた。


「ありがとう」

「麻痺は?」

「ないわ。大丈夫、自分の体の事はわかってる。看護婦よ」


 背中が痛むだけで、末端神経の麻痺や譫妄はない。
 単純に、肉と筋が痛い。


「ああ。だが、君を看る人間がいないだろう」

「んー」

「鏡を見ながら自分で手当てしているのか?」

「まあ、できる限りは」

「医者を手配する。宿まで送ろう」


 そんなに構ってくれなくていいのに。

 でも、彼の友情は嬉しかった。
 家族に裏切られた私にとって、彼だけは迷わず信頼できる相手だったから。


「実際、どうやってるんだ?」

「60センチくらいの布に、清拭、消毒、塗布をさせてる。両手で斜めに持って、くるっと回すの」

「君の肩は驚くべき柔軟性を備えているな」

「取り柄のひとつよ」


 冷酷で冷徹。
 容赦なく敵を討つヨーク将軍。

 内外から恐れられる彼が、私のこめかみ辺りでくすりと笑っている。


「さあ、階段だ。ゆっくり」


 それに優しい。
 厳しい彼を恐れる看護婦は多かったけれど、私たちを守ってくれたのは、彼によって完璧に統率のとれていた彼の部隊だ。


 ──動ける者は看護婦を! 戦える者は奴らを撃て!


 敵兵ではなく、蛮族の奇襲。
 もしかすると敵国からの支援を受けていたのかもしれない。

 駐屯地が燃えた事で〈ニザルデルンの火祭〉と呼ばれるようになったあの一件は、死者を出さずに完全撤退した彼の、武勇伝のひとつになっただろう。
 それをひけらかすような馬鹿な人ではないけれど。


「……」


 静寂に包まれた彼の邸宅で、彼に支えられている。
 あの日とは違うのに、あの日の事を思い出してしまう。


「……」


 朦朧とする中で、彼が、切なそうに眉を顰めて私の頬を撫でていた。
 あれは夢ではなかった。


「食事はとれているのか?」

「問題ないわ」

「安心した。君はよく食べそうな顔をしているからな」


 私も笑ってしまった。

 玄関広間の椅子の手前、柱のところで彼は私を待たせた。
 少しの時間なら立ったままのほうが楽だと、よくわかっている。

 数分後、彼は私を馬車に乗せると、すぐ小瓶をくれた。
 軍で支給される、よく効く鎮痛薬だった。
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