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9 愛の帰還
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それから20日余り。
本当に、父は、生きて目の前に現れた。
「ああ……エーディット……!」
「……」
頭が真っ白になった。
隣で陛下が、幼子に聞かせるような優しい口調でゆっくりと経緯を説明してくれる。
それによると、地質調査へ赴いた際に滑落事故があり、そのまま土に埋まったかに思われた父は、地元の少年とその犬に発見され、手厚い看護を受けていた。理由は、とても優しそうなおじさんだったからだそうだ。
やがて目を覚ました父は、事故の影響で一部の記憶を失っていた。
自分が誰かわからない状態の壮年の男性であっても、なにしろとても優しそうなおじさんで、子供たちや若者に勉強を教えたりしながら非常に友好的な関係を周囲と築いていたらしい。
そして唐突に、記憶が蘇ったのだという。
「あなたをがっかりさせたくなくて黙っていたけれど、僕は、ずっと捜索を続けていたのです。そこへ本人からの申し出があり、すぐにわかりました。これは、実に喜ばしい、誰もが待ち侘びた人の帰還です。あなたの愛する父親というだけでなく、彼はこの国の発展にとって最も重要な学者のひとりでもありますからね」
「ああ……しかし、陛下。申し訳ありません。以前のように頭が働かない事も多いのです。もう、お役に立てるかどうか……」
「私がいるわ、お父様」
私は父の頬に触れた。
「なにかを思い出せなくても仕方ないわ。あんな事故で、きっと頭を強く打ってしまったのだもの」
父の顔を見つめ、眼差しを受け、幼い頃からずっと包まれていたあたたかな愛が蘇る。私の頬に涙が伝い、私の頬が喜びによって微笑むのを感じる。
父は、生きていた。
その喜びを表す言葉がもしあるなら、それは、愛だけだった。
「……!」
私は唐突に泣き崩れ、父の抱擁を受けた。
陛下が、父の腕の及ばぬ部位を、優しく撫でる。
周囲からは歓声と拍手、労いや励ましの声が沸く。
それからの日々は、本当に素晴らしいものだった。
まず母が来て父と感動の再会を果たし、兄が妊婦であるヒセラに文字通り尻を叩かれて来るとやはり感動の再会を果たし、その頃になると父はフアレス伯爵という新たな爵位を得た。統治すべき領地ではなく、学問を司る事になる。現地調査は引退し、宮廷の書庫に入浸りながら、父は王立大学の設立に携わった。
王妃としての公務の傍ら、父の補佐をする生活を送っていると、故郷でヒセラが男児を生んだ。産後の肥立ちもすこぶるいいらしい。ヒセラはどこまでも優れている。
嬉しい事が続いたあるとき、私はふと、ひとりの存在に気づいた。
国王コルネリウス1世陛下。私の、夫。
彼は時に愛らしく、愛嬌さえ撒き散らしながら、常に私の傍に在り、慈悲深く微笑み、見守っていた。それは大地のようにゆるぎなく、深く、確かな存在だった。
彼への愛が、確かに、芽生え始めていた。
本当に、父は、生きて目の前に現れた。
「ああ……エーディット……!」
「……」
頭が真っ白になった。
隣で陛下が、幼子に聞かせるような優しい口調でゆっくりと経緯を説明してくれる。
それによると、地質調査へ赴いた際に滑落事故があり、そのまま土に埋まったかに思われた父は、地元の少年とその犬に発見され、手厚い看護を受けていた。理由は、とても優しそうなおじさんだったからだそうだ。
やがて目を覚ました父は、事故の影響で一部の記憶を失っていた。
自分が誰かわからない状態の壮年の男性であっても、なにしろとても優しそうなおじさんで、子供たちや若者に勉強を教えたりしながら非常に友好的な関係を周囲と築いていたらしい。
そして唐突に、記憶が蘇ったのだという。
「あなたをがっかりさせたくなくて黙っていたけれど、僕は、ずっと捜索を続けていたのです。そこへ本人からの申し出があり、すぐにわかりました。これは、実に喜ばしい、誰もが待ち侘びた人の帰還です。あなたの愛する父親というだけでなく、彼はこの国の発展にとって最も重要な学者のひとりでもありますからね」
「ああ……しかし、陛下。申し訳ありません。以前のように頭が働かない事も多いのです。もう、お役に立てるかどうか……」
「私がいるわ、お父様」
私は父の頬に触れた。
「なにかを思い出せなくても仕方ないわ。あんな事故で、きっと頭を強く打ってしまったのだもの」
父の顔を見つめ、眼差しを受け、幼い頃からずっと包まれていたあたたかな愛が蘇る。私の頬に涙が伝い、私の頬が喜びによって微笑むのを感じる。
父は、生きていた。
その喜びを表す言葉がもしあるなら、それは、愛だけだった。
「……!」
私は唐突に泣き崩れ、父の抱擁を受けた。
陛下が、父の腕の及ばぬ部位を、優しく撫でる。
周囲からは歓声と拍手、労いや励ましの声が沸く。
それからの日々は、本当に素晴らしいものだった。
まず母が来て父と感動の再会を果たし、兄が妊婦であるヒセラに文字通り尻を叩かれて来るとやはり感動の再会を果たし、その頃になると父はフアレス伯爵という新たな爵位を得た。統治すべき領地ではなく、学問を司る事になる。現地調査は引退し、宮廷の書庫に入浸りながら、父は王立大学の設立に携わった。
王妃としての公務の傍ら、父の補佐をする生活を送っていると、故郷でヒセラが男児を生んだ。産後の肥立ちもすこぶるいいらしい。ヒセラはどこまでも優れている。
嬉しい事が続いたあるとき、私はふと、ひとりの存在に気づいた。
国王コルネリウス1世陛下。私の、夫。
彼は時に愛らしく、愛嬌さえ撒き散らしながら、常に私の傍に在り、慈悲深く微笑み、見守っていた。それは大地のようにゆるぎなく、深く、確かな存在だった。
彼への愛が、確かに、芽生え始めていた。
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