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8 愛の召喚
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私はコルネリウス1世陛下に娶られ、王妃になった。
1度目の結婚から2度目の結婚まで、わずか11ヶ月しかない。
「あれはちょっとした手違い、神の可愛い悪戯のようなものだ。あなたはバッケルの民を救った女神。そして僕の可愛い、可愛い、可愛くてちょっとおかしくなりそうなくらい可愛い、妻、奥さん、妃だ。エーディット、愛していますよ。永遠に」
もう結婚式からこっちずっと聞いている。
一度言えばわかる。
けれど、愛の言葉は何度聞いても胸にじわりと沁みる。
決して褪せる事も、慣れる事もない。
「陛下……」
「エーディット……」
「嘆願書に目を戻して。民の声を聞いてください」
「はい」
「私はここにおりますので」
「……」
陛下は頬を染めている。
童顔だからといってその内面まで幼稚という事では断固としてないのだけれど、私は王家に嫁ぐような教育は受けておらず土いじりばかりだったので、公務を把握するために見学をさせてもらっている。
そして陛下を惑わしている。
「集中してください」
「はい」
陛下はとても従順。
童顔も手伝って、可愛く感じてしまう。
もし私が強欲な極悪人であったなら、陛下を操って私服を肥やし、この国を操った末に結果的には滅亡へと導くだろう。幸い、私はそういう人間ではない。
そして陛下も、根本は愛を基軸として世を治めている。
「僕のように浮かれがちで感傷的な国王には、あなたのような冷静で英知に溢れた妃が公私ともにお似合いだ。ね、そうですよね、僕のエーディ──」
「集中してください」
「はい」
手が掛かる。
でも、嫌いじゃない。
そんな心躍る生活が始まって、わりとすぐ。
思いがけない人物が宮廷にやってきた。元夫、バッケル伯爵だ。領民がいないという、もはや荒廃まっしぐらな状況にさすがに焦りを覚えたのか、謝罪を申し出ているとの事。なんとしても許してもらわない事には、立ち行かないのだ。
それはそうだろう。それでいい。
傷つく人がいないなら、領地としての繁栄など滅びてしまえばいい。
大地は人の前からそこに在り、人が消えた後も永久にそこに在るのだから。
しかし、リシャルト・ファン・デル・ヘーストはやはり、リシャルト・ファン・デル・ヘーストだった。
「その女は魔女です! 騙されてはいけません、陛下!!」
痩せこけ、やや禿げ、血色の悪い顔で目を血走らせ、唾も撒き散らし、まるで痙攣するように震えながら忌々しい元夫は叫んだ。
「──」
現在の夫、国王コルネリウス1世陛下が、さながら死の天使の顔へ変わる。
「この私を惑わし、心を掴んで妻の座に座ると、1年もしないうちに私から領民を奪い去り領地を衰退させた!! いけません陛下! 国が滅びます!! 即刻、その魔女を処刑するべきでありますッ!!」
「……」
私の心はさざ波ひとつ立たなかった。
この男は極悪であると同時に、もう狂っているのだ。
狂人の戯言にいちいち腹を立てていては始まらない。
それは陛下も同じようで、まともに言葉を返す事もなく、嘆願書と関連する書類をまとめ一言『幽閉』と書いて退場させた。
「あなたが葬ってしまいたければ、訂正しますよ」
「いいえ。命をとるほどの事ではありません」
こうしてバッケル伯領は無人となった。
そうなると流浪の民だけならまだしも、獣、海賊山賊大悪党の巣窟になってしまう。現地には厳重な警備を配置した上で、宮廷では次の領主を誰にするか協議をしていた、まさにその最中。
報せが届いた。
最初の数分、それは私にだけ伏せられていた。
伝令を受けた陛下と大臣がひそひそと耳打ちを繰り返し、どちらかというと歓喜に似た興奮した様子で息巻き、私はじっとそれを眺めて待った。
ヒセラが出産するには、早すぎる。
早産ならもっと悲愴なはず。
やがて陛下が、慈愛に満ちた強い眼差しで私の手をそっと握った。
「エーディット。あなたの御父上が、生きて見つかりましたよ」
1度目の結婚から2度目の結婚まで、わずか11ヶ月しかない。
「あれはちょっとした手違い、神の可愛い悪戯のようなものだ。あなたはバッケルの民を救った女神。そして僕の可愛い、可愛い、可愛くてちょっとおかしくなりそうなくらい可愛い、妻、奥さん、妃だ。エーディット、愛していますよ。永遠に」
もう結婚式からこっちずっと聞いている。
一度言えばわかる。
けれど、愛の言葉は何度聞いても胸にじわりと沁みる。
決して褪せる事も、慣れる事もない。
「陛下……」
「エーディット……」
「嘆願書に目を戻して。民の声を聞いてください」
「はい」
「私はここにおりますので」
「……」
陛下は頬を染めている。
童顔だからといってその内面まで幼稚という事では断固としてないのだけれど、私は王家に嫁ぐような教育は受けておらず土いじりばかりだったので、公務を把握するために見学をさせてもらっている。
そして陛下を惑わしている。
「集中してください」
「はい」
陛下はとても従順。
童顔も手伝って、可愛く感じてしまう。
もし私が強欲な極悪人であったなら、陛下を操って私服を肥やし、この国を操った末に結果的には滅亡へと導くだろう。幸い、私はそういう人間ではない。
そして陛下も、根本は愛を基軸として世を治めている。
「僕のように浮かれがちで感傷的な国王には、あなたのような冷静で英知に溢れた妃が公私ともにお似合いだ。ね、そうですよね、僕のエーディ──」
「集中してください」
「はい」
手が掛かる。
でも、嫌いじゃない。
そんな心躍る生活が始まって、わりとすぐ。
思いがけない人物が宮廷にやってきた。元夫、バッケル伯爵だ。領民がいないという、もはや荒廃まっしぐらな状況にさすがに焦りを覚えたのか、謝罪を申し出ているとの事。なんとしても許してもらわない事には、立ち行かないのだ。
それはそうだろう。それでいい。
傷つく人がいないなら、領地としての繁栄など滅びてしまえばいい。
大地は人の前からそこに在り、人が消えた後も永久にそこに在るのだから。
しかし、リシャルト・ファン・デル・ヘーストはやはり、リシャルト・ファン・デル・ヘーストだった。
「その女は魔女です! 騙されてはいけません、陛下!!」
痩せこけ、やや禿げ、血色の悪い顔で目を血走らせ、唾も撒き散らし、まるで痙攣するように震えながら忌々しい元夫は叫んだ。
「──」
現在の夫、国王コルネリウス1世陛下が、さながら死の天使の顔へ変わる。
「この私を惑わし、心を掴んで妻の座に座ると、1年もしないうちに私から領民を奪い去り領地を衰退させた!! いけません陛下! 国が滅びます!! 即刻、その魔女を処刑するべきでありますッ!!」
「……」
私の心はさざ波ひとつ立たなかった。
この男は極悪であると同時に、もう狂っているのだ。
狂人の戯言にいちいち腹を立てていては始まらない。
それは陛下も同じようで、まともに言葉を返す事もなく、嘆願書と関連する書類をまとめ一言『幽閉』と書いて退場させた。
「あなたが葬ってしまいたければ、訂正しますよ」
「いいえ。命をとるほどの事ではありません」
こうしてバッケル伯領は無人となった。
そうなると流浪の民だけならまだしも、獣、海賊山賊大悪党の巣窟になってしまう。現地には厳重な警備を配置した上で、宮廷では次の領主を誰にするか協議をしていた、まさにその最中。
報せが届いた。
最初の数分、それは私にだけ伏せられていた。
伝令を受けた陛下と大臣がひそひそと耳打ちを繰り返し、どちらかというと歓喜に似た興奮した様子で息巻き、私はじっとそれを眺めて待った。
ヒセラが出産するには、早すぎる。
早産ならもっと悲愴なはず。
やがて陛下が、慈愛に満ちた強い眼差しで私の手をそっと握った。
「エーディット。あなたの御父上が、生きて見つかりましたよ」
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