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7 愛の証明
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見目麗しく、慈悲深く、まさに生ける天使。
天使王の異名で慕われ、むしろ崇拝さえされるほどの国王コルネリウス1世陛下が、あんなに興味深い人物だったなんて……
「ふっ」
「どうした? 鼻でも痒いのか?」
兄がなぜそう思うかは理解できる。
私は心の内があまり顔に出ないため、誤解されやすい点は否めない。
「いいえ。違う」
否定して、私は歩みを進めた。
陛下が留守の間、破格のもてなしを受ける事となった私たちは、というか私は、希望を尋ねられ考えるまでもなく答えたのだ。宮廷の書庫で、古文書が読みたいと。
なので今、案内されているところ。
「夢が叶ったわ」
「お前、頭がこんがらがってないか? これは凄い事だぞ?」
「ええ。国が管理している書庫よ」
「ふぅん。ま、いっか」
「むふふ」
「……笑っているのか、な? 妹よ」
「ええ。とても愉快」
「く……っ」
兄が目尻を濡らし、涙を堪えた。
いつ会っても不可解な兄だけれど、ふしぎと愛着しかわかない。
実際、宮廷の書庫は素晴らしかった。
「……ここに住みたい」
「ぐがぁー。すぴぃー。ぐあああああ」
兄の破壊的な鼾なんて、もはや問題ではない。
ふと兄の妻ヒセラの顔が浮かんだ。聡明で由緒正しい生まれの彼女がなぜ兄でよかったのかという謎は置いておいて、この素晴らしい書庫を見せてあげたい。
「……」
続けて、脳裏に光景が浮かんだ。
ただ、私と一緒に有意義な時間を過ごしている人物は、ヒセラではなかった。
父だ。
父と、この書庫で研究をしていたとしたら……
「……」
私は思考を止め、古文書に目を戻した。
そしてすぐ夢中になった。
夢中になっているうちに、陛下が帰って来た。
実際にはそれまでの間に、ヒセラから懐妊の報せが届いて兄が帰った日だけは、兄夫婦の事で頭がいっぱいになったけれど。
「おかえりなさいませ、陛下」
「……おか、えり………………ッ!?」
陛下はワナワナしている。
そしてクラリと仰け反り、戻ってくると感涙に咽び泣きながら頬を染めて私の手を一瞬で握った。
「帰ってきましたよ、エーディット! 僕は約束を果たしました。愛しいバッケル伯領の民たちは全員お連れしましたよ」
それは凄い。
さすがは天使王。
もう神話的偉業として歴史に残って然るべき事例だ。
「移住後の生活は僕が保証しますので、安心してください。囚人たちも連れてきました。忌々しい盗人リシャルトに武器を与えてはいけませんからね」
天使のような見目麗しい童顔で、あの男に対する蔑称を次々に生み出す陛下には、好感以外わきようがない。
「バッケル伯領にはもう死神崩れの強欲ムカデとその男の分からず屋の家臣しか残っていません」
「ありがとうございます、陛下」
「結婚してくれますか?」
「はい。光栄です、陛下」
「あああああっ! エーディット!! ありがとうございます!! ……神よ!!」
感極まった天使王コルネリウス1世陛下が、ふと理性を取り戻し辺りを見回した。
「あなたの兄上は?」
「妻ヒセラが妊娠していたという報せを受け、帰りました」
「えっ!?」
驚いた後、陛下が腕を広げる。
顔が童顔なだけで、体格そのものはやや細身ではあるもののそれなりに成人男性らしい輪郭や体積があるから、なかなか驚く。そして抱擁を受け、もっと驚いた。
「おめでとうございます!! ああっ、今日はなんと素晴らしい1日だ……!!」
「陛下。息が」
「すみません」
陛下が抱擁を解いた。
「早速お祝いを贈らなくては……!」
目が、本気。
けれど陛下は10日余り留守にしていたのだから、公務が溜まっているはず。
それに大移動してきたバッケル伯の人たちの暮らしを整えるという大事業がある。
「陛下、お気遣いなく。ヒセラは聡明で慈悲深く可憐で麗しい女性ですから、これを皮切りに頻繁に繰り返す事になりますので」
「そうはいきません! すべての命は祝福されて然るべきです! ましてあなたの甥や姪!! もう既に愛しくてならない!! 僕は幸せ過ぎて涙が出てきました!!」
陛下、落ち着いて。
過呼吸で倒れないか心配になります。
「忌々しい死神崩れも祝福を?」
「──」
問いかけると、効果は覿面。
陛下はスッと真顔になって、譫言のように呟いた。
「何にでも例外はある」
「陛下、この度は本当にありがとうございました。言葉にできない感謝を示し続けるためにも、生涯をかけて確実な愛を育み、陛下に身も心も捧げると誓います」
「ああああああ! エーディット!!」
また理性を奪ってしまった。
私も、悪い女ね。
むふっ。
天使王の異名で慕われ、むしろ崇拝さえされるほどの国王コルネリウス1世陛下が、あんなに興味深い人物だったなんて……
「ふっ」
「どうした? 鼻でも痒いのか?」
兄がなぜそう思うかは理解できる。
私は心の内があまり顔に出ないため、誤解されやすい点は否めない。
「いいえ。違う」
否定して、私は歩みを進めた。
陛下が留守の間、破格のもてなしを受ける事となった私たちは、というか私は、希望を尋ねられ考えるまでもなく答えたのだ。宮廷の書庫で、古文書が読みたいと。
なので今、案内されているところ。
「夢が叶ったわ」
「お前、頭がこんがらがってないか? これは凄い事だぞ?」
「ええ。国が管理している書庫よ」
「ふぅん。ま、いっか」
「むふふ」
「……笑っているのか、な? 妹よ」
「ええ。とても愉快」
「く……っ」
兄が目尻を濡らし、涙を堪えた。
いつ会っても不可解な兄だけれど、ふしぎと愛着しかわかない。
実際、宮廷の書庫は素晴らしかった。
「……ここに住みたい」
「ぐがぁー。すぴぃー。ぐあああああ」
兄の破壊的な鼾なんて、もはや問題ではない。
ふと兄の妻ヒセラの顔が浮かんだ。聡明で由緒正しい生まれの彼女がなぜ兄でよかったのかという謎は置いておいて、この素晴らしい書庫を見せてあげたい。
「……」
続けて、脳裏に光景が浮かんだ。
ただ、私と一緒に有意義な時間を過ごしている人物は、ヒセラではなかった。
父だ。
父と、この書庫で研究をしていたとしたら……
「……」
私は思考を止め、古文書に目を戻した。
そしてすぐ夢中になった。
夢中になっているうちに、陛下が帰って来た。
実際にはそれまでの間に、ヒセラから懐妊の報せが届いて兄が帰った日だけは、兄夫婦の事で頭がいっぱいになったけれど。
「おかえりなさいませ、陛下」
「……おか、えり………………ッ!?」
陛下はワナワナしている。
そしてクラリと仰け反り、戻ってくると感涙に咽び泣きながら頬を染めて私の手を一瞬で握った。
「帰ってきましたよ、エーディット! 僕は約束を果たしました。愛しいバッケル伯領の民たちは全員お連れしましたよ」
それは凄い。
さすがは天使王。
もう神話的偉業として歴史に残って然るべき事例だ。
「移住後の生活は僕が保証しますので、安心してください。囚人たちも連れてきました。忌々しい盗人リシャルトに武器を与えてはいけませんからね」
天使のような見目麗しい童顔で、あの男に対する蔑称を次々に生み出す陛下には、好感以外わきようがない。
「バッケル伯領にはもう死神崩れの強欲ムカデとその男の分からず屋の家臣しか残っていません」
「ありがとうございます、陛下」
「結婚してくれますか?」
「はい。光栄です、陛下」
「あああああっ! エーディット!! ありがとうございます!! ……神よ!!」
感極まった天使王コルネリウス1世陛下が、ふと理性を取り戻し辺りを見回した。
「あなたの兄上は?」
「妻ヒセラが妊娠していたという報せを受け、帰りました」
「えっ!?」
驚いた後、陛下が腕を広げる。
顔が童顔なだけで、体格そのものはやや細身ではあるもののそれなりに成人男性らしい輪郭や体積があるから、なかなか驚く。そして抱擁を受け、もっと驚いた。
「おめでとうございます!! ああっ、今日はなんと素晴らしい1日だ……!!」
「陛下。息が」
「すみません」
陛下が抱擁を解いた。
「早速お祝いを贈らなくては……!」
目が、本気。
けれど陛下は10日余り留守にしていたのだから、公務が溜まっているはず。
それに大移動してきたバッケル伯の人たちの暮らしを整えるという大事業がある。
「陛下、お気遣いなく。ヒセラは聡明で慈悲深く可憐で麗しい女性ですから、これを皮切りに頻繁に繰り返す事になりますので」
「そうはいきません! すべての命は祝福されて然るべきです! ましてあなたの甥や姪!! もう既に愛しくてならない!! 僕は幸せ過ぎて涙が出てきました!!」
陛下、落ち着いて。
過呼吸で倒れないか心配になります。
「忌々しい死神崩れも祝福を?」
「──」
問いかけると、効果は覿面。
陛下はスッと真顔になって、譫言のように呟いた。
「何にでも例外はある」
「陛下、この度は本当にありがとうございました。言葉にできない感謝を示し続けるためにも、生涯をかけて確実な愛を育み、陛下に身も心も捧げると誓います」
「ああああああ! エーディット!!」
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むふっ。
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