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4 正しい結婚
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「私、小賢しいんですって」
「……」
「なにか言って」
「……昔から俺より弁が立つ妹だったよ」
「努力は認める。お母様はお元気?」
「あ、ああ! 闘牛にいったよ」
「そう。気晴らしがあるのはいい事ね」
「エーディット?」
玄関広間の兄妹の再会を、向こうの柱時計の脇の窪みから窺っていた小柄な女性が、遠慮がちな足取りでこちらに向かってきた。
「ごきげんよう、ヒセラ。はじめまして」
「は、はじめまして」
「結婚おめでとう。結婚式に参列できなくてごめんなさい。忌々しいリシャルトって男が情報を遮断していたので気づかなかった」
「な、なにかあったの? その、旦那様と」
「もう旦那様じゃない。離婚した」
「……そう」
「君、驚かないんだね」
すぐ傍まで来た小柄なヒセラの顔を、兄がぐっと覗き込んだ。
「いずれこうなるとわかっていた事だもの。けじめがついてよかったわ」
ヒセラは夫である兄の顔を小さな掌で避けて、私を見あげた。
「お疲れよね、エーディット。すぐにあなたのお部屋は整うわ。いつ帰ってきてもいいように準備していたのよ」
「ありがとう、ヒセラ。兄のようにずぼらな男に、あなたのようなしっかりした奥様がきてくれて本当に感謝してる」
「とんでもないわ。彼の大らかな優しい心にいつも救われているのよ」
「そう。あなたこそ寛大だわ」
「改めてよろしくね、エーディット」
「こちらこそよろしく、お義姉様」
まったく恐れ入った。
感動さえした。
ヒセラは兄に欠けるすべてを補うだけでなく、それ以上の恵みの生きた塊だった。
「これぞ正しい結婚ね」
「あなたが正しくなかったわけではないわ。あんな事があって、あなたたち兄妹は混乱したでしょうし。その中で最善を尽くしたのだもの」
「できる上に優しいのね。見習いたいわ」
「あなたは優しいのよ、エーディット」
彼女の気遣いは少し大げさだけれど、悪い気はしない。
すぐに整った代わり映えのしないかつての私の部屋で一息つき、ヴィンテル一家にたっぷりと食事を提供してもらいたいという希望を伝えるため、厨房に向かった。
そこには既に、女主として立派に取り仕切るヒセラの姿があり、兄はただ傍で話し相手になっているようだった。
「可哀相なエーディット。お義父様の事があってから、すっかり笑わなくなってしまったのでしょう? なんとかしてあげたいけれど、……本当に、歯痒いわ」
「ああ。本当にね。早く見つかればいいんだが」
私は足を止め、引き返した。
「……」
父は、亡くなったのだ。
非現実的な希望を抱いて帰りを待ったところで、哀しみが増すだけ。
土に呑み込まれ、帰らぬ人となった。
だからこんなに、心が虚しいのだ。
希望は、希望なんて、それは──
「エーディット?」
「……」
呼ばれて振り向くと、厨房の戸口からヒセラが小さな顔を覗かせていた。
そして、パッと笑った。
「ちょうどよかった。あなたの特別な使用人の一家、小さな子を抱えての長旅で大変だったでしょう? なにかご馳走を用意しようと思って、あなたに確認したかったの。意見を聞かせて」
「……ええ」
この気遣い。
私が会話を能動的ではないにしろ立ち聞きしたという事実が明白であるにも関わらず、あたかもそんな事実がなかったかのように振舞い、私の心の負担を軽くしてくれている。
完っ璧。
惚れ惚れするわ。いっそ兄と変わりたい。
「ありがとう。たっぷりお願い」
「……」
「なにか言って」
「……昔から俺より弁が立つ妹だったよ」
「努力は認める。お母様はお元気?」
「あ、ああ! 闘牛にいったよ」
「そう。気晴らしがあるのはいい事ね」
「エーディット?」
玄関広間の兄妹の再会を、向こうの柱時計の脇の窪みから窺っていた小柄な女性が、遠慮がちな足取りでこちらに向かってきた。
「ごきげんよう、ヒセラ。はじめまして」
「は、はじめまして」
「結婚おめでとう。結婚式に参列できなくてごめんなさい。忌々しいリシャルトって男が情報を遮断していたので気づかなかった」
「な、なにかあったの? その、旦那様と」
「もう旦那様じゃない。離婚した」
「……そう」
「君、驚かないんだね」
すぐ傍まで来た小柄なヒセラの顔を、兄がぐっと覗き込んだ。
「いずれこうなるとわかっていた事だもの。けじめがついてよかったわ」
ヒセラは夫である兄の顔を小さな掌で避けて、私を見あげた。
「お疲れよね、エーディット。すぐにあなたのお部屋は整うわ。いつ帰ってきてもいいように準備していたのよ」
「ありがとう、ヒセラ。兄のようにずぼらな男に、あなたのようなしっかりした奥様がきてくれて本当に感謝してる」
「とんでもないわ。彼の大らかな優しい心にいつも救われているのよ」
「そう。あなたこそ寛大だわ」
「改めてよろしくね、エーディット」
「こちらこそよろしく、お義姉様」
まったく恐れ入った。
感動さえした。
ヒセラは兄に欠けるすべてを補うだけでなく、それ以上の恵みの生きた塊だった。
「これぞ正しい結婚ね」
「あなたが正しくなかったわけではないわ。あんな事があって、あなたたち兄妹は混乱したでしょうし。その中で最善を尽くしたのだもの」
「できる上に優しいのね。見習いたいわ」
「あなたは優しいのよ、エーディット」
彼女の気遣いは少し大げさだけれど、悪い気はしない。
すぐに整った代わり映えのしないかつての私の部屋で一息つき、ヴィンテル一家にたっぷりと食事を提供してもらいたいという希望を伝えるため、厨房に向かった。
そこには既に、女主として立派に取り仕切るヒセラの姿があり、兄はただ傍で話し相手になっているようだった。
「可哀相なエーディット。お義父様の事があってから、すっかり笑わなくなってしまったのでしょう? なんとかしてあげたいけれど、……本当に、歯痒いわ」
「ああ。本当にね。早く見つかればいいんだが」
私は足を止め、引き返した。
「……」
父は、亡くなったのだ。
非現実的な希望を抱いて帰りを待ったところで、哀しみが増すだけ。
土に呑み込まれ、帰らぬ人となった。
だからこんなに、心が虚しいのだ。
希望は、希望なんて、それは──
「エーディット?」
「……」
呼ばれて振り向くと、厨房の戸口からヒセラが小さな顔を覗かせていた。
そして、パッと笑った。
「ちょうどよかった。あなたの特別な使用人の一家、小さな子を抱えての長旅で大変だったでしょう? なにかご馳走を用意しようと思って、あなたに確認したかったの。意見を聞かせて」
「……ええ」
この気遣い。
私が会話を能動的ではないにしろ立ち聞きしたという事実が明白であるにも関わらず、あたかもそんな事実がなかったかのように振舞い、私の心の負担を軽くしてくれている。
完っ璧。
惚れ惚れするわ。いっそ兄と変わりたい。
「ありがとう。たっぷりお願い」
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