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2 旅への誘い
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なるほど、気分爽快!
私は夫が嫌いだった。特にこの数年、嫌悪さえしていた。
「ふう。今夜寝る場所が必要ね」
自分の指を眺める。
離婚を言い渡されたとしても、私は別に天涯孤独というわけではない。
生家はフェルフーフェン伯爵家。
父は死んで、今は兄がフェルフーフェン伯爵。
私は遺産分配を受けているから資産があるし、なにも困る事はない。
ただ、まずはこの指輪を手放す必要があるのは確かだ。
「ちょっと失礼」
「はい。えっ!? 奥方様!?」
貸馬車の店で店主に声をかけると、驚かれた。
彼には何度かパンやミルクを届けた経緯があり、比較的良好に近い関係を築いている。
「どっ、どうされたんですか!?」
「お願いがあるの。ちょっと長旅になるけど、私を生まれ故郷のフェルフーフェン伯領へ送り届けてくれる?」
「……」
彼が事態を呑み込むまで、数秒、待つ。
「俺たちを見棄てるんですか!?」
彼は泣き出した。
「いいえ、違う。そうではないわ。この度、バッケル伯爵から離婚を言い渡されて着の身着のまま追い出されたので、実家に帰るの」
「そんな……!」
「シィーッ、慌てないで。大丈夫。私の兄は当然フェルフーフェン伯爵よ。兄に相談して、この悪政に終止符を打つ。そのために帰るの」
「……でも」
気持ちはわかる。
フェルフーフェン伯領には7日かかる。彼にとっては往復14日。
「これを」
「……これは、指輪……です、よ、ね?」
「そう。これをあげる。これを売ってお金に変えれば、充分なお礼になるのではないかしら?」
「だっ、駄目です!」
「え?」
駄目、とは?
「こんな高価なもの、俺みたいなのが売ったら、絶対に盗んだって疑われます! そうしたら牢屋行きだ!!」
彼は恐れ戦いて震えていた。
「なるほど」
それは可哀想だ。
私は少し考えて、人差し指を立て彼に尋ねた。
「では、こういうのはどう? あなたとあなたの家族全員が私と一緒にフェルフーフェン伯領に行って、移住する。ここバッケルはもう牢獄みたいなものだし、かといって全員を連れて行くのはできないけれど、あなたの世帯くらいなら家も用意できるし仕事も都合できる。どうかしら? 悪い話ではないのではなくて?」
「……い……」
「い?」
い、とは?
「いいんですか……本当に……ッ!?」
「この顔が冗談を言っているように見える?」
「ああありがとうございます!!」
彼も叫んだ。
いい年をした男性の叫びを間近で聞くのは、今日2人目。
「もう少し小さな声で」
「ありがとうございますぅぅぅぅぅっ」
彼は声を絞り出した。涙と一緒に。
そして家族を集めると言うので小一時間ほど待って、私たちは無事、フェルフーフェン伯領への旅路についた。
私は夫が嫌いだった。特にこの数年、嫌悪さえしていた。
「ふう。今夜寝る場所が必要ね」
自分の指を眺める。
離婚を言い渡されたとしても、私は別に天涯孤独というわけではない。
生家はフェルフーフェン伯爵家。
父は死んで、今は兄がフェルフーフェン伯爵。
私は遺産分配を受けているから資産があるし、なにも困る事はない。
ただ、まずはこの指輪を手放す必要があるのは確かだ。
「ちょっと失礼」
「はい。えっ!? 奥方様!?」
貸馬車の店で店主に声をかけると、驚かれた。
彼には何度かパンやミルクを届けた経緯があり、比較的良好に近い関係を築いている。
「どっ、どうされたんですか!?」
「お願いがあるの。ちょっと長旅になるけど、私を生まれ故郷のフェルフーフェン伯領へ送り届けてくれる?」
「……」
彼が事態を呑み込むまで、数秒、待つ。
「俺たちを見棄てるんですか!?」
彼は泣き出した。
「いいえ、違う。そうではないわ。この度、バッケル伯爵から離婚を言い渡されて着の身着のまま追い出されたので、実家に帰るの」
「そんな……!」
「シィーッ、慌てないで。大丈夫。私の兄は当然フェルフーフェン伯爵よ。兄に相談して、この悪政に終止符を打つ。そのために帰るの」
「……でも」
気持ちはわかる。
フェルフーフェン伯領には7日かかる。彼にとっては往復14日。
「これを」
「……これは、指輪……です、よ、ね?」
「そう。これをあげる。これを売ってお金に変えれば、充分なお礼になるのではないかしら?」
「だっ、駄目です!」
「え?」
駄目、とは?
「こんな高価なもの、俺みたいなのが売ったら、絶対に盗んだって疑われます! そうしたら牢屋行きだ!!」
彼は恐れ戦いて震えていた。
「なるほど」
それは可哀想だ。
私は少し考えて、人差し指を立て彼に尋ねた。
「では、こういうのはどう? あなたとあなたの家族全員が私と一緒にフェルフーフェン伯領に行って、移住する。ここバッケルはもう牢獄みたいなものだし、かといって全員を連れて行くのはできないけれど、あなたの世帯くらいなら家も用意できるし仕事も都合できる。どうかしら? 悪い話ではないのではなくて?」
「……い……」
「い?」
い、とは?
「いいんですか……本当に……ッ!?」
「この顔が冗談を言っているように見える?」
「ああありがとうございます!!」
彼も叫んだ。
いい年をした男性の叫びを間近で聞くのは、今日2人目。
「もう少し小さな声で」
「ありがとうございますぅぅぅぅぅっ」
彼は声を絞り出した。涙と一緒に。
そして家族を集めると言うので小一時間ほど待って、私たちは無事、フェルフーフェン伯領への旅路についた。
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