私を棄てて選んだその妹ですが、継母の私生児なので持参金ないんです。今更ぐだぐだ言われても、私、他人なので。

百谷シカ

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14 愛を叫ぶひとつの魂

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「なにをしているんだ! 逃げろ!」


 研究所から流れ出てくるうちのひとりに、私は腕を掴まれた。


「ダッシュウッド博士は!? 彼を見た!?」

「あの人なら自分でどうにかするだろう。お嬢さん、こんな所にいてはいけない」

 
 見てないのだ。
 私は親切と承知で、その腕をふり解き建物の中へ駆けこんだ。


「シオドリック!」


 彼の名を叫ぶ。
 もちろん、返事はない。

 煙の充満する通路は、火の手はないものの充分に危険な雰囲気で満ちていた。
 通路を進む間、やはり燃えている部屋がいくつかあった。
 ハンカチで口を覆い階段を駆けあがる。

 そして、彼の研究室の扉が、閉ざされたまま、四角い戸枠から黒い煙を洩らしているのを見て、叫んだ。


「シオドリック!!」


 力を込めると、扉は呆気なく開き、黒煙がどっと流れてくる。
 目を瞑り、ぴんと張ったハンカチで口と鼻を覆った状態でもう一度彼を呼んだ。


「シオドリック! いるの!?」

「ラモーナ……?」

「!」


 彼の声がした。
 
 煙が窓と扉の両方から流れ出たので、室内はなんとか見渡せるようになっていた。
 
 彼が今日、どんな研究を行っていたかはわからない。
 けれど燃える破片が窓を突き破ってきたために、間違いなくなにかが爆発したようだ。見るも無残な煤汚れと共に、大きな装置のひとつが輪郭ごと焼け焦げていた。

 そして、硝子戸付きの書架が倒れ、彼の左半分、胸から下が下敷きになっていた。


「シオドリック……ああ、なんて事……!」


 私はほとんど泣きながら彼の傍へ駆け寄り、膝をついた。


「馬鹿! どうして来たんだ!」

「どうしよう……ひ、人を呼んで来なきゃ……!」

「早く逃げろ!」


 彼の怒鳴り声に、私はふと目をあげた。

 その切迫した険しい表情から、私は、彼の危惧している事を悟った。
 まだなにか、引火、若しくは爆発する危険がある。

 そして彼は身動きが取れない。
 眼鏡もどこかへいってしまったようだ。彼は目も見えない。


「逃げろ、ラモーナ」

「嫌よ」

「逃げるんだ」

「嫌」


 彼を残してはいけない。
 私は震える足でなんとか立ち上がり、彼を視界に収めたまま辺りを見回した。


「くそ……ッ! クライヴ伯爵が君を選ばなかった理由がよくわかるよ! 君は自分が優れていると思っている。だから自分の考えが正しいし、自分の意見を通せると思っているんだ。そんな扱いにくい鼻につく女は──」


 私を立ち去らせるために、私を嫌っているよう装っている。
 それくらいわかる。

 眼鏡。
 せめて、眼鏡があれば。


「なんだよ。君なんか居たって役に立たない! 目障りだ! どっか行けよ! 君の助けは必要ない! 行け! 消えろ! 私の前から消えてくれ──」

「嫌だってばッ!!」


 声の限りに叫んだ。
 
 すると、彼は呆気にとられたようだった。


「私はあなたと生きていくの! それが叶わないなら一緒に死ぬわよ!!」

「ラモーナ……」

「そんな事もわからないの!? ほら、眼鏡があった!」

「あ!」


 焦り声を上げた彼を無視して、転がっていた眼鏡を掴んだ。
 驚くほど熱く、片側は割れて枠だけになっていた。

 彼の傍へ戻り、眼鏡を突き出す。


「かけて。そして教えてちょうだい。なにか適切な物があれば私でも科学の力でこの書架は動かせるでしょう!? 指示を出して!!」

「……」


 彼が傷だらけの手を伸ばし、眼鏡を掴んだ。
 そして装着する。


「ラモーナ……棚から瓶を取ってくれ。指を切らないように気をつけて」

「ええ。どれ?」


 彼が言った瓶を取り振り向いた瞬間、どこかの部屋から爆発音のようなものがあがり、熱風が吹き込んで来た。


「急げ」

「ええ」

「そこの、浮き輪みたいなものを取って」

「これ? なんなの?」

「樹脂製の接続板の一部だよ。それに液体を塗って、へ入れて」

「わかった」


 どろどろの液体を、一抱えできそうな大きさの重くて固い弾力性のある分厚い板のような物に塗りたくり、彼の体と書架のわずかな隙間に捻じ込んだ。
 すると、その硬い弾力性が彼の皮膚や筋肉と相互作用しながらすいすいと奥へ入り、わずかな隙間を更に少し広げた。

 
「よし。押して」


 私は叫び声をあげて書架を押した。
 彼も叫び、自由の利く腕だけで体を押し戻そうとしている。

 それは永遠かに思えた。
 一瞬かもしれなかった。

 ふいに、するりと彼の胴体が書架から抜け、半身を起こし、右足の蹴る力も合わせて残る左足を引き戻す。

 私は彼の服を掴み、同じように書架を蹴った。

 彼は蟻が散るように素早く完全に這い出てきて、私に掴まりながら立ち上がった。


「大丈夫!?」

「ああ、まあ何本か骨は折れていると思うけど行こう。ラモーナ、本当は愛してる」

「わかってるわ。掴まって」


 彼の腕を担いで、背中に手を回す。
 私たちは部屋を出て、出口を目指した。
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