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13 大人として下す決断

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 すべてを承知の上で、幸せになる。
 父のその言葉は私の心に重く圧し掛かっていた。

 彼と過ごす間、結婚に際して思いを巡らせている間は、私は幸せに包まれる。
 でも、ふとした瞬間に思い出すのだ。

 そして、もし……と、考えてしまう。

 もし私たちがもっと信頼関係を築いていて、私に窘める勇気があって、あの子がクライヴ伯爵の求婚を断っていたら、最悪の事態は防げたのではないだろうか。
 けれどそれは、自分のための無責任な空想でしかない事も、理解していた。

 出口のない、どんな答えを望んでいるのかすらわからない、もやもやとした感覚。
 それらをすべて抱えて、承知し、築いていくのが人生。頭で理解するのも難しく、心が納得するのも難しい問題だ。
 
 けれど、ひとつだけ確かな事がある。
 私はパンジーではなく、パンジーは私ではない。
 同じ境遇に身を置いたとしても、はじめから代わる事はできなかった。

 そして、すべてはもう、過ぎ去ってしまったのだ。

 
「……」


 書店から出ると、ふいに辺りが騒がしい事に気づいた。
 どこかへ向かう人々と、逃げるようにこちらへ向かってくる人々。流れは完全に二分している。


「どうしたの?」


 外で待っていた御者に尋ねると、どうやら事故らしいとの事だった。
 騒ぎの起きている方角が、父のいる大学や彼のいる研究所のほうだったので、私は不安に足が竦んだ。

 次の瞬間。

 爆音とともに、遠くで閃光と煙があがった。


「……!」


 辺りは騒然となる。

 私は御者席に乗り上げ、馬車を出すよう大声で促していた。
 火のあがったのは、間違いなく、彼らのいる敷地内のどこかだ。

 いつもの通り図書館の前まで辿り着く事はできなかった。
 手前の道には既に人だかりができていて、それ以上進めなかったのだ。私は御者とともに馬車を乗り捨て、事態を訪ねて回った。


「いったいなにがあったのですか? 私はラモーナ・スコールズ。理事の娘です」


 そのとき御者に呼ばれ振り向くと、ヘールズ所長の姿がそこにあった。


「レディ・ラモーナ!」

「!」


 私は駆け寄り、騒ぎのなかで再び同じ質問をした。
 ヘールズ所長は汗を拭きつつ声を張り上げた。


「運搬事故があったのです。武器開発の為の試作品や火薬が資料として運ばれてきたのですが、見物で集まった中の馬鹿な学生が煙草を放り捨て、それが火薬に引火したんです。荷台が燃えました」

「そんな……!」


 大事故だ。


「今、既に消火活動をしています。奥へ行ってはいけません。レディ・ラモーナ。事故は外で起きました。建物は無傷で、御父上は学内にいるはずですから無傷ですよ。さあ、離れて」


 けれど。

 もう一度、爆発が起きた。

 
「!!」


 私たちは耳を塞ぎ、それぞれ身を竦めた。
 そして恐れ戦いて再び目を開けた時、燃える破片が四方へ飛び散り、それぞれが図書館と研究所の窓をいくつも割るのを目撃した。


「……」


 すべて、音が消えたようだった。

 先に燃え始めたのは図書館のほうだった。
 けれど、研究所の割れた窓の内のひとつは、彼──シオドリック・ダッシュウッド博士の研究室だった。

 私は、彼らしき人影と、室内で起こった小さな爆発を見た。


「なんという事だ……!」


 ヘールズ所長が悲痛な叫びをあげる。
 私は、意識が冴えわたり、代わりに耳の裏で血流が波打つのを聞いた。


「父に愛していると伝えて」


 誰にともなく言い残し、私は走り出した。
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