3 / 19
3 元婚約者の図々しい理屈
しおりを挟む
婚約者を失い、ひとときは家族であった人たちとも別れ、数年ぶりに父との静かな暮らしに戻った。使用人は信頼のおける人たちばかり。愛すべき、平和な暮らしだ。
私は街のはずれの、教会の敷地内に建つ孤児院へ向かった。
婚約前の私は、礼拝のあと子供たちと過ごすのが生き甲斐だった。
人は変わる。
ふしぎな事ではない。
けれど、あるべき形に戻す事もできる。
そうして私は、週の半分を教会への奉仕にあてた。
ある日の帰り道。
「ラモーナ!」
「!?」
馬車に乗りかけた私は、驚きで足を踏み外しかけた。
血相を変えた元婚約者ジェフリー卿が、私の肩を掴んだのだ。
一瞬、かなり怯えた。
そのために、私はしっかりと彼を仰ぎ、見つめた。
「いったいこれは、どういう事だい!?」
御者が慌てて下りてきたので、それを手振りで止める。今、ジェフリー卿は気が立っている。そこへ使用人の立場でありながら割って入れば、それが火種になる。私は当主の娘として、使用人を守る義務があるのだ。
「どう、とは?」
「なぜ持参金が出ないんだよ!!」
結婚を急いだ彼は、諸々の手順を飛ばしている。
持参金は追々……とでも考えていたのかもしれない。関係ないけれど。
私はゆるやかに彼の手を払った。
「パンジーはお父様の実子ではないと、あなたも知ってるでしょう?」
「養父だろう!?」
「新しい妻の連れ子だから、娘同様に接していました」
「それなら持参金も持たせるべきだろう!」
「実子でも養子でもない少女に?」
「当然だ! 僕は君と婚約していたんだ。君と同等の条件を果たすべきだ!」
「破棄したのはあなたです」
ジェフリー卿が目を剥いた。
「伯爵令嬢ではなく、私生児をお選びになりましたよね?」
「君の妹だ!」
「父は離婚しました」
「え?」
一瞬、押し黙る。
「もうローガン伯爵家は、奥様と関係ありません」
「……」
ジェフリー卿の瞳に理性の片鱗が走る。
自分が的外れな要求をしている事に、気づきつつあるように見えた。
「では……僕は、持参金もない、ほぼ平民の女を妻にしたのか……!?」
「はい。私よりその子がいいと仰いました」
「ああ……!」
頭を抱えている。
同じ領主として、父とは比べ物にならないほどジェフリー卿は愚かだ。絶縁できるこの機会はむしろ、神様の贈り物だったのかもしれないとさえ思えた。
「父が忙しいので、私をあてにしていらっしゃったのですか?」
「……」
「無駄足でしたね。お帰り、お気をつけて」
私は微笑んでいた。それから丁寧にお辞儀をして、姿勢を戻す。
彼は再び気色ばんだ顔に戻り、私を指差して叫んだ。
「なんて無礼者なんだ! 君たち親子は破滅だ!!」
「教会で騒がないでください」
「賠償金を請求する!!」
「さようなら」
それまで身振り手振りで合図を送ってくれていた御者のおかげで、教会から続々と人が出てきた。
「……!」
さすがのジェフリー卿も分が悪いと判断したのだろう。
曖昧な捨て台詞を零して馬車に飛び乗り、慌ただしく走り去ってしまった。
呆気ない。
「さようなら、ジェフリー卿」
声に出すと、気持ちがすっきりした。
終わったのだ。
私は街のはずれの、教会の敷地内に建つ孤児院へ向かった。
婚約前の私は、礼拝のあと子供たちと過ごすのが生き甲斐だった。
人は変わる。
ふしぎな事ではない。
けれど、あるべき形に戻す事もできる。
そうして私は、週の半分を教会への奉仕にあてた。
ある日の帰り道。
「ラモーナ!」
「!?」
馬車に乗りかけた私は、驚きで足を踏み外しかけた。
血相を変えた元婚約者ジェフリー卿が、私の肩を掴んだのだ。
一瞬、かなり怯えた。
そのために、私はしっかりと彼を仰ぎ、見つめた。
「いったいこれは、どういう事だい!?」
御者が慌てて下りてきたので、それを手振りで止める。今、ジェフリー卿は気が立っている。そこへ使用人の立場でありながら割って入れば、それが火種になる。私は当主の娘として、使用人を守る義務があるのだ。
「どう、とは?」
「なぜ持参金が出ないんだよ!!」
結婚を急いだ彼は、諸々の手順を飛ばしている。
持参金は追々……とでも考えていたのかもしれない。関係ないけれど。
私はゆるやかに彼の手を払った。
「パンジーはお父様の実子ではないと、あなたも知ってるでしょう?」
「養父だろう!?」
「新しい妻の連れ子だから、娘同様に接していました」
「それなら持参金も持たせるべきだろう!」
「実子でも養子でもない少女に?」
「当然だ! 僕は君と婚約していたんだ。君と同等の条件を果たすべきだ!」
「破棄したのはあなたです」
ジェフリー卿が目を剥いた。
「伯爵令嬢ではなく、私生児をお選びになりましたよね?」
「君の妹だ!」
「父は離婚しました」
「え?」
一瞬、押し黙る。
「もうローガン伯爵家は、奥様と関係ありません」
「……」
ジェフリー卿の瞳に理性の片鱗が走る。
自分が的外れな要求をしている事に、気づきつつあるように見えた。
「では……僕は、持参金もない、ほぼ平民の女を妻にしたのか……!?」
「はい。私よりその子がいいと仰いました」
「ああ……!」
頭を抱えている。
同じ領主として、父とは比べ物にならないほどジェフリー卿は愚かだ。絶縁できるこの機会はむしろ、神様の贈り物だったのかもしれないとさえ思えた。
「父が忙しいので、私をあてにしていらっしゃったのですか?」
「……」
「無駄足でしたね。お帰り、お気をつけて」
私は微笑んでいた。それから丁寧にお辞儀をして、姿勢を戻す。
彼は再び気色ばんだ顔に戻り、私を指差して叫んだ。
「なんて無礼者なんだ! 君たち親子は破滅だ!!」
「教会で騒がないでください」
「賠償金を請求する!!」
「さようなら」
それまで身振り手振りで合図を送ってくれていた御者のおかげで、教会から続々と人が出てきた。
「……!」
さすがのジェフリー卿も分が悪いと判断したのだろう。
曖昧な捨て台詞を零して馬車に飛び乗り、慌ただしく走り去ってしまった。
呆気ない。
「さようなら、ジェフリー卿」
声に出すと、気持ちがすっきりした。
終わったのだ。
261
お気に入りに追加
6,473
あなたにおすすめの小説
【完結】離縁ですか…では、私が出掛けている間に出ていって下さいね♪
山葵
恋愛
突然、カイルから離縁して欲しいと言われ、戸惑いながらも理由を聞いた。
「俺は真実の愛に目覚めたのだ。マリアこそ俺の運命の相手!」
そうですか…。
私は離婚届にサインをする。
私は、直ぐに役所に届ける様に使用人に渡した。
使用人が出掛けるのを確認してから
「私とアスベスが旅行に行っている間に荷物を纏めて出ていって下さいね♪」
父が死んだのでようやく邪魔な女とその息子を処分できる
兎屋亀吉
恋愛
伯爵家の当主だった父が亡くなりました。これでようやく、父の愛妾として我が物顔で屋敷内をうろつくばい菌のような女とその息子を処分することができます。父が死ねば息子が当主になれるとでも思ったのかもしれませんが、父がいなくなった今となっては思う通りになることなど何一つありませんよ。今まで父の威を借りてさんざんいびってくれた仕返しといきましょうか。根に持つタイプの陰険女主人公。
裏切りの先にあるもの
マツユキ
恋愛
侯爵令嬢のセシルには幼い頃に王家が決めた婚約者がいた。
結婚式の日取りも決まり数か月後の挙式を楽しみにしていたセシル。ある日姉の部屋を訪ねると婚約者であるはずの人が姉と口づけをかわしている所に遭遇する。傷つくセシルだったが新たな出会いがセシルを幸せへと導いていく。
そんなに妹が好きなら死んであげます。
克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。
『思い詰めて毒を飲んだら周りが動き出しました』
フィアル公爵家の長女オードリーは、父や母、弟や妹に苛め抜かれていた。
それどころか婚約者であるはずのジェイムズ第一王子や国王王妃にも邪魔者扱いにされていた。
そもそもオードリーはフィアル公爵家の娘ではない。
イルフランド王国を救った大恩人、大賢者ルーパスの娘だ。
異世界に逃げた大魔王を追って勇者と共にこの世界を去った大賢者ルーパス。
何の音沙汰もない勇者達が死んだと思った王達は……
王子は婚約破棄を泣いて詫びる
tartan321
恋愛
最愛の妹を失った王子は婚約者のキャシーに復讐を企てた。非力な王子ではあったが、仲間の協力を取り付けて、キャシーを王宮から追い出すことに成功する。
目的を達成し安堵した王子の前に突然死んだ妹の霊が現れた。
「お兄さま。キャシー様を3日以内に連れ戻して!」
存亡をかけた戦いの前に王子はただただ無力だった。
王子は妹の言葉を信じ、遥か遠くの村にいるキャシーを訪ねることにした……。
俺はお前ではなく、彼女を一生涯愛し護り続けると決めたんだ! そう仰られた元婚約者様へ。貴方が愛する人が、夜会で大問題を起こしたようですよ?
柚木ゆず
恋愛
※9月20日、本編完結いたしました。明日21日より番外編として、ジェラール親子とマリエット親子の、最後のざまぁに関するお話を投稿させていただきます。
お前の家ティレア家は、財の力で爵位を得た新興貴族だ! そんな歴史も品もない家に生まれた女が、名家に生まれた俺に相応しいはずがない! 俺はどうして気付かなかったんだ――。
婚約中に心変わりをされたクレランズ伯爵家のジェラール様は、沢山の暴言を口にしたあと、一方的に婚約の解消を宣言しました。
そうしてジェラール様はわたしのもとを去り、曰く『お前と違って貴族然とした女性』であり『気品溢れる女性』な方と新たに婚約を結ばれたのですが――
ジェラール様。貴方の婚約者であるマリエット様が、侯爵家主催の夜会で大問題を起こしてしまったみたいですよ?
真実の愛だからと平民女性を連れて堂々とパーティーに参加した元婚約者が大恥をかいたようです。
田太 優
恋愛
婚約者が平民女性と浮気していたことが明らかになった。
責めても本気だと言い謝罪もなし。
あまりにも酷い態度に制裁することを決意する。
浮気して平民女性を選んだことがどういう結果をもたらすのか、パーティーの場で明らかになる。
両親も義両親も婚約者も妹に奪われましたが、評判はわたしのものでした
朝山みどり
恋愛
婚約者のおじいさまの看病をやっている間に妹と婚約者が仲良くなった。子供ができたという妹を両親も義両親も大事にしてわたしを放り出した。
わたしはひとりで家を町を出た。すると彼らの生活は一変した。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる