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02 お断りよ!

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 当日、汽車で指定された近くの町へ向かった。
 正直なところ、車窓から眺める景色は長閑で、眺めていると心が落ちついた。でも30分で飽きた。そして1時間で悶絶した。


「……退屈ッ」


 人目を気にして行儀よくしていないといけない。
 私は今日、旅行用ドレスではなく『花の檻』の綽名で有名な寄宿学校の制服を着ている。厳格な淑女養成学校は建前で、活発過ぎる令嬢をぶち込んで躾け直す矯正施設だ。

 私は乗客に避けられ、それでいて監視されている。
 
 汽車が乗降場に滑り込んだとき、私の胸は感動で揮えた。
 窮屈な場所から解放される。たとえそこに親の用意した婚約者が待ち受けていようと、とりあえずは大地と空気が私を迎えてくれる。

 窓枠に肘をついて目を凝らすと、汽車の到着を待つ人たちが見えた。


「……え?」


 その中に、私は見た。


「なにあれ……嘘でしょ……ッ!?」


 誰よりも贅を凝らした服装で立つアルマン伯爵は、チビで蒼白くて太っていて、ニヤニヤしている。歳はどう見ても二回りくらい上だ。信じられない。いくらなんでも、親としてあんなデブ親父と結婚させようという神経が理解できない。
 なぜ会った事もないアルマン伯爵その人だとわかったか。
 それは、本人が看板を汽車に向けて立っていたからだ。


   ようこそ! ミレイユ・オレリー・デュフレーヌ
   未来の夫が可愛い奥さんを迎えに来ました
   共に素晴らしい人生を歩みましょう
                 アルマン伯ジョス


「…………無理」


 どうしよう。
 あんな気持ち悪い中年オヤジと結婚なんて、絶対に嫌だ。


「……!」


 なんとかしなきゃ。
 汽車はかなり速度を落としていて、もうすぐ停まってしまう。さすがに乗り込んでくることはないだろうけど、この制服は目立つからすぐにバレる。

 
「……神よ」


 怨むわ。
 私にこんな酷い仕打ちをするなんて。

 私は旅行鞄をひっつかんで三等車まで走った。その間に汽車は停まったけど、ちょうどいい。既に乗客が降り始めて人目が減ったし、まだ荷物の整理をしたり、居眠りしているのは庶民で、私に驚いていても誰なのかはバレない。

 座席の影に隠れてしゃがみ、旅行鞄を開けた。
 まるで狩りをするときみたいな気分だ。

 超特急で寄宿学校の制服を脱いで、ドレスに着替えた。
 髪を解いて、小銭と帽子を持って、後は全部ここに置いていく。

 私は、あんな奴と結婚なんてしない。
 家にも寄宿学校にも戻らない。


「婚期を逃し続けたロリコンなんてお断りよ。地獄へ落ちろハゲ」


 汽車を下りたその足で、私は別の乗降場へ颯爽と歩いて行った。
 横目で一瞬だけ確認する。アルマン伯爵は踵を弾ませて、見るからに浮かれた様子で一等車を見つめていた。

 ……キモイ。


「さよなら、アルマン伯爵」


 誰と結婚するか、私が決める。
 この旅の片道切符を握りしめ、私は己に誓いを立てた。
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