上 下
9 / 13

9 珍獣の取扱いと処遇について

しおりを挟む
「お前はいったい、なにを考えておるんだ!」

「あなたにの気持ちはわからないわよ!」

「そんなものわかるか! お前は自分の気持ちを満足させるためだけに生きてるんだからな!!」

「あなたがを蔑むからよ!!」

「ああそうか! 私のせいか!!」


 客間の扉の向こうから、咆哮が轟いている。
 私は廊下でウスターシュの手を握り、全身の毛穴を耳にして聞き入っていた。


「あなたもヴィクトリヤ・ブリノヴァみたいな女と結婚すればよかったと思っているんでしょう!? わかっていますとも! だからウスターシュをヴィクトリヤ・ブリノヴァと婚約させたのよ!!」

「ああそうだ! 顔だけで選んだのは失敗だったよ!!」

「だから醜く太ってやったのよ! あなたにいい思いなんかさせないわ! いつもを心の内で侮蔑しているんだから!!」

「それも今日までだ! もう口からポロッと零れるよ! この大バカ者が!!」

「キイイイィィィィィィッ!!」


 扉って、木よね。
 震えてるわ。


「凄いわね……」

「今度ばかりは父も臨界点を越えたみたいだ」

「でしょうね」

「ヴィクトリヤ、もう休もう。徹夜だったろう? この件はきちんと処理するから、どうか眠ってくれ。心配なんだ。本当にすまなかった、あとでいくらでも這い蹲って謝るから」


 私はウスターシュの手をポンポンと叩いた。


「いいのよ、そんなの」

「ヴィクトリヤ」

「動けないわ。よく聞いておかなくちゃ」

 
 そう、私は徹夜した。
 マラチエ家の男たちが到着するのを、じりじりと待ち侘び、昂ってしまった。そして朝を迎えてしまったのだけれど、待ちに待った到着はなんと正午前。

 でも、いい。
 遅くなった理由に、大満足している。


「この婚約は破棄させてもらうよ!」

「……」


 私は隣の客室の扉に目を移した。
 
 遅れた理由。
 なんと、マックスが到着したとき、ヘンシャル伯爵ヒュー・バークレイがジャニスとの婚約を破棄するために訪れていたのだという。
 
 だから客室をもう一室開けて、母娘を分けた。
 個別対応が求められていたので。


「嫌よ! 絶対にあなたと結婚するわ!」

「否、君との婚約はこれで破談とする! 君は自分がやった事をちゃんと理解しているのか!? 否、していない。公の場でプリンセスを侮辱するなんて言語道断、許されざる国家反逆罪だ!」

「あなたは思い違いをしているのよ! はヴィクトリヤを侮辱したの!! 高慢ちきで、ちょっと頭がいいからって男に意見して操るのよ! だからヴィクトリヤって名前の女はひとり残らず修道院にぶち込んでやるべきだと言っただけよ!! どこが間違いだっていうの!?」

「否、大間違いだ! プリンセス・ヴィクトリヤもリュシアン伯爵令嬢も聡明で美しい、君とは比べ物にならないほど素晴らしい女性だ!!」

「あなたも操られているのね!」

「否、操られているのは君のほうだ! いったいなにに操られているのかわからないが、とても正気の沙汰とは思えない!!」

は正気よぉっ! キイイィィィィッ!!」


 やっぱり、扉が震えている。
 この母娘は特殊な音波を発しているのかもしれない。


「王立科学研究所で飼ったらいいのに」

「もう我慢できん! お前を修道院にぶち込んでやる!!」

「否、君は異常だ! 君は修道院で悪魔を祓うか、精神病院で治療しろ!!」


 双方の客室で判決が下った。
 

「もっと早くそうするべきだったんだ。もう安心だよ、ヴィクトリヤ」

「だめよ」

「え?」


 するりとウスターシュの手をすり抜け、最初にエクトル伯爵夫妻が怒鳴りあう客室の扉を開けた。


「ヴィヴィヴィっ、ヴィクトリヤ!?」

「ヴィクトリヤ?」

「ヴぃクとリヤッ!?」


 焦る令息、激高中のエクトル伯爵、ドロドロに泣き崩れた夫人。
 3人に名前を呼ばれ、私は微笑んで首を振った。


「いけません、エクトル伯爵。奥様を修道院に入れてはいけません」

「母は王立科学研究所では飼えないよ、ヴィクトリヤ!」

「なんですってッ!?」


 私は右手で制し、エクトル伯爵を見つめる。


「信仰の道を歩まれる方々に、余計な道を教えてはいけません」

「なんですってッ!?」

「黙れ!! ヴィクトリヤ、私はどうしたらいい? 教えてくれ!」

「ギエヤアアァァァァッ!!」


 夫と息子に抱えられ、エクトル伯爵夫人が吠えている。
 私は徹夜明けの頭で少し考え、答えを導き出した。


「精神病院は隔離施設ですから解決には至りませんが、お医者様を雇って自宅療養なさるのがよろしいでしょう。伯爵に責任があるのは事実です。奥様とお嬢様を生涯支えて差しあげなくては」

「そうか……っ!」


 エクトル伯爵も泣き崩れ、ウスターシュも目を赤くして涙ぐむ。


「大丈夫だよ、父様。僕たちにはヴィクトリヤがついてる。神が与えたもうた、美しい天使が……!!」

「ああ……!」

は正気だってばッ!!」


 ジャニスが飛び込んで来た。
 そして襲いかかってきた。
 ヘンシャル伯爵がドレスの裾を踏んで、びたんと倒れた。
しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

次に貴方は、こう言うのでしょう?~婚約破棄を告げられた令嬢は、全て想定済みだった~

キョウキョウ
恋愛
「おまえとの婚約は破棄だ。俺は、彼女と一緒に生きていく」  アンセルム王子から婚約破棄を告げられたが、公爵令嬢のミレイユは微笑んだ。  睨むような視線を向けてくる婚約相手、彼の腕の中で震える子爵令嬢のディアヌ。怒りと軽蔑の視線を向けてくる王子の取り巻き達。  婚約者の座を奪われ、冤罪をかけられようとしているミレイユ。だけど彼女は、全く慌てていなかった。  なぜなら、かつて愛していたアンセルム王子の考えを正しく理解して、こうなることを予測していたから。 ※カクヨムにも掲載中の作品です。

婚約破棄された公爵令嬢は本当はその王国にとってなくてはならない存在でしたけど、もう遅いです

神崎 ルナ
恋愛
ロザンナ・ブリオッシュ公爵令嬢は美形揃いの公爵家の中でも比較的地味な部類に入る。茶色の髪にこげ茶の瞳はおとなしめな外見に拍車をかけて見えた。そのせいか、婚約者のこのトレント王国の王太子クルクスル殿下には最初から塩対応されていた。 そんな折り、王太子に近付く女性がいるという。 アリサ・タンザイト子爵令嬢は、貴族令嬢とは思えないほどその親しみやすさで王太子の心を捕らえてしまったようなのだ。 仲がよさげな二人の様子を見たロザンナは少しばかり不安を感じたが。 (まさか、ね) だが、その不安は的中し、ロザンナは王太子に婚約破棄を告げられてしまう。 ――実は、婚約破棄され追放された地味な令嬢はとても重要な役目をになっていたのに。 (※誤字報告ありがとうございます)

別に構いませんよ、予想通りの婚約破棄ですので。

ララ
恋愛
告げられた婚約破棄に私は淡々と応じる。 だって、全て私の予想通りですもの。

【完結】幼馴染に告白されたと勘違いした婚約者は、婚約破棄を申し込んできました

よどら文鳥
恋愛
お茶会での出来事。 突然、ローズは、どうしようもない婚約者のドドンガから婚約破棄を言い渡される。 「俺の幼馴染であるマラリアに、『一緒にいれたら幸せだね』って、さっき言われたんだ。俺は告白された。小さい頃から好きだった相手に言われたら居ても立ってもいられなくて……」 マラリアはローズの親友でもあるから、ローズにとって信じられないことだった。

愛しておりますわ、“婚約者”様[完]

ラララキヲ
恋愛
「リゼオン様、愛しておりますわ」 それはマリーナの口癖だった。  伯爵令嬢マリーナは婚約者である侯爵令息のリゼオンにいつも愛の言葉を伝える。  しかしリゼオンは伯爵家へと婿入りする事に最初から不満だった。だからマリーナなんかを愛していない。  リゼオンは学園で出会ったカレナ男爵令嬢と恋仲になり、自分に心酔しているマリーナを婚約破棄で脅してカレナを第2夫人として認めさせようと考えつく。  しかしその企みは婚約破棄をあっさりと受け入れたマリーナによって失敗に終わった。  焦ったリゼオンはマリーナに「俺を愛していると言っていただろう!?」と詰め寄るが…… ◇テンプレ婚約破棄モノ。 ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇なろうにも上げてます。

【完結】婚約破棄したのに殿下が何かと絡んでくる

冬月光輝
恋愛
「お前とは婚約破棄したけど友達でいたい」 第三王子のカールと五歳の頃から婚約していた公爵令嬢のシーラ。 しかし、カールは妖艶で美しいと評判の子爵家の次女マリーナに夢中になり強引に婚約破棄して、彼女を新たな婚約者にした。 カールとシーラは幼いときより交流があるので気心の知れた関係でカールは彼女に何でも相談していた。 カールは婚約破棄した後も当然のようにシーラを相談があると毎日のように訪ねる。

聖人な婚約者は、困っている女性達を側室にするようです。人助けは結構ですが、私は嫌なので婚約破棄してください

香木あかり
恋愛
私の婚約者であるフィリップ・シルゲンは、聖人と称されるほど優しく親切で慈悲深いお方です。 ある日、フィリップは五人の女性を引き連れてこう言いました。 「彼女達は、様々な理由で自分の家で暮らせなくなった娘達でね。落ち着くまで僕の家で居候しているんだ」 「でも、もうすぐ僕は君と結婚するだろう?だから、彼女達を正式に側室として迎え入れようと思うんだ。君にも伝えておこうと思ってね」 いくら聖人のように優しいからって、困っている女性を側室に置きまくるのは……どう考えてもおかしいでしょう? え?おかしいって思っているのは、私だけなのですか? 周囲の人が彼の行動を絶賛しても、私には受け入れられません。 何としても逃げ出さなくては。 入籍まであと一ヶ月。それまでに婚約破棄してみせましょう! ※ゆる設定、コメディ色強めです ※複数サイトで掲載中

【完結】婚約破棄はしたいけれど傍にいてほしいなんて言われましても、私は貴方の母親ではありません

すだもみぢ
恋愛
「彼女は私のことを好きなんだって。だから君とは婚約解消しようと思う」 他の女性に言い寄られて舞い上がり、10年続いた婚約を一方的に解消してきた王太子。 今まで婚約者だと思うからこそ、彼のフォローもアドバイスもしていたけれど、まだそれを当たり前のように求めてくる彼に驚けば。 「君とは結婚しないけれど、ずっと私の側にいて助けてくれるんだろう?」 貴方は私を母親だとでも思っているのでしょうか。正直気持ち悪いんですけれど。 王妃様も「あの子のためを思って我慢して」としか言わないし。 あんな男となんてもう結婚したくないから我慢するのも嫌だし、非難されるのもイヤ。なんとかうまいこと立ち回って幸せになるんだから!

処理中です...