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9 珍獣の取扱いと処遇について
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「お前はいったい、なにを考えておるんだ!」
「あなたにあたくしの気持ちはわからないわよ!」
「そんなものわかるか! お前は自分の気持ちを満足させるためだけに生きてるんだからな!!」
「あなたがあたくしを蔑むからよ!!」
「ああそうか! 私のせいか!!」
客間の扉の向こうから、咆哮が轟いている。
私は廊下でウスターシュの手を握り、全身の毛穴を耳にして聞き入っていた。
「あなたもヴィクトリヤ・ブリノヴァみたいな女と結婚すればよかったと思っているんでしょう!? わかっていますとも! だからウスターシュをヴィクトリヤ・ブリノヴァと婚約させたのよ!!」
「ああそうだ! 顔だけで選んだのは失敗だったよ!!」
「だから醜く太ってやったのよ! あなたにいい思いなんかさせないわ! いつもあたくしを心の内で侮蔑しているんだから!!」
「それも今日までだ! もう口からポロッと零れるよ! この大バカ者が!!」
「キイイイィィィィィィッ!!」
扉って、木よね。
震えてるわ。
「凄いわね……」
「今度ばかりは父も臨界点を越えたみたいだ」
「でしょうね」
「ヴィクトリヤ、もう休もう。徹夜だったろう? この件はきちんと処理するから、どうか眠ってくれ。心配なんだ。本当にすまなかった、あとでいくらでも這い蹲って謝るから」
私はウスターシュの手をポンポンと叩いた。
「いいのよ、そんなの」
「ヴィクトリヤ」
「動けないわ。よく聞いておかなくちゃ」
そう、私は徹夜した。
マラチエ家の男たちが到着するのを、じりじりと待ち侘び、昂ってしまった。そして朝を迎えてしまったのだけれど、待ちに待った到着はなんと正午前。
でも、いい。
遅くなった理由に、大満足している。
「この婚約は破棄させてもらうよ!」
「……」
私は隣の客室の扉に目を移した。
遅れた理由。
なんと、マックスが到着したとき、ヘンシャル伯爵ヒュー・バークレイがジャニスとの婚約を破棄するために訪れていたのだという。
だから客室をもう一室開けて、母娘を分けた。
個別対応が求められていたので。
「嫌よ! 絶対にあなたと結婚するわ!」
「否、君との婚約はこれで破談とする! 君は自分がやった事をちゃんと理解しているのか!? 否、していない。公の場でプリンセスを侮辱するなんて言語道断、許されざる国家反逆罪だ!」
「あなたは思い違いをしているのよ! あたくしはヴィクトリヤを侮辱したの!! 高慢ちきで、ちょっと頭がいいからって男に意見して操るのよ! だからヴィクトリヤって名前の女はひとり残らず修道院にぶち込んでやるべきだと言っただけよ!! どこが間違いだっていうの!?」
「否、大間違いだ! プリンセス・ヴィクトリヤもリュシアン伯爵令嬢も聡明で美しい、君とは比べ物にならないほど素晴らしい女性だ!!」
「あなたも操られているのね!」
「否、操られているのは君のほうだ! いったいなにに操られているのかわからないが、とても正気の沙汰とは思えない!!」
「あたくしは正気よぉっ! キイイィィィィッ!!」
やっぱり、扉が震えている。
この母娘は特殊な音波を発しているのかもしれない。
「王立科学研究所で飼ったらいいのに」
「もう我慢できん! お前を修道院にぶち込んでやる!!」
「否、君は異常だ! 君は修道院で悪魔を祓うか、精神病院で治療しろ!!」
双方の客室で判決が下った。
「もっと早くそうするべきだったんだ。もう安心だよ、ヴィクトリヤ」
「だめよ」
「え?」
するりとウスターシュの手をすり抜け、最初にエクトル伯爵夫妻が怒鳴りあう客室の扉を開けた。
「ヴィヴィヴィっ、ヴィクトリヤ!?」
「ヴィクトリヤ?」
「ヴぃクとリヤッ!?」
焦る令息、激高中のエクトル伯爵、ドロドロに泣き崩れた夫人。
3人に名前を呼ばれ、私は微笑んで首を振った。
「いけません、エクトル伯爵。奥様を修道院に入れてはいけません」
「母は王立科学研究所では飼えないよ、ヴィクトリヤ!」
「なんですってッ!?」
私は右手で制し、エクトル伯爵を見つめる。
「信仰の道を歩まれる方々に、余計な道を教えてはいけません」
「なんですってッ!?」
「黙れ!! ヴィクトリヤ、私はどうしたらいい? 教えてくれ!」
「ギエヤアアァァァァッ!!」
夫と息子に抱えられ、エクトル伯爵夫人が吠えている。
私は徹夜明けの頭で少し考え、答えを導き出した。
「精神病院は隔離施設ですから解決には至りませんが、お医者様を雇って自宅療養なさるのがよろしいでしょう。伯爵に責任があるのは事実です。奥様とお嬢様を生涯支えて差しあげなくては」
「そうか……っ!」
エクトル伯爵も泣き崩れ、ウスターシュも目を赤くして涙ぐむ。
「大丈夫だよ、父様。僕たちにはヴィクトリヤがついてる。神が与えたもうた、美しい天使が……!!」
「ああ……!」
「あたくしは正気だってばッ!!」
ジャニスが飛び込んで来た。
そして襲いかかってきた。
ヘンシャル伯爵がドレスの裾を踏んで、びたんと倒れた。
「あなたにあたくしの気持ちはわからないわよ!」
「そんなものわかるか! お前は自分の気持ちを満足させるためだけに生きてるんだからな!!」
「あなたがあたくしを蔑むからよ!!」
「ああそうか! 私のせいか!!」
客間の扉の向こうから、咆哮が轟いている。
私は廊下でウスターシュの手を握り、全身の毛穴を耳にして聞き入っていた。
「あなたもヴィクトリヤ・ブリノヴァみたいな女と結婚すればよかったと思っているんでしょう!? わかっていますとも! だからウスターシュをヴィクトリヤ・ブリノヴァと婚約させたのよ!!」
「ああそうだ! 顔だけで選んだのは失敗だったよ!!」
「だから醜く太ってやったのよ! あなたにいい思いなんかさせないわ! いつもあたくしを心の内で侮蔑しているんだから!!」
「それも今日までだ! もう口からポロッと零れるよ! この大バカ者が!!」
「キイイイィィィィィィッ!!」
扉って、木よね。
震えてるわ。
「凄いわね……」
「今度ばかりは父も臨界点を越えたみたいだ」
「でしょうね」
「ヴィクトリヤ、もう休もう。徹夜だったろう? この件はきちんと処理するから、どうか眠ってくれ。心配なんだ。本当にすまなかった、あとでいくらでも這い蹲って謝るから」
私はウスターシュの手をポンポンと叩いた。
「いいのよ、そんなの」
「ヴィクトリヤ」
「動けないわ。よく聞いておかなくちゃ」
そう、私は徹夜した。
マラチエ家の男たちが到着するのを、じりじりと待ち侘び、昂ってしまった。そして朝を迎えてしまったのだけれど、待ちに待った到着はなんと正午前。
でも、いい。
遅くなった理由に、大満足している。
「この婚約は破棄させてもらうよ!」
「……」
私は隣の客室の扉に目を移した。
遅れた理由。
なんと、マックスが到着したとき、ヘンシャル伯爵ヒュー・バークレイがジャニスとの婚約を破棄するために訪れていたのだという。
だから客室をもう一室開けて、母娘を分けた。
個別対応が求められていたので。
「嫌よ! 絶対にあなたと結婚するわ!」
「否、君との婚約はこれで破談とする! 君は自分がやった事をちゃんと理解しているのか!? 否、していない。公の場でプリンセスを侮辱するなんて言語道断、許されざる国家反逆罪だ!」
「あなたは思い違いをしているのよ! あたくしはヴィクトリヤを侮辱したの!! 高慢ちきで、ちょっと頭がいいからって男に意見して操るのよ! だからヴィクトリヤって名前の女はひとり残らず修道院にぶち込んでやるべきだと言っただけよ!! どこが間違いだっていうの!?」
「否、大間違いだ! プリンセス・ヴィクトリヤもリュシアン伯爵令嬢も聡明で美しい、君とは比べ物にならないほど素晴らしい女性だ!!」
「あなたも操られているのね!」
「否、操られているのは君のほうだ! いったいなにに操られているのかわからないが、とても正気の沙汰とは思えない!!」
「あたくしは正気よぉっ! キイイィィィィッ!!」
やっぱり、扉が震えている。
この母娘は特殊な音波を発しているのかもしれない。
「王立科学研究所で飼ったらいいのに」
「もう我慢できん! お前を修道院にぶち込んでやる!!」
「否、君は異常だ! 君は修道院で悪魔を祓うか、精神病院で治療しろ!!」
双方の客室で判決が下った。
「もっと早くそうするべきだったんだ。もう安心だよ、ヴィクトリヤ」
「だめよ」
「え?」
するりとウスターシュの手をすり抜け、最初にエクトル伯爵夫妻が怒鳴りあう客室の扉を開けた。
「ヴィヴィヴィっ、ヴィクトリヤ!?」
「ヴィクトリヤ?」
「ヴぃクとリヤッ!?」
焦る令息、激高中のエクトル伯爵、ドロドロに泣き崩れた夫人。
3人に名前を呼ばれ、私は微笑んで首を振った。
「いけません、エクトル伯爵。奥様を修道院に入れてはいけません」
「母は王立科学研究所では飼えないよ、ヴィクトリヤ!」
「なんですってッ!?」
私は右手で制し、エクトル伯爵を見つめる。
「信仰の道を歩まれる方々に、余計な道を教えてはいけません」
「なんですってッ!?」
「黙れ!! ヴィクトリヤ、私はどうしたらいい? 教えてくれ!」
「ギエヤアアァァァァッ!!」
夫と息子に抱えられ、エクトル伯爵夫人が吠えている。
私は徹夜明けの頭で少し考え、答えを導き出した。
「精神病院は隔離施設ですから解決には至りませんが、お医者様を雇って自宅療養なさるのがよろしいでしょう。伯爵に責任があるのは事実です。奥様とお嬢様を生涯支えて差しあげなくては」
「そうか……っ!」
エクトル伯爵も泣き崩れ、ウスターシュも目を赤くして涙ぐむ。
「大丈夫だよ、父様。僕たちにはヴィクトリヤがついてる。神が与えたもうた、美しい天使が……!!」
「ああ……!」
「あたくしは正気だってばッ!!」
ジャニスが飛び込んで来た。
そして襲いかかってきた。
ヘンシャル伯爵がドレスの裾を踏んで、びたんと倒れた。
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