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7 それぞれの想い
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「──」
息が止まった。
心臓は、止まったかのようでいて、どくんと跳ねた。
体が芯から凍りつき、私の足は杭を打たれたように動かない。
「……」
フィリップ卿はあまりにも変わり果てていた。
質素な服装はよく見れば襟や裾が乱れていて、所々が汚れている。髪は伸びでぐしゃぐしゃ、無精ひげを生やし、蒼白い顔は痩せこけて、まるで逃げ出した病人のようにさえ見えた。
その蒼白い顔の、赤く潤んだ鋭い目。
フィリップ卿はまっすぐに私を見つめ、佇んでいた。
「……」
幻ではない。
幻であってほしかった。
天幕の影から滑るように出て来たフィリップ卿の手には、ナイフが握られていた。
「……!」
逃げなければ。
そう、頭ではわかっていた。
でも、動けない。
そしてフィリップ卿は唐突に走り出した。
昼食会に集った人たちが、その存在に気づき、騒ぎだす。女の子たちや婦人はみんな叫び声をあげて逃げ惑い、逆に使用人と若い紳士がフィリップ卿に駆け寄る。
けれど、フィリップ卿はまっすぐに、私に襲い掛かった。
「ルートぉぉぉぉぉっ!!」
「!」
刺される!
そう、絶望に身を竦めた時。
大きな影が覆いかぶさり、気づくとランデル公爵の腕の中にいた。
「ルート! うあああ! 離せッ! 離せぇぇぇっ!!」
「……!?」
私がランデル公爵の腕に収められているように、フィリップ卿もまた複数の腕にその身を拘束されていた。そして力尽くで跪かされ、涙と涎を撒き散らしながら、血走った目を絶えず私に向けて叫んでいた。
「ルートは僕と一緒に死ぬんだ! 君が僕のものにならないなんて、こんな人生は認めない! ふたりで行こう! 天国で永遠に結ばれるんだよ、ルート! 僕と一緒に、天国にッ、一緒にぃぃッ!!」
「……っ」
息を呑む私を、確実に守ろうとするように、ランデル公爵はきつく抱きしめる。その腕から血が滴っているのを目にして、私の意識は完全に目覚めた。
フィリップ卿への恐怖は失せた。
怒りと憎しみが、体の奥底から爆ぜた。
「……!」
「愛してるぅぅぅっ! 愛してるよぉっ、ルートぉぉッ!!」
涎を垂らしながら、赤い目で私を睨み、泣き叫ぶ男。
私の人生を壊し、今、私の大切な人を傷つけた。
「……地獄に──」
呪いの言葉が口をついて出ようとした時、ランデル公爵の傷ついた手が、私の頭をすっぽりと包んで胸元に押し付ける。
「大丈夫だ、ルート。大丈夫だ」
ランデル公爵は静かに優しく、低く、繰り返す。
「君は私が守る。必ず守る。大丈夫、もう恐くない」
「……っ」
私は守られている。
その事実と、ランデル公爵のゆるぎない声に、私は堰を切ったように泣き出した。様々な感情が渦巻く中で、ただひとつはっきりと理解したのは、私とランデル公爵が便宜上の夫婦だったとしても確かにつながっているという事。
愛のような絆に結ばれ、もう解けないという事だった。
息が止まった。
心臓は、止まったかのようでいて、どくんと跳ねた。
体が芯から凍りつき、私の足は杭を打たれたように動かない。
「……」
フィリップ卿はあまりにも変わり果てていた。
質素な服装はよく見れば襟や裾が乱れていて、所々が汚れている。髪は伸びでぐしゃぐしゃ、無精ひげを生やし、蒼白い顔は痩せこけて、まるで逃げ出した病人のようにさえ見えた。
その蒼白い顔の、赤く潤んだ鋭い目。
フィリップ卿はまっすぐに私を見つめ、佇んでいた。
「……」
幻ではない。
幻であってほしかった。
天幕の影から滑るように出て来たフィリップ卿の手には、ナイフが握られていた。
「……!」
逃げなければ。
そう、頭ではわかっていた。
でも、動けない。
そしてフィリップ卿は唐突に走り出した。
昼食会に集った人たちが、その存在に気づき、騒ぎだす。女の子たちや婦人はみんな叫び声をあげて逃げ惑い、逆に使用人と若い紳士がフィリップ卿に駆け寄る。
けれど、フィリップ卿はまっすぐに、私に襲い掛かった。
「ルートぉぉぉぉぉっ!!」
「!」
刺される!
そう、絶望に身を竦めた時。
大きな影が覆いかぶさり、気づくとランデル公爵の腕の中にいた。
「ルート! うあああ! 離せッ! 離せぇぇぇっ!!」
「……!?」
私がランデル公爵の腕に収められているように、フィリップ卿もまた複数の腕にその身を拘束されていた。そして力尽くで跪かされ、涙と涎を撒き散らしながら、血走った目を絶えず私に向けて叫んでいた。
「ルートは僕と一緒に死ぬんだ! 君が僕のものにならないなんて、こんな人生は認めない! ふたりで行こう! 天国で永遠に結ばれるんだよ、ルート! 僕と一緒に、天国にッ、一緒にぃぃッ!!」
「……っ」
息を呑む私を、確実に守ろうとするように、ランデル公爵はきつく抱きしめる。その腕から血が滴っているのを目にして、私の意識は完全に目覚めた。
フィリップ卿への恐怖は失せた。
怒りと憎しみが、体の奥底から爆ぜた。
「……!」
「愛してるぅぅぅっ! 愛してるよぉっ、ルートぉぉッ!!」
涎を垂らしながら、赤い目で私を睨み、泣き叫ぶ男。
私の人生を壊し、今、私の大切な人を傷つけた。
「……地獄に──」
呪いの言葉が口をついて出ようとした時、ランデル公爵の傷ついた手が、私の頭をすっぽりと包んで胸元に押し付ける。
「大丈夫だ、ルート。大丈夫だ」
ランデル公爵は静かに優しく、低く、繰り返す。
「君は私が守る。必ず守る。大丈夫、もう恐くない」
「……っ」
私は守られている。
その事実と、ランデル公爵のゆるぎない声に、私は堰を切ったように泣き出した。様々な感情が渦巻く中で、ただひとつはっきりと理解したのは、私とランデル公爵が便宜上の夫婦だったとしても確かにつながっているという事。
愛のような絆に結ばれ、もう解けないという事だった。
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