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14 愛の香りに包まれて

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 そんな感じでフロールマン辺境伯様を揶揄って遊んでいたら、ふわりと甘い香りが漂ってきた。


「?」


 これは、おじぃが纏う愛の名残。
 ムズムズンバディ(?)に潰されちゃったと思っていたけど、無事だったのね。よかった。


〈……ナ〉

「?」


 弱い霊だったのに、少しずつその姿を現して、やがて若い女性が私の前に立った。


〈夫を助けてくださって、ありがとうございました。レディ・スティナ〉

「……ええ」


 おじぃの奥さん?
 すっごく若くて可愛らしい人なんだけど???


〈本当になんとお礼を言ったらいいか〉

「いえ、いいのよ。それより……」


 それより、私の手を掴んで額を擦り付けて跪いている御領主様がガクブルし始めたわ。
 笑える。


「あなた、強くなったのね」

「……ぇ? つよ……今度はなんの霊だ勘弁してくれ……ッ」


 泣いてるわ(笑)


〈はい。ビアンカとハザルが力を貸してくれて、こうして、微力ながら守護霊の御役目を果たせるようになりました〉

「それはよかったわね」

〈はい。これで夫に添い遂げられます。そしてカルロスがこちらへ来たら……〉


 おじぃ、カルロスっていうんだ。
 へぇ~……


〈あの子が待つ天国へ、行こうと思います〉

「そう」


 なるほど。
 そういう事か。

 新妻が初産で死産で死亡。悲しいわね。


「そう長くは待たせないわよ」

 
 おじぃ、老体だし。
 元気だけど、もってあと10年くらいでしょ。


〈はい〉

「早く行ってあげて。おじ──フックスベルガー氏って見える人っぽいから、喜ぶわ」

〈はい!〉

「それに、たぶん、これからも頻繁に会えるしね」

「おい、君……さっきから誰と話してるんだ……私が求婚している最中なんだが……っ!?」

〈……〉


 おじぃの亡き妻の霊が、若きヘタレ御領主様に慈愛の眼差しを向けた。

 そう。
 フロールマン辺境伯領は、いつの時代も優しい愛の香りに包まれている。


「なぜ黙る……ッ!?」

〈ふふ。それでは、レディ・スティナ。また後程。ぜひご指導ください〉

「ええ。可愛い奥さん。よろしくね」

「奥さんッ!? いや、私は初婚だ。誓って前に妻は居ないッ!!」


 話が拗れる前に、甘い香りを放つ可愛い守護霊がふああああぁっとすっ飛んでいった。愛する夫の元へ。


「スティナ! それはどんな霊だ! 私が妻にしたいのは後にも先にも君ひとりだ!!」

「わかりましたから、顔をあげてください。大きな声を出さないで。それで立ってください。息が詰まる」

「ああ、わかったが、私の妻を名乗る不届きな霊とはいったい誰なんだ」

 
 ヘタレが立った。
 ヘタレだけど、威厳も美貌も権力も兼ね備えた、完璧……に近い人が、熱い眼差しで私を見下ろした。


「ヘタレ御領主様の妻だなんて一言も名乗ってませんでしたよ?」

「そうなのか?」

「おじぃの奥さんでした」

「アディー?」


 おじぃの奥さん、アディーっていうんだ。
 へぇ~……


「そうだと思います。二人いなければ」

「ああ。フックスベルガーは幼馴染のアディーと結婚し、その初産で悲しい別れをしてから、生涯、再婚しなかった。女遊びも一切していない。私が産まれる前の事だがこの城では有名な話だ」

「愛妻家なんですね」

「もちろんだ。結婚は清く尊いもの。私も真剣に求婚した。スティナ。返事をもらうまで君を城門の外へは出さない」

「ハハッ! 返事をしたって出しませんよね?」

「え? それは……!」


 私が親しい気持ちを込めて微笑み見あげていると、彼はゆっくりと頬を染め、そしてふにゃりと笑顔になった。

 まあ、いいでしょう。
 死ぬまでの短いようで長い人生と、死んでからの果てしなく長い時間を、夫婦として一緒に過ごすなら……こういう面白味のある人がいい。


「おじぃにも愛の物語を書かせてあげなくちゃ」

「スティナ……!」

「よろしくお願いしまぁーす♪」


 その瞬間、ジークフリード卿がすっぽりと私を抱きしめた。
 あったかい。

 そして……ぬっと現れたビアンカが


〈やったぁー!〉


 と舞って


「ひゃうんっ!!」


 といい悲鳴が轟いた。



                              (終)
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