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3 魔女ではございません

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 フロールマン辺境伯領、まじ遠かった。
 どうしようかと思った。


「外国……?」


 馬車乗って、船乗って、馬車とトロッコ乗って、もう一回船乗った。
 で、そこに迎えの馬車が来てる。

 私は15日間を過ごした船をふり返り、感慨にふけったわ。
 運河って、超ファンタスティック……!


「本当にお世話になりました。母のあんな晴れやかな顔を見たのは数年ぶりです。わずかではありますが、これを……せめてものお礼です」

「あ、いえいえ。お元気で」


 道中で3体の悪霊を祓ったりして、金貨と、ホーリーな宝石箱と、あと珍しい彫刻が施された望遠鏡を手に入れた。
 私、やっぱり、これで生きていけるかも。
 お姉様に迷惑かけたくないし……


「レディ・スティナ?」

「あ、はい。私です」


 迎えの馬車から、貫禄たっぷりの矍鑠としたおじぃが歩いて来て、声をかけてきた。
 その瞬間ほわんと感じた、花の香り。
 この世の物でも、この国のものでもない、少し甘ったるい香りだ。

 愛の名残に、このおじぃが善い人だとわかる。


「これはこれは、遠路はるばる、ようこそ」


 貫禄ありきでふにゃっと笑われると、理屈抜きに、なんだか嬉しくなった。
 えー、仲良くなれそー!


「こんなに可愛らしい魔女様がいらっしゃるとは」

「違います!」


 相手がいくら愛され貫禄おじぃであろうと、間違いは正さなくてはいけない。


「ん?」

「〝ん?〟じゃありません。お願いします、シャレにならない事言わないでください。万が一、私が魔女って事で火炙りにでもなったらお姉様に迷惑がかかります。本当に、そこ、気を付けてください。お願いします。これでも命懸けなんで」

「ああ、これは……(失礼。秘密はお守りします)」


 違う!
 孫のイタズラを黙認してあげる優しいおじぃの顔になるんじゃない!!


「わたしは まじょでは ございません」


 私のできる最大限に低い声で、脅してやった。
 キョトンとされた。

 おじぃは執事のフックスベルガーと名乗った。
 代々マイステル家に仕えているし、サロモン様と決めた合言葉もちゃんと知っていたので、私はたぶん誘拐されていない。

 馬車に揺られる事、半日。
 港町と農村と鉱山を越えて、国境線の見渡せる城塞都市に入る。

 
「……」

 
 うようよいる。

 
「……」


 黙っておく。


「レディ・スティナ」


 フックスベルガーが孫を見る目で私を呼んだ。


「……はい?」

「クッキーを、どうぞ」

「……ありがとう、ございます」

「ミルクも」

「どうも」


 ピクニック?

 そんな感じでフックスおじぃと楽しくお喋りして、気づいたらフロールマン城の前のジグザグな坂道を上っていた。辺りは夕陽で真っ赤に染まり、聳え立つフロールマン城のてっぺんのとんがりが、かなり禍々しい主張を撒き散らしている。

 
「……本当に恐いのは、人間……」


 呟いた私に、おじぃが深い視線を注いだ。

 そして城内に案内されて、私は、その人と出会ったのだ。
 若きフロールマン辺境伯ジークフリード・マイステル卿に。


「我が城へようこそ」

「……」


 サロモン様に勝るとも劣らない、鋭い眼力。
 洗練されていながら、屈強さも兼ね備えた魅惑のボディ。
 上品で落ち着いた声からは、厳格さが窺える。


「私の名はジークフリード・マイステルだ。よろしッ……ヒィッ!!」

 
 威厳は、隙間風に乗って消えた。
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