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13 愛する人へ

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 宴が幕を開けた。
 歓喜と祝福に満たされて、豪華な食事が振舞われる。

 ゼント卿が私の身元引受人となり、5件、求婚を申し込まれた。
 私はゼント卿の腕に手をかけて、その度に膝を折ってお辞儀をしていた。


「ほらな。君は人気者で、殿下の求婚からあぶれるのを心待ちにした男がこれだけいるんだ。誇らしい事だぞ。それにどいつもこいつも君の元婚約者よりずっとましだ。第2ラウンド開始。魅力を振り撒け」


 今までのように力強い応援と笑顔。
 私も今までのように、身に着けた自信で応える。

 積み重ねた絆を守り通す事で、心の平安は保たれていた。
 申し込まれた求婚のうち、ゼント卿が納得する相手と結婚する。そういう事になるだろう。私は覚悟を決めた。


「ジョシュア!」


 背後からかけられた声に、ゼント卿が足をとめた。
 今この場で彼を名前で呼ぶのは、ふたりの王子しかいない。そして声の調子から、声の主はピーター殿下で間違いなかった。

 私たちは同時に振り向いた。

 それと同時に私はレディ・レイラに抱きしめられていた。


「可愛い妖精さん。笑ってぇ~」

「……」


 酔っている。
 レディ・レイラは陽気に酔っぱらっている。

 驚いていると、ピーター殿下がゼント卿の腕を掴んで離れた。内々の話があるようだ。ふたりの背中を目で追った私の頬を、レディ・レイラが抓んだ。


「ローズマリィ~」

「お、おめれとうございまふ、レディ・レイラ」

「うふふふふふふ」


 ご機嫌だ。
 背の高い彼女は神秘的で強い印象があるので、ピーター殿下と、側近に戻ったゼント卿と、3人で並んでもとても絵になると思う。
 私がお別れしなければいけないその先に、レディ・レイラにはゼント卿と過ごす未来がある。少し、羨ましい。


「どうしたの? 悲しい目をしちゃって。お腹空いたの?」


 両頬を抓まれている状態では、なにも返事ができない。
 私はただされるがままにレディ・レイラを見あげていた。
 
 そこへフローレンスがやってきた。もちろんフランシス殿下に伴われて。


「殿下」


 レディ・レイラは瞬時に高貴な侯爵令嬢に戻り、美しすぎるお辞儀をした。私も慌ててそれに倣う。フローレンスは身分が入れ替わるけれど、レディ・レイラに礼儀正しくお辞儀を返す。ふたりは王族。プリンセスだ。
 眩しい。


「楽しんでいるかい? ローズマリー」


 フランシス殿下に話しかけられて一瞬焦ったけれど、臆する事無く返事ができた。なんといっても素晴らしいお手本がふたりも目の前にいるのだから。なにも心配はいらない。


「ピーター殿下と私はずっとローズマリーの話でもちきりです。こんなに純真無垢で可愛らしい御令嬢がいてくれるだけで、場が和みますものね。すっかり心を奪われました。大好きなんです」

「わかるよ」


 義理の兄妹関係になるふたりは、もう普通に会話している。


「フローレンスとジョシュアもこのお嬢さんに夢中なのはよく伝わってくる」

「人気者ですね。私たちのローズマリー」

「愛すべきローズマリーだ」


 連呼されて、どうしたらいいか戸惑う。
 すかさずフローレンスが助け舟を出してくれた。


「彼女は努力家なのです。その純粋でひたむきな姿勢に、私も心を動かされ、励まされたのは一度や二度ではありません」


 助け舟ではなかった。
 私は照れるような焦るような気持ちで、笑いがながら少し目を伏せた。


「恐れ多い事です」

「ローズマリーは謙虚ですから、これくらいでよしておきましょう。困らせてしまって可愛い笑顔が見れなくなるのは勿体ないですわ」


 結局、助けてくれたのは話題を振ったレディ・レイラだった。
 フランシス殿下が頷く。


「では、話題を変えよう。実は、少し気が早いがフローレンスと子供の名前について話し合っている」

「殿下は御冗談のつもりなの」


 フローレンスが言葉を添えた。
 照れている様子もなく、凛とした姿が素敵だ。


「私たちは名前が似ている。だから子供たちも似た名前にしようと思う。息子はフレデリック、娘はフレデリカ。どうだろう?」

「次はフロイドとフローラですか?」


 間髪入れずレディ・レイラが問いを重ねる。真顔で。
 この人の強さには、本当に恐れ入る。
 

「なるほど。候補は増えたな」


 フランシス殿下が頷くと、フローレンスが微妙に眉を寄せてレディ・レイラを見あげた。


「いえ。悪気はないのよ。ただ、被らないほうがいいと思って」

「……」


 困った人たち、と。フローレンスの心の声が聞こえてくるようだった。
 そうして歓談していると、ひとりの紳士が近づいて来た。ダンスの時に私の体調を気遣ってくれた男性だった。事態を察してか、フランシス殿下が促し3人とも離れてしまう。

 ひとりだ。
 さっきまではゼント卿がいた。

 私は不安を隠せず、3人を目で追った。フローレンスが少しだけ心配そうな顔で肩越しに私を見ていた。


「レディ・ローズマリー。少しお話を、よろしいですか?」


 彼はロイエンタール侯爵令息ドミニク・ハイムと名乗った。
 緊張する私に彼は果実酒をすすめた。一瞬、戸惑いが顔に出たのか、彼はすぐにその案を打ち消して果実そのものをすすめた。オレンジを齧ると、緊張がいくらか和らいだ。


「お友達が次期王妃に選ばれましたね」

「はい」


 フローレンスの話題になり、ますます緊張が和らぐ。


「おめでとうございます。心から、祝福を」

「はい!」


 私がお礼を言う事でもないので、その一言に私は私の喜びと祝福を込めた。
 ドミニク卿は話しやすかった。しばらく歓談していると、彼は穏やかな口調のままで意外な言葉を口にした。


「レディ・ローズマリー。あなたは魅力的だけれど、狡猾な連中はあなたの人脈を利用しようと近づいてくるでしょう。だからあなたは、誰よりも信頼できる人物を常に隣に置くべきです。僕はその人物として申し出ようと思った。あなたが野に咲く花ように可憐で、星のように煌めき、この胸を貫いたから。だけど身を引きます。あなたを守るべき人物が、こちらに向かって歩いてくる。どうか、お幸せに。レディ・ローズマリー」


 ドミニク卿の目線の先には、ゼント卿がいた。
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