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10 ファーストダンス

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 レディ・レイラの血筋を辿ると、3つの王家に辿り着く。
 それを聞かされて驚いた私の両頬を、レディ・レイラがきゅっと抓んだ。


「やったわね、ゼント卿。こんな可愛い子を見つけてくるなんて」

「……」


 たとえ両頬をぷにぷにと揉まれていても、抗議できない。レディ・レイラはグニムート侯爵が推薦する、最高な血筋の花嫁候補だ。
 

「お手柔らかに頼みますよ。うちのローズマリーは無垢なんですから」

「私がなにをしたか見たでしょ? もし男ならほっとかないくらい可愛かったから、カッコいいところを見せつけたの。私が女でよかったわね」

「お待たせ致しました」


 天鵞絨のカーテンが勢いよく開き、身支度を整えたフローレンスが出てきた。ゼント卿が椅子から立ちあがる。レディ・レイラの指が離れて、私たちは4人で足早に待合室へと引き返した。
 

「レディ・ローズマリー!」

「!」


 ヘブリナ伯爵が恰幅のよい体で走ってくるので、驚いてゼント卿の影に隠れる。ゼント卿とレディ・レイラが並ぶと、とても心強かった。励ますようにフローレンスが手を握ってくれる。


「先ほどはっ、大変っ、申し訳ありませんでした!」


 花嫁候補の入場を1時間遅らせてしまっているので、ゆっくりと謝罪を聞いている場合ではない。でもヘブリナ伯爵にカリプカ総督令嬢の責任を全て負わせるのは違う気がした。並んで急いで大広間に向かって歩きながら、私はヘブリナ伯爵に笑顔で会釈した。


「ああっ、こんなに心優しいレディ・ローズマリーにミラベルはなんという事を……! そのドレスも素敵です!」


 私に卵を投げた恐い総督令嬢は、姉のほうだったようだ。
 話を聞いていると、どうやらレディ・レイラが腹痛を訴えて回復したものの、カリプカ総督令嬢ミラベルは腹痛から回復しなかったため棄権という事になったらしい。妹のリオノーラも私に敵意があるとは限らないし、あったとしても舞踏会が始まれば私に構っている暇はないはずだ。

 みんなで、素晴らしい舞踏会にできたらいい。
 一生に一度の事だもの。


「それじゃあね。素敵な夜を」


 華やかで神秘的な笑みを浮かべ、レディ・レイラがグニムート侯爵のもとへ戻っていく。後ろ姿まで煌めいている。隣を見ると、やっぱり美しいフローレンスがいた。目が合った。フローレンスの瞳は希望と興奮で輝いている。私たちは互いに励まし合い、讃え合い、口を噤んだ。

 大広間は、想像よりずっと煌びやかで、大勢の人が集っていた。
 大階段にシャンデリア、壮麗な彫刻の施された柱、壁も天井も素晴らしい。


「……」


 これが、お城。
 きっと二度と来る事はない、凄い場所だ。

 怖気づくのは勿体ない。
 ここへ来るために、ゼント卿は準備をしてくれた。努力させてくれた。私はふたりの王子の花嫁候補。だからここで、踊るのだ。

 列に並んだ。
 音楽が止む。

 王族の方々は目も眩むようなオーラを放っていて、思わず震えた。第1王子フランシス殿下と、第2王子ピーター殿下が立ちあがり、参加する男性貴族と混じって列の前に並んだ。推薦人と推薦人の間に、参加する男性が立ち、両殿下はずっと向こうのほうにいる。正面には知らない男性。ゼント卿は隣のフローレンスと向かい合っている。でも、私が緊張と興奮で瞬きしていたら、優しく微笑んでくれた。

 司会進行役の男性が、役人のように花嫁候補の紹介を始める。
 とても緊張した。名前を呼ばれたら、一歩前に出てお辞儀をするだけなのに。フローレンスは卒なく美しくお辞儀をした。

 
「ニネヴィー伯爵令嬢ローズマリー・ボイス」

「……!」


 順番が来る事はわかっていたのに、ひときわ胸が飛び跳ねた。
 ゼント卿が励ますように、力強い眼差しで口元には笑みを浮かべて頷く。

 なにも気負う事はない。怯える事もない。
 何度も何度も練習してきた事だ。このために来たのだから、堂々とすればいい。

 私はお辞儀をした。
 すると、フローレンスの時とは少し違うどよめきが上がった。


「まあ、愛らしい」

「あまり見ない顔だな」

「ゼント卿の隠し玉か」

「ニネヴィー伯爵の御令嬢が台頭するとは」


 深呼吸を繰り返し、頭の中で数を数える。
 そうすれば落ち着くと教わっているから。

 思ったよりだいぶ早く平常心に戻る事ができたのは、ゼント卿の優しい眼差しがずっと支えてくれたからだ。

 紹介が終わり、ついに、音楽が流れる。
 平行していた男女の列が円になり、ついに、花嫁選びのダンスが始まる。

 目の前の知らない男性から手を差し伸べられて、私はお辞儀をして、ついに、その手をとった。
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