上 下
7 / 17

7 待合室の刺客

しおりを挟む
 ついに舞踏会がやってきた。

 お城の前で馬車が停まる。
 緊張する私にゼント卿はあれこれと笑い話を聞かせてくれた。
 そしてフローレンスが、手を握ってくれた。


「行きましょう、ローズマリー」


 彼女の目は、誇りと決意で煌めいている。


「うん……!」


 私は頷いた。
 

「さあ、未来の花嫁さんたち。その魅力をふりまいてやれ!」


 ゼント卿がそれぞれの肩に手を置いて、熱い励ましをくれる。
 私たちは馬車を下りた。

 
「うわ……」


 言うまでもなく、お城は荘厳且つ豪華で大きい。それに舞踏会のためにたくさんの馬車が連なり、国をあげてのお祭りである事を思い知らされた。
 でも、私はもう怖気づいたりしなかった。優しい人たちに支えられて、自分でも努力した。私は私のままで、成長させてもらう機会を与えられ、それをやり遂げたのだ。

 だから、フローレンスと並んで、わくわくしながら歩いていた。


「おお、レーテルカルノ伯爵令嬢だ……!」

「なんと美しい……!」


 視線が集まり、フローレンスを湛えるヒソヒソ声があちこちから届く。


「すると、あの男が例のゼント卿か」

「うまくやりましたな」

「それより、御一緒の令嬢はいったい……」

「どこの誰だ? レーテルカルノ伯爵家に令嬢はひとりだったはずだが」


 歩きながらゼント卿が私に顔を寄せる。
 

「ほら見ろ。君は話題の的だ」

「フローレンスの噂話をしているんですよ」


 耳打ちに明るく返すと、フローレンスも笑顔で振り向いて言った。


「違うわ。みんなあなたが素敵だから、あなたを見てるのよ」

「え……」

「ふたりとも素敵だ! さすが、俺の見込んだ令嬢たち!」


 再び、ゼント卿が私たちの肩を誇らしげに掴んで揺さぶった。
 フローレンスは苦笑ぎみにその手を払い除けたけれど、私は嬉しくて、そのままで彼を見あげた。ゼント卿がいなかったら、今日の私はなかった。感謝で胸が締めつけられる。


「頑張れ。自信を持って殿下を口説き落とせ」


 再びフローレンスがふり向き、今度こそ眉を寄せた。


「そういう言い方はよしてください、ゼント卿。ローズマリーはあなたと違って世慣れしていないのですから」

「慣れる必要なんかない。本人が世の中心になるんだ。君と一緒にね」

「義姉妹になれるのは嬉しいですが、宮廷であなたに揶揄われ続けると思うと頭痛がします」

「その意気だ。ふたりとも、どっちがどっちでもいいから殿下を口説き落とせ!」

「やめてくださいってば」

「ふふ……」


 ふたりのやりとりを見ていたら、思わず笑いが洩れた。
 ふいにゼント卿が優しい眼差しで私を見つめた。リラックスしろとでも言うように頷く。私も頷き返して、足を進めた。

 城内に入ると、私たちは各家に与えられた部屋に案内された。
 それから大忙しだ。夜に行われる舞踏会に向けて、花嫁候補は準備を整える。怒涛の勢いだったけれど、フローレンスがいるから楽しくて一瞬だった。

 そして日が沈み、辺りが煌びやかに灯された頃。
 私たち花嫁候補は一室に集められた。舞踏会が始まり、招待客が歓談したあと、ダンスの時間になってから一斉に入場するのだ。

 錚々たる顔ぶれだった。
 ゼント卿同様に、推薦人は各々ふたりの花嫁候補を連れて来ている。


「あれが没落寸前のリボーフ侯爵。ピドラ侯爵は愛人を連れて来たな。ムーンストーン準侯爵はついこの間までフローレンスを狙ってた。カズ・アモウ伯爵は顔に似合わず野心家だな、どっちも親戚だ。逆にターン伯爵は賄賂だけ受け取って冴えない候補を推す作戦らしい。イヤロン伯爵は、なんだかパッとしないな」


 ゼント卿がいろいろと教えてくれた。私は既に気圧されていたけれど、フローレンスは真剣に話を聞いて注意深く視線を走らせている。
 

「敵になるとすればグニムート侯爵とヘブリナ伯爵だろう。グニムート卿が推すふたりはアドレフ侯爵令嬢レイラ・ペンリーとディカール侯爵令嬢ハリエット・バウスフィールドだ。血筋で攻めて来た」


 侯爵の推薦する侯爵令嬢。
 けれど、そのふたりを退けるだけの美貌がフローレンスには備わっている。


「ヘブリナ卿については、本人は優しい太っちょおじさんだが花嫁候補が曲者だぞ」

「たしか、妹のアビゲイルはぺガール王国に嫁がれたのでは?」


 私はフローレンスが受け答えしているのを聞いて、さすがだなと感動した。
 フローレンスこそプリンセスに相応しい。その確信がますます深まる。


「そう。そのぺガール国王妃アビゲイルの娘、つまり姪ふたりを連れて来た。アビゲイルは外国人だから、前の妃が産んだ王子が王位継承権を得て、アビゲイルはカリプカ領の総督に就任し娘ふたりはカリプカ総督令嬢の位置付けだ。見ろ。もう勝った気になってほかの令嬢たちを見下してる」

「……」


 私は息を呑んだ。
 たしかにふたりとも、気品と威厳に溢れていて且つ美しさも備えているけれど、同時にとても冷酷な印象を受ける。

 
「姉がミラベル・カマーフォード、妹がリオノーラだ」


 そうして見ていたら、片方が冷たい目をこちらに向けた。それが姉妹のどちらかなのかはわからない。ただ、固唾を呑んでいる私を見つめたまま、こちらに向かって歩き始めた。


「ご挨拶しなくては」


 フローレンスが呟く。
 彼女は心の準備を整えているようだけれど、私は違った。完全に、蛇に睨まれた蛙。総督令嬢の冷酷な視線は父に通ずるものがあった。だから、怖気づいてしまったのだ。

 彼女が目の前に来ると、フローレンスが深いお辞儀で応対した。
 私も倣おうとした、そのとき。


「!」


 胸元に衝撃が走った。
 ドレスに垂れる、どろりとしたなにか。卵だった。

 芯から体が凍り付く。
 

「……」


 恐る恐る見あげると、蔑むような冷たい視線が突き刺さった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

幼馴染の公爵令嬢が、私の婚約者を狙っていたので、流れに身を任せてみる事にした。

完菜
恋愛
公爵令嬢のアンジェラは、自分の婚約者が大嫌いだった。アンジェラの婚約者は、エール王国の第二王子、アレックス・モーリア・エール。彼は、誰からも愛される美貌の持ち主。何度、アンジェラは、婚約を羨ましがられたかわからない。でもアンジェラ自身は、5歳の時に婚約してから一度も嬉しいなんて思った事はない。アンジェラの唯一の幼馴染、公爵令嬢エリーもアンジェラの婚約者を羨ましがったうちの一人。アンジェラが、何度この婚約が良いものではないと説明しても信じて貰えなかった。アンジェラ、エリー、アレックス、この三人が貴族学園に通い始めると同時に、物語は動き出す。

幼い頃、義母に酸で顔を焼かれた公爵令嬢は、それでも愛してくれた王太子が冤罪で追放されたので、ついていくことにしました。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 設定はゆるくなっています、気になる方は最初から読まないでください。 ウィンターレン公爵家令嬢ジェミーは、幼い頃に義母のアイラに酸で顔を焼かれてしまった。何とか命は助かったものの、とても社交界にデビューできるような顔ではなかった。だが不屈の精神力と仮面をつける事で、社交界にデビューを果たした。そんなジェミーを、心優しく人の本質を見抜ける王太子レオナルドが見初めた。王太子はジェミーを婚約者に選び、幸せな家庭を築くかに思われたが、王位を狙う邪悪な弟に冤罪を着せられ追放刑にされてしまった。

婚約者の私には何も買ってはくれないのに妹に好きな物を買い与えるのは酷すぎます。婚約破棄になって清々しているので付き纏わないで

珠宮さくら
恋愛
ゼフィリーヌは、婚約者とその妹に辟易していた。どこに出掛けるにも妹が着いて来ては兄に物を強請るのだ。なのにわがままを言って、婚約者に好きな物を買わせていると思われてしまっていて……。 ※全5話。

【完結】唯一の味方だと思っていた婚約者に裏切られました

紫崎 藍華
恋愛
両親に愛されないサンドラは婚約者ができたことで救われた。 ところが妹のリザが婚約者を譲るよう言ってきたのだ。 困ったサンドラは両親に相談するが、両親はリザの味方だった。 頼れる人は婚約者しかいない。 しかし婚約者は意外な提案をしてきた。

婚約者が浮気相手にプロポーズしています

おこめ
恋愛
シトリンには2歳年上の婚約者がいる。 学園を卒業してすぐに結婚する予定だったのだが、彼はシトリンではない別の女にプロポーズをしていた。 婚約者を差し置いて浮気相手にプロポーズするバカを切り捨てる話。 ご都合主義。

【完結】「今日から私は好きに生きます! 殿下、美しくなった私を見て婚約破棄したことを後悔しても遅いですよ!」

まほりろ
恋愛
婚約者に浮気され公衆の面前で婚約破棄されました。 やったーー! これで誰に咎められることなく、好きな服が着れるわ! 髪を黒く染めるのも、瞳が黒く見える眼鏡をかけるのも、黒か茶色の地味なドレスを着るのも今日で終わりよーー! 今まで私は元婚約者(王太子)の母親(王妃)の命令で、地味な格好をすることを強要されてきた。 ですが王太子との婚約は今日付けで破棄されました。 これで王妃様の理不尽な命令に従う必要はありませんね。 ―――翌日―――  あら殿下? 本来の姿の私に見惚れているようですね。 今さら寄りを戻そうなどと言われても、迷惑ですわ。 だって私にはもう……。 ※他サイトにも投稿しています。 「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 ※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。

そんなに優しいメイドが恋しいなら、どうぞ彼女の元に行ってください。私は、弟達と幸せに暮らしますので。

木山楽斗
恋愛
アルムナ・メルスードは、レバデイン王国に暮らす公爵令嬢である。 彼女は、王国の第三王子であるスルーガと婚約していた。しかし、彼は自身に仕えているメイドに思いを寄せていた。 スルーガは、ことあるごとにメイドと比較して、アルムナを罵倒してくる。そんな日々に耐えられなくなったアルムナは、彼と婚約破棄することにした。 婚約破棄したアルムナは、義弟達の誰かと婚約することになった。新しい婚約者が見つからなかったため、身内と結ばれることになったのである。 父親の計らいで、選択権はアルムナに与えられた。こうして、アルムナは弟の内誰と婚約するか、悩むことになるのだった。 ※下記の関連作品を読むと、より楽しめると思います。

処理中です...