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7 待合室の刺客

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 ついに舞踏会がやってきた。

 お城の前で馬車が停まる。
 緊張する私にゼント卿はあれこれと笑い話を聞かせてくれた。
 そしてフローレンスが、手を握ってくれた。


「行きましょう、ローズマリー」


 彼女の目は、誇りと決意で煌めいている。


「うん……!」


 私は頷いた。
 

「さあ、未来の花嫁さんたち。その魅力をふりまいてやれ!」


 ゼント卿がそれぞれの肩に手を置いて、熱い励ましをくれる。
 私たちは馬車を下りた。

 
「うわ……」


 言うまでもなく、お城は荘厳且つ豪華で大きい。それに舞踏会のためにたくさんの馬車が連なり、国をあげてのお祭りである事を思い知らされた。
 でも、私はもう怖気づいたりしなかった。優しい人たちに支えられて、自分でも努力した。私は私のままで、成長させてもらう機会を与えられ、それをやり遂げたのだ。

 だから、フローレンスと並んで、わくわくしながら歩いていた。


「おお、レーテルカルノ伯爵令嬢だ……!」

「なんと美しい……!」


 視線が集まり、フローレンスを湛えるヒソヒソ声があちこちから届く。


「すると、あの男が例のゼント卿か」

「うまくやりましたな」

「それより、御一緒の令嬢はいったい……」

「どこの誰だ? レーテルカルノ伯爵家に令嬢はひとりだったはずだが」


 歩きながらゼント卿が私に顔を寄せる。
 

「ほら見ろ。君は話題の的だ」

「フローレンスの噂話をしているんですよ」


 耳打ちに明るく返すと、フローレンスも笑顔で振り向いて言った。


「違うわ。みんなあなたが素敵だから、あなたを見てるのよ」

「え……」

「ふたりとも素敵だ! さすが、俺の見込んだ令嬢たち!」


 再び、ゼント卿が私たちの肩を誇らしげに掴んで揺さぶった。
 フローレンスは苦笑ぎみにその手を払い除けたけれど、私は嬉しくて、そのままで彼を見あげた。ゼント卿がいなかったら、今日の私はなかった。感謝で胸が締めつけられる。


「頑張れ。自信を持って殿下を口説き落とせ」


 再びフローレンスがふり向き、今度こそ眉を寄せた。


「そういう言い方はよしてください、ゼント卿。ローズマリーはあなたと違って世慣れしていないのですから」

「慣れる必要なんかない。本人が世の中心になるんだ。君と一緒にね」

「義姉妹になれるのは嬉しいですが、宮廷であなたに揶揄われ続けると思うと頭痛がします」

「その意気だ。ふたりとも、どっちがどっちでもいいから殿下を口説き落とせ!」

「やめてくださいってば」

「ふふ……」


 ふたりのやりとりを見ていたら、思わず笑いが洩れた。
 ふいにゼント卿が優しい眼差しで私を見つめた。リラックスしろとでも言うように頷く。私も頷き返して、足を進めた。

 城内に入ると、私たちは各家に与えられた部屋に案内された。
 それから大忙しだ。夜に行われる舞踏会に向けて、花嫁候補は準備を整える。怒涛の勢いだったけれど、フローレンスがいるから楽しくて一瞬だった。

 そして日が沈み、辺りが煌びやかに灯された頃。
 私たち花嫁候補は一室に集められた。舞踏会が始まり、招待客が歓談したあと、ダンスの時間になってから一斉に入場するのだ。

 錚々たる顔ぶれだった。
 ゼント卿同様に、推薦人は各々ふたりの花嫁候補を連れて来ている。


「あれが没落寸前のリボーフ侯爵。ピドラ侯爵は愛人を連れて来たな。ムーンストーン準侯爵はついこの間までフローレンスを狙ってた。カズ・アモウ伯爵は顔に似合わず野心家だな、どっちも親戚だ。逆にターン伯爵は賄賂だけ受け取って冴えない候補を推す作戦らしい。イヤロン伯爵は、なんだかパッとしないな」


 ゼント卿がいろいろと教えてくれた。私は既に気圧されていたけれど、フローレンスは真剣に話を聞いて注意深く視線を走らせている。
 

「敵になるとすればグニムート侯爵とヘブリナ伯爵だろう。グニムート卿が推すふたりはアドレフ侯爵令嬢レイラ・ペンリーとディカール侯爵令嬢ハリエット・バウスフィールドだ。血筋で攻めて来た」


 侯爵の推薦する侯爵令嬢。
 けれど、そのふたりを退けるだけの美貌がフローレンスには備わっている。


「ヘブリナ卿については、本人は優しい太っちょおじさんだが花嫁候補が曲者だぞ」

「たしか、妹のアビゲイルはぺガール王国に嫁がれたのでは?」


 私はフローレンスが受け答えしているのを聞いて、さすがだなと感動した。
 フローレンスこそプリンセスに相応しい。その確信がますます深まる。


「そう。そのぺガール国王妃アビゲイルの娘、つまり姪ふたりを連れて来た。アビゲイルは外国人だから、前の妃が産んだ王子が王位継承権を得て、アビゲイルはカリプカ領の総督に就任し娘ふたりはカリプカ総督令嬢の位置付けだ。見ろ。もう勝った気になってほかの令嬢たちを見下してる」

「……」


 私は息を呑んだ。
 たしかにふたりとも、気品と威厳に溢れていて且つ美しさも備えているけれど、同時にとても冷酷な印象を受ける。

 
「姉がミラベル・カマーフォード、妹がリオノーラだ」


 そうして見ていたら、片方が冷たい目をこちらに向けた。それが姉妹のどちらかなのかはわからない。ただ、固唾を呑んでいる私を見つめたまま、こちらに向かって歩き始めた。


「ご挨拶しなくては」


 フローレンスが呟く。
 彼女は心の準備を整えているようだけれど、私は違った。完全に、蛇に睨まれた蛙。総督令嬢の冷酷な視線は父に通ずるものがあった。だから、怖気づいてしまったのだ。

 彼女が目の前に来ると、フローレンスが深いお辞儀で応対した。
 私も倣おうとした、そのとき。


「!」


 胸元に衝撃が走った。
 ドレスに垂れる、どろりとしたなにか。卵だった。

 芯から体が凍り付く。
 

「……」


 恐る恐る見あげると、蔑むような冷たい視線が突き刺さった。
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