12 / 16
12 ヤバい聖職者も凸してきた
しおりを挟む
妹は牛ではありませんが……と、真顔で呟いたオリガの顔を、私は生涯忘れる事はないだろう。そして使命に燃えて旅立つ、赤毛の美しい少女の煌めく笑顔も。
「行ってしまったわ」
門が閉じ、遠ざかっていく馬車を、風に吹かれながら見送る。
夫が風から守るように、私を抱き寄せてくれる。
「君には振り回されてばかりだ」
甘く囁いて脳天に唇を押し付けてくる夫の腕を、あやすように叩く。
「そのために生まれたんでしょう?」
「ああ、そうだね。誇りに思うよ」
微笑みを交わし、私たちは平穏を取り戻した我が家へと引き返す。
そして実際、平穏な日々は戻っていた。ある程度は。
オリガから定期的に届く手紙によって、フレイヤの経過と、テューネの働きを知る。こちらは捜索の進捗を日常会話を装って、ちょっとした挨拶を添えて報せる。マリサが力持ちなミルクメイドを一人失って嘆いている事も書き添えた。
──半年後。
「赤ちゃんが産まれる頃には、いいお知らせができるといいわね」
なんて言った矢先の事。
事件は起きた。
メランデル伯爵家に聖騎士団が押し寄せ、夫のパールを捕らえようとしたのだ。行方のわからないフレイヤの恋人を探していて、あらぬ誤解を受けたのか。そんな不安は、聖騎士団を扇動する人物の顔を見て吹き飛んだ。
髪と目の色が、違う。
あとは夫のパールとそっくりな男性が、メランデル伯爵を名乗ったのだ。
「この男です! この男が私を監禁し、私に成り代わった極悪人であります! この男こそが堕ちた修道士ブラザー・パーナム!」
「……ぇえ?」
切羽詰まっても、おっとりして見えるのが私の強味。
顎をピクピクさせて憤りを抑えている夫の腕を摩りながら、私は20人を超える聖騎士団の顔を端から眺めた。彼らは、厳かな顔つきである事に変わりはないとしても、注意深く観察しているように見えた。
それにしても、名前……パーナムっていうのね。
自分から出て来てくれたのが、不幸中の幸。
「そしてこの女! 私の妻でありながら、その男の甘言によって悪魔に魂を売り払い堕落したその女も逮捕してください!!」
「ふざけるな……!」
夫が爆発寸前。
「まあまあ。落ち着いて。きっと大丈夫だから」
夫を宥めすかす私に、執事とマリサが励ましの視線を送ってくる。
若い使用人以外は緊張感の中でも落ち着きを保ち、中にはあきれ顔の者や夫のように憤っている者もいた。それはそうだ。彼らはパールが産着に包まれていた頃から夫と一緒に生きてきたのだから。
「返せ! この極悪人どもめ!!」
言い分が、どこかの誰かさんにそっくりだわ。
彼も夢を見ているのかしら。それとも、これは策略?
「さて」
聖騎士団を率いていた師団長と思われるひとりが、夫に視線を据えた。
「神の御業は実に偉大です。そっくりだ。そちらが真のメランデル伯爵だとしても、穢れた聖職者を探して回る理由はひとつ。もうひとりの存在を知っているからに他ならない」
「そうだ! この極悪人どもが匿う魔女を引き摺り出し、この場で3人の首を刎ねるべきだ!!」
その一言に、夫と私は同時に沸点を越えた。
秘密結婚の是非は置いておくとして、彼は、フレイヤを魔女と呼んだ。愛してなどいない。酷い裏切りだった。
「なるほど。あなたの名はパーナムというのか。ようこそ、パーナム」
夫の声は冷たく静かで、彼を軽蔑し嫌悪している。
わかる。私も、同じ気持ち。
「神の騎士の方々も、ようこそ。私が第7代メランデル伯爵パール・フェーリーンですが、なにか?」
怒っている。
神聖な大聖堂で孤児を誑かし、我が身が危なくなったらその孤児を魔女呼ばわりして、延いては顔の似た伯爵を見つけたら成り代わろうとするなんて、とんでもない極悪人だ。
「仮にあなたが真のメランデル伯爵であるなら、魔女を差し出したほうが身のためです」
「魔女なんていません」
「ではなぜ、堕ちた修道士を探していたのです? 知っているからでしょう?」
「なにを? 私は、私に似た男がいるという噂を聞きつけたから、その男を探していただけです」
「その噂を誰から聞いたと仰るのですか? パーナムの件は極秘事項です」
「だから名前は今知りましたよ。噂の提供主は先代のメランデル伯爵夫妻です。旅行が趣味で、私によく似た修道士が教皇庁から追われているらしいという噂を聞きつけて、心配して手紙をよこしたのです」
「その手紙を見せて頂けますか?」
「ありません。気味が悪いので燃やしました」
「なるほど」
「汚らわしい極悪人の戯言など耳を傾ける必要はない! 殺せぇッ!!」
汚らわしい極悪人のパーナムが叫んだ。
私は夫の制止を振り切って進み出ると、彼の目の前まで歩いて行って、彼を見あげた。
「私は物心ついた頃からパールと仲良しですが、あなたとは目の色が違う。よく似ているからといって、私の夫を名乗るなんて無謀すぎましたね。ここには私を含め、彼を幼い頃から知る人間しかおりません。できるだけ早く悔い改めたほうが身のためですよ」
「大淫婦め……!」
パーナムは血走った目で私を睨みつけたけれど、聖騎士団のひとりが素早く庇ってくれた。
「少し似ているけれど、別人です」
静かに告げる。
承知している事を表す瞳で一瞥され、私は微笑み、夫の傍へ戻った。
「じっとしていてくれてよかったわ。近づいたら、まとめて縛られてしまうもの」
苦々しい溜息を吐きながら、夫が私を抱き寄せた。
「私がメランデル伯爵だッ!!」
堕ちた聖職者は、顔を真っ赤にして叫んでいる。
分が悪い事は、誰の目から見ても明らかだった。
「行ってしまったわ」
門が閉じ、遠ざかっていく馬車を、風に吹かれながら見送る。
夫が風から守るように、私を抱き寄せてくれる。
「君には振り回されてばかりだ」
甘く囁いて脳天に唇を押し付けてくる夫の腕を、あやすように叩く。
「そのために生まれたんでしょう?」
「ああ、そうだね。誇りに思うよ」
微笑みを交わし、私たちは平穏を取り戻した我が家へと引き返す。
そして実際、平穏な日々は戻っていた。ある程度は。
オリガから定期的に届く手紙によって、フレイヤの経過と、テューネの働きを知る。こちらは捜索の進捗を日常会話を装って、ちょっとした挨拶を添えて報せる。マリサが力持ちなミルクメイドを一人失って嘆いている事も書き添えた。
──半年後。
「赤ちゃんが産まれる頃には、いいお知らせができるといいわね」
なんて言った矢先の事。
事件は起きた。
メランデル伯爵家に聖騎士団が押し寄せ、夫のパールを捕らえようとしたのだ。行方のわからないフレイヤの恋人を探していて、あらぬ誤解を受けたのか。そんな不安は、聖騎士団を扇動する人物の顔を見て吹き飛んだ。
髪と目の色が、違う。
あとは夫のパールとそっくりな男性が、メランデル伯爵を名乗ったのだ。
「この男です! この男が私を監禁し、私に成り代わった極悪人であります! この男こそが堕ちた修道士ブラザー・パーナム!」
「……ぇえ?」
切羽詰まっても、おっとりして見えるのが私の強味。
顎をピクピクさせて憤りを抑えている夫の腕を摩りながら、私は20人を超える聖騎士団の顔を端から眺めた。彼らは、厳かな顔つきである事に変わりはないとしても、注意深く観察しているように見えた。
それにしても、名前……パーナムっていうのね。
自分から出て来てくれたのが、不幸中の幸。
「そしてこの女! 私の妻でありながら、その男の甘言によって悪魔に魂を売り払い堕落したその女も逮捕してください!!」
「ふざけるな……!」
夫が爆発寸前。
「まあまあ。落ち着いて。きっと大丈夫だから」
夫を宥めすかす私に、執事とマリサが励ましの視線を送ってくる。
若い使用人以外は緊張感の中でも落ち着きを保ち、中にはあきれ顔の者や夫のように憤っている者もいた。それはそうだ。彼らはパールが産着に包まれていた頃から夫と一緒に生きてきたのだから。
「返せ! この極悪人どもめ!!」
言い分が、どこかの誰かさんにそっくりだわ。
彼も夢を見ているのかしら。それとも、これは策略?
「さて」
聖騎士団を率いていた師団長と思われるひとりが、夫に視線を据えた。
「神の御業は実に偉大です。そっくりだ。そちらが真のメランデル伯爵だとしても、穢れた聖職者を探して回る理由はひとつ。もうひとりの存在を知っているからに他ならない」
「そうだ! この極悪人どもが匿う魔女を引き摺り出し、この場で3人の首を刎ねるべきだ!!」
その一言に、夫と私は同時に沸点を越えた。
秘密結婚の是非は置いておくとして、彼は、フレイヤを魔女と呼んだ。愛してなどいない。酷い裏切りだった。
「なるほど。あなたの名はパーナムというのか。ようこそ、パーナム」
夫の声は冷たく静かで、彼を軽蔑し嫌悪している。
わかる。私も、同じ気持ち。
「神の騎士の方々も、ようこそ。私が第7代メランデル伯爵パール・フェーリーンですが、なにか?」
怒っている。
神聖な大聖堂で孤児を誑かし、我が身が危なくなったらその孤児を魔女呼ばわりして、延いては顔の似た伯爵を見つけたら成り代わろうとするなんて、とんでもない極悪人だ。
「仮にあなたが真のメランデル伯爵であるなら、魔女を差し出したほうが身のためです」
「魔女なんていません」
「ではなぜ、堕ちた修道士を探していたのです? 知っているからでしょう?」
「なにを? 私は、私に似た男がいるという噂を聞きつけたから、その男を探していただけです」
「その噂を誰から聞いたと仰るのですか? パーナムの件は極秘事項です」
「だから名前は今知りましたよ。噂の提供主は先代のメランデル伯爵夫妻です。旅行が趣味で、私によく似た修道士が教皇庁から追われているらしいという噂を聞きつけて、心配して手紙をよこしたのです」
「その手紙を見せて頂けますか?」
「ありません。気味が悪いので燃やしました」
「なるほど」
「汚らわしい極悪人の戯言など耳を傾ける必要はない! 殺せぇッ!!」
汚らわしい極悪人のパーナムが叫んだ。
私は夫の制止を振り切って進み出ると、彼の目の前まで歩いて行って、彼を見あげた。
「私は物心ついた頃からパールと仲良しですが、あなたとは目の色が違う。よく似ているからといって、私の夫を名乗るなんて無謀すぎましたね。ここには私を含め、彼を幼い頃から知る人間しかおりません。できるだけ早く悔い改めたほうが身のためですよ」
「大淫婦め……!」
パーナムは血走った目で私を睨みつけたけれど、聖騎士団のひとりが素早く庇ってくれた。
「少し似ているけれど、別人です」
静かに告げる。
承知している事を表す瞳で一瞥され、私は微笑み、夫の傍へ戻った。
「じっとしていてくれてよかったわ。近づいたら、まとめて縛られてしまうもの」
苦々しい溜息を吐きながら、夫が私を抱き寄せた。
「私がメランデル伯爵だッ!!」
堕ちた聖職者は、顔を真っ赤にして叫んでいる。
分が悪い事は、誰の目から見ても明らかだった。
48
お気に入りに追加
817
あなたにおすすめの小説
ガネス公爵令嬢の変身
くびのほきょう
恋愛
1年前に現れたお父様と同じ赤い目をした美しいご令嬢。その令嬢に夢中な幼なじみの王子様に恋をしていたのだと気づいた公爵令嬢のお話。
※「小説家になろう」へも投稿しています
わたしは夫のことを、愛していないのかもしれない
鈴宮(すずみや)
恋愛
孤児院出身のアルマは、一年前、幼馴染のヴェルナーと夫婦になった。明るくて優しいヴェルナーは、日々アルマに愛を囁き、彼女のことをとても大事にしている。
しかしアルマは、ある日を境に、ヴェルナーから甘ったるい香りが漂うことに気づく。
その香りは、彼女が勤める診療所の、とある患者と同じもので――――?
【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った
五色ひわ
恋愛
辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。真実を確かめるため、アメリアは3年ぶりに王都へと旅立った。
※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話
悪役令嬢を彼の側から見た話
下菊みこと
恋愛
本来悪役令嬢である彼女を溺愛しまくる彼のお話。
普段穏やかだが敵に回すと面倒くさいエリート男子による、溺愛甘々な御都合主義のハッピーエンド。
小説家になろう様でも投稿しています。
悪役令嬢になりそこねた令嬢
ぽよよん
恋愛
レスカの大好きな婚約者は2歳年上の宰相の息子だ。婚約者のマクロンを恋い慕うレスカは、マクロンとずっと一緒にいたかった。
マクロンが幼馴染の第一王子とその婚約者とともに王宮で過ごしていれば側にいたいと思う。
それは我儘でしょうか?
**************
2021.2.25
ショート→短編に変更しました。
私は『選んだ』
ルーシャオ
恋愛
フィオレ侯爵家次女セラフィーヌは、いつも姉マルグレーテに『選ばさせられていた』。好きなお菓子も、ペットの犬も、ドレスもアクセサリも先に選ぶよう仕向けられ、そして当然のように姉に取られる。姉はそれを「先にいいものを選んで私に持ってきてくれている」と理解し、フィオレ侯爵も咎めることはない。
『選ばされて』姉に譲るセラフィーヌは、結婚相手までも同じように取られてしまう。姉はバルフォリア公爵家へ嫁ぐのに、セラフィーヌは貴族ですらない資産家のクレイトン卿の元へ嫁がされることに。
セラフィーヌはすっかり諦め、クレイトン卿が継承するという子爵領へ先に向かうよう家を追い出されるが、辿り着いた子爵領はすっかり自由で豊かな土地で——?
【完結】記憶喪失になってから、あなたの本当の気持ちを知りました
Rohdea
恋愛
誰かが、自分を呼ぶ声で目が覚めた。
必死に“私”を呼んでいたのは見知らぬ男性だった。
──目を覚まして気付く。
私は誰なの? ここはどこ。 あなたは誰?
“私”は馬車に轢かれそうになり頭を打って気絶し、起きたら記憶喪失になっていた。
こうして私……リリアはこれまでの記憶を失くしてしまった。
だけど、なぜか目覚めた時に傍らで私を必死に呼んでいた男性──ロベルトが私の元に毎日のようにやって来る。
彼はただの幼馴染らしいのに、なんで!?
そんな彼に私はどんどん惹かれていくのだけど……
【完結】溺愛される意味が分かりません!?
もわゆぬ
恋愛
正義感強め、口調も強め、見た目はクールな侯爵令嬢
ルルーシュア=メライーブス
王太子の婚約者でありながら、何故か何年も王太子には会えていない。
学園に通い、それが終われば王妃教育という淡々とした毎日。
趣味はといえば可愛らしい淑女を観察する事位だ。
有るきっかけと共に王太子が再び私の前に現れ、彼は私を「愛しいルルーシュア」と言う。
正直、意味が分からない。
さっぱり系令嬢と腹黒王太子は無事に結ばれる事が出来るのか?
☆カダール王国シリーズ 短編☆
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる