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12 ヤバい聖職者も凸してきた

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 妹は牛ではありませんが……と、真顔で呟いたオリガの顔を、私は生涯忘れる事はないだろう。そして使命に燃えて旅立つ、赤毛の美しい少女の煌めく笑顔も。


「行ってしまったわ」


 門が閉じ、遠ざかっていく馬車を、風に吹かれながら見送る。
 夫が風から守るように、私を抱き寄せてくれる。


「君には振り回されてばかりだ」


 甘く囁いて脳天に唇を押し付けてくる夫の腕を、あやすように叩く。


「そのために生まれたんでしょう?」

「ああ、そうだね。誇りに思うよ」


 微笑みを交わし、私たちは平穏を取り戻した我が家へと引き返す。
 そして実際、平穏な日々は戻っていた。ある程度は。

 オリガから定期的に届く手紙によって、フレイヤの経過と、テューネの働きを知る。こちらは捜索の進捗を日常会話を装って、ちょっとした挨拶を添えて報せる。マリサが力持ちなミルクメイドを一人失って嘆いている事も書き添えた。


 ──半年後。
 

「赤ちゃんが産まれる頃には、いいお知らせができるといいわね」


 なんて言った矢先の事。
 事件は起きた。

 メランデル伯爵家に聖騎士団が押し寄せ、夫のパールを捕らえようとしたのだ。行方のわからないフレイヤの恋人を探していて、あらぬ誤解を受けたのか。そんな不安は、聖騎士団を扇動する人物の顔を見て吹き飛んだ。

 髪と目の色が、違う。
 あとは夫のパールとそっくりな男性が、メランデル伯爵を名乗ったのだ。


「この男です! この男が私を監禁し、私に成り代わった極悪人であります! この男こそが堕ちた修道士ブラザー・パーナム!」

「……ぇえ?」


 切羽詰まっても、おっとりして見えるのが私の強味。
 顎をピクピクさせて憤りを抑えている夫の腕を摩りながら、私は20人を超える聖騎士団の顔を端から眺めた。彼らは、厳かな顔つきである事に変わりはないとしても、注意深く観察しているように見えた。

 それにしても、名前……パーナムっていうのね。
 自分から出て来てくれたのが、不幸中の幸。


「そしてこの女! 私の妻でありながら、その男の甘言によって悪魔に魂を売り払い堕落したその女も逮捕してください!!」

「ふざけるな……!」


 夫が爆発寸前。


「まあまあ。落ち着いて。きっと大丈夫だから」


 夫を宥めすかす私に、執事とマリサが励ましの視線を送ってくる。
 若い使用人以外は緊張感の中でも落ち着きを保ち、中にはあきれ顔の者や夫のように憤っている者もいた。それはそうだ。彼らはパールが産着に包まれていた頃から夫と一緒に生きてきたのだから。

 
「返せ! この極悪人どもめ!!」


 言い分が、どこかの誰かさんにそっくりだわ。
 彼も夢を見ているのかしら。それとも、これは策略?


「さて」


 聖騎士団を率いていた師団長と思われるひとりが、夫に視線を据えた。


「神の御業は実に偉大です。そっくりだ。そちらが真のメランデル伯爵だとしても、穢れた聖職者を探して回る理由はひとつ。もうひとりの存在を知っているからに他ならない」

「そうだ! この極悪人どもが匿う魔女を引き摺り出し、この場で3人の首を刎ねるべきだ!!」


 その一言に、夫と私は同時に沸点を越えた。
 秘密結婚の是非は置いておくとして、彼は、フレイヤを魔女と呼んだ。愛してなどいない。酷い裏切りだった。


「なるほど。あなたの名はパーナムというのか。ようこそ、パーナム」


 夫の声は冷たく静かで、彼を軽蔑し嫌悪している。
 わかる。私も、同じ気持ち。


「神の騎士の方々も、ようこそ。私が第7代メランデル伯爵パール・フェーリーンですが、なにか?」


 怒っている。
 神聖な大聖堂で孤児を誑かし、我が身が危なくなったらその孤児を魔女呼ばわりして、延いては顔の似た伯爵を見つけたら成り代わろうとするなんて、とんでもない極悪人だ。


「仮にあなたが真のメランデル伯爵であるなら、魔女を差し出したほうが身のためです」

「魔女なんていません」

「ではなぜ、堕ちた修道士を探していたのです? 知っているからでしょう?」

「なにを? 私は、私に似た男がいるという噂を聞きつけたから、その男を探していただけです」

「その噂を誰から聞いたと仰るのですか? パーナムの件は極秘事項です」

「だから名前は今知りましたよ。噂の提供主は先代のメランデル伯爵夫妻です。旅行が趣味で、私によく似た修道士が教皇庁から追われているらしいという噂を聞きつけて、心配して手紙をよこしたのです」

「その手紙を見せて頂けますか?」

「ありません。気味が悪いので燃やしました」

「なるほど」

「汚らわしい極悪人の戯言など耳を傾ける必要はない! 殺せぇッ!!」


 汚らわしい極悪人のパーナムが叫んだ。
 私は夫の制止を振り切って進み出ると、彼の目の前まで歩いて行って、彼を見あげた。


「私は物心ついた頃からパールと仲良しですが、あなたとは目の色が違う。よく似ているからといって、私の夫を名乗るなんて無謀すぎましたね。ここには私を含め、彼を幼い頃から知る人間しかおりません。できるだけ早く悔い改めたほうが身のためですよ」

「大淫婦め……!」


 パーナムは血走った目で私を睨みつけたけれど、聖騎士団のひとりが素早く庇ってくれた。


「少し似ているけれど、別人です」


 静かに告げる。
 承知している事を表す瞳で一瞥され、私は微笑み、夫の傍へ戻った。


「じっとしていてくれてよかったわ。近づいたら、まとめて縛られてしまうもの」


 苦々しい溜息を吐きながら、夫が私を抱き寄せた。


「私がメランデル伯爵だッ!!」


 堕ちた聖職者は、顔を真っ赤にして叫んでいる。
 分が悪い事は、誰の目から見ても明らかだった。
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