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「困ったな。これはまずい。絶対に彼女だ」
夫とは気が合う。
そして彼は私にいつもほしいものをくれる。
パールがそっと私を抱き寄せ、それからじっくりと腕に力を込めた。もちろん痛くない。ぎゅっと抱きしめられて、それだけで私は安心できる。
「恐い思いをさせてごめん」
「あなたのせいではないわ」
「だが、どこで目をつけられたんだ……本当にわからない」
「それは誰にもわからない。彼女以外」
「なんとかしよう」
「私にだけならいいけど、もしメランデルの領民まで被害にあったら……警備を強化して」
「君は、こんな時にも人の心配か。ありがとう」
「みくびらないで。手汗と不整脈で酷い事になってるんだから。頼りない伯爵夫人でごめんなさいね」
「そんな事ない」
彼と話しているだけで、少しだけでも笑顔になれる。
元気になれる。
それは私たちが人生のほとんどをかけて既に絆を築いてきたからだし、これは私たちの絆で誰かに譲るつもりもない。
「彼女、どうしたのかしら。なぜ、こんな事を……」
「小動物の臓物を届けられて僕が喜ぶと思っているのだとしたら、きっと……いや、なにを言いたかったか忘れた。僕も混乱しているのかも」
「当たり前よ。あなた、前世で結婚していたからって理由で求婚されて、妻を脅されて、領民の安全も脅かされているのだもの」
「頭にくるよ。前世ってなんだ。世迷言で僕の妻を……大切なヴェロニカを苦しめて。だからって投獄するわけにもいかない。身元引受人がレディ・オリガなら、彼女と話をつけなくては」
「彼女、いいひとよ。気の毒だわ」
「君より? 今いちばん辛いのは君だろ」
「私にはあなたがいる」
アルメアン侯爵を祖父に持つに留まらないかもしれないパルムクランツ伯爵令嬢のオリガだから、愛してくれる婚約者や守ってくれる騎士などがいなくても別にわりと平気なのかもしれないけれど……。
身元引受人である事が、そもそも気の毒だわ。
「彼女、結婚できるのかしら」
「どっち? レディ・オリガのほう?」
「今フレイヤの結婚を心配するほど能天気じゃないわよ。彼、あなたを狙ってるんだもの。もうちょっと正気だったら、ひっかいてやってもいいかなって思うけど……されている事以上に彼女自身が凄く恐い」
「君は表に立たなくていいんだ。全部、僕が対応する。夫であり、領主である僕が、君も民も必ず守るよ」
「気をつけて。命を取られそうになったら、私の前でも愛するふりくらいしてね。私たちは、あとからどうにでもなるんだから」
「嘘だろ。僕は前世の自分の名前だって知らないんだぞ」
「前世なんてないわ」
そんな感じで夫婦の絆はさらに強くなった。
けれど……
「キャアアアァァァァッ!」
「!?」
翌朝、轟いた悲鳴。
夫婦で駆けつけると、若いミルクメイドが泣き喚き、マリサに叱られて更に泣きじゃくっている場面に出くわした。
「どうしたの?」
「ああ、ヴェロニカ様。夜明け前にすみません」
マリサが動じない性格で本当によかった。
「この子が血文字を見つけて──」
え?
「ちっ、ちもっ……!?」
「はい。まったく、とんでもない悪戯ですよ。なんですか『彼を返して』って。ここにパール様以外の男前がいますか? どんな色恋沙汰か知りませんが、使用人同士で気色悪いマウントの取り合いして、嘆かわしい限りです。ああっ! もう! 泣くんじゃないって何度言ったらわかるの!! あんた関係ないなら泣く必要ないでしょう!?」
マリサは、若いミルクメイドに対しては理性を失いつつあった。
というか、かなり苛立っている様子。
「お、怒らないであげて……」
私が震えながらマリサに手を伸ばすと、背後でパールが深い溜息をついた。
「いいえ! 癖になりますから! よく反省しなさい! 旦那様と奥様の安眠まで妨げて、何様のつもりなの! お詫びしなさい!!」
「いえ、あの、マリサ、マリサ……」
私、泣きたい。
前世の記憶があるって言い張る女が血文字で訴えてきたなんて、そろそろ本当に泣き喚きたい。
「血文字はどこに?」
パールが冷静に尋ねた。
でも苛立ちと困惑で、少し声が掠れている。
「気色悪いので洗い流させています。夜明けにはスッキリさせたいですからね」
「……広範囲なのかな?」
パールの声に、若干の動揺が混じる。
「塀に。ちょうど、こちらから見える感じです。大胆に、バッと」
「──」
私はパールのガウンのどこかをぎゅっと握った。
フレイヤは、門まで来た。
その翌日に、こちら側に入って来た。
彼が私を抱きしめて、マリサに執事と従僕と腕っぷしの強い使用人を集めるように命じた。そしてこの奇怪な事件について、簡潔に説明した。
執事とマリサ、そして料理長のマットソンが激怒。
「不届き者め! ヴェロニカ様と坊ちゃんがどんだけ仲睦まじくいらっしゃると思ってるんだ!!」
「旦那様とお呼びしろ!」
執事はマットソンにも激怒。
「お、怒らないであげ……」
「ヴェロニカに手出しはさせない!」
私の声はパールにかき消され、
「うおおおおおおお!」
パールの声は、マットソンにかき消された。
そして私は、大人たちの本気を見る事になる。
夫とは気が合う。
そして彼は私にいつもほしいものをくれる。
パールがそっと私を抱き寄せ、それからじっくりと腕に力を込めた。もちろん痛くない。ぎゅっと抱きしめられて、それだけで私は安心できる。
「恐い思いをさせてごめん」
「あなたのせいではないわ」
「だが、どこで目をつけられたんだ……本当にわからない」
「それは誰にもわからない。彼女以外」
「なんとかしよう」
「私にだけならいいけど、もしメランデルの領民まで被害にあったら……警備を強化して」
「君は、こんな時にも人の心配か。ありがとう」
「みくびらないで。手汗と不整脈で酷い事になってるんだから。頼りない伯爵夫人でごめんなさいね」
「そんな事ない」
彼と話しているだけで、少しだけでも笑顔になれる。
元気になれる。
それは私たちが人生のほとんどをかけて既に絆を築いてきたからだし、これは私たちの絆で誰かに譲るつもりもない。
「彼女、どうしたのかしら。なぜ、こんな事を……」
「小動物の臓物を届けられて僕が喜ぶと思っているのだとしたら、きっと……いや、なにを言いたかったか忘れた。僕も混乱しているのかも」
「当たり前よ。あなた、前世で結婚していたからって理由で求婚されて、妻を脅されて、領民の安全も脅かされているのだもの」
「頭にくるよ。前世ってなんだ。世迷言で僕の妻を……大切なヴェロニカを苦しめて。だからって投獄するわけにもいかない。身元引受人がレディ・オリガなら、彼女と話をつけなくては」
「彼女、いいひとよ。気の毒だわ」
「君より? 今いちばん辛いのは君だろ」
「私にはあなたがいる」
アルメアン侯爵を祖父に持つに留まらないかもしれないパルムクランツ伯爵令嬢のオリガだから、愛してくれる婚約者や守ってくれる騎士などがいなくても別にわりと平気なのかもしれないけれど……。
身元引受人である事が、そもそも気の毒だわ。
「彼女、結婚できるのかしら」
「どっち? レディ・オリガのほう?」
「今フレイヤの結婚を心配するほど能天気じゃないわよ。彼、あなたを狙ってるんだもの。もうちょっと正気だったら、ひっかいてやってもいいかなって思うけど……されている事以上に彼女自身が凄く恐い」
「君は表に立たなくていいんだ。全部、僕が対応する。夫であり、領主である僕が、君も民も必ず守るよ」
「気をつけて。命を取られそうになったら、私の前でも愛するふりくらいしてね。私たちは、あとからどうにでもなるんだから」
「嘘だろ。僕は前世の自分の名前だって知らないんだぞ」
「前世なんてないわ」
そんな感じで夫婦の絆はさらに強くなった。
けれど……
「キャアアアァァァァッ!」
「!?」
翌朝、轟いた悲鳴。
夫婦で駆けつけると、若いミルクメイドが泣き喚き、マリサに叱られて更に泣きじゃくっている場面に出くわした。
「どうしたの?」
「ああ、ヴェロニカ様。夜明け前にすみません」
マリサが動じない性格で本当によかった。
「この子が血文字を見つけて──」
え?
「ちっ、ちもっ……!?」
「はい。まったく、とんでもない悪戯ですよ。なんですか『彼を返して』って。ここにパール様以外の男前がいますか? どんな色恋沙汰か知りませんが、使用人同士で気色悪いマウントの取り合いして、嘆かわしい限りです。ああっ! もう! 泣くんじゃないって何度言ったらわかるの!! あんた関係ないなら泣く必要ないでしょう!?」
マリサは、若いミルクメイドに対しては理性を失いつつあった。
というか、かなり苛立っている様子。
「お、怒らないであげて……」
私が震えながらマリサに手を伸ばすと、背後でパールが深い溜息をついた。
「いいえ! 癖になりますから! よく反省しなさい! 旦那様と奥様の安眠まで妨げて、何様のつもりなの! お詫びしなさい!!」
「いえ、あの、マリサ、マリサ……」
私、泣きたい。
前世の記憶があるって言い張る女が血文字で訴えてきたなんて、そろそろ本当に泣き喚きたい。
「血文字はどこに?」
パールが冷静に尋ねた。
でも苛立ちと困惑で、少し声が掠れている。
「気色悪いので洗い流させています。夜明けにはスッキリさせたいですからね」
「……広範囲なのかな?」
パールの声に、若干の動揺が混じる。
「塀に。ちょうど、こちらから見える感じです。大胆に、バッと」
「──」
私はパールのガウンのどこかをぎゅっと握った。
フレイヤは、門まで来た。
その翌日に、こちら側に入って来た。
彼が私を抱きしめて、マリサに執事と従僕と腕っぷしの強い使用人を集めるように命じた。そしてこの奇怪な事件について、簡潔に説明した。
執事とマリサ、そして料理長のマットソンが激怒。
「不届き者め! ヴェロニカ様と坊ちゃんがどんだけ仲睦まじくいらっしゃると思ってるんだ!!」
「旦那様とお呼びしろ!」
執事はマットソンにも激怒。
「お、怒らないであげ……」
「ヴェロニカに手出しはさせない!」
私の声はパールにかき消され、
「うおおおおおおお!」
パールの声は、マットソンにかき消された。
そして私は、大人たちの本気を見る事になる。
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