「前世の記憶がある!」と言い張る女が、私の夫を狙ってる。

百谷シカ

文字の大きさ
上 下
4 / 16

4 私生児と孤児

しおりを挟む
「晩年……」


 パールが気になったのは、そこなの?


「はい。養父が母と結婚した時も既に晩年でしたが、長生きでしたので」

「御葬儀に間に合わず申し訳ありませんでした。遅ればせながら、心よりお悔やみ申し上げます。立派な方でした」


 私の口から突如弔辞が滑り出た。
 今、そんな場合かどうか、もうよくわからない。


「とんでもありません。皆様ミューバリ侯爵のお招きで遠方にいらっしゃったので当然です。私どもはお詫び頂く立場ではないと認識しております。それより」


 そう、それよりよね。


「妹は少し……独特な感性を持っておりまして。とても慕っていた養父の死が、その感性を刺激してしまったようで……」


 それは大変。
 ただ迷惑だと跳ねのけるのも、若干躊躇われる事情だわ。


「ですが、私たち母子で見ておりますので、二度とこのような事はありません」

「まあ、事情が事情ですから。そう畏まらないでください」


 パールの思いやりに私も賛成。
 オリガは生まれも厳しく、現在は血の繋がらない妹によって立場も厳しくなりつつある。そしてそれは、彼女が生きている限り続くのだ。


「レディ・オリガ。私は大丈夫ですから」


 私は彼女の腕にふれ、体を起こしてもらった。


「大変でしたね。今もいろいろと大変でしょうけれど。私たちにできる事があったら、なんでも相談してくださいね」

「えっ、ヴェロニカ?」


 パールがこちらを凝視した。
 
 そうよね。
 誰かが手を差し伸べるとしても、たぶん、私じゃなかったはずよね。


「いいえ、そんな。とんでもありません。二度と御迷惑はおかけいたしません」


 オリガが再び深く膝を折って頭を垂れた。


「……」


 この令嬢の祖父はアルメアン侯爵。
 父親が不明だとしても、そこは確か。


「……」


 微妙な気持ち。


「畏まらないでください」


 お願いするしかない。


「事情はわかりましたから。今日の事は、どうか気にしないでください」


 パールが私の気持ちを代弁して……というか、たぶん同じ気持ちで、オリガを気遣った。衝撃的なフレイヤと私は今日限りの出会いだけれど、彼女は長い付き合いになる。気の毒だ……。


「その……差し出がましいようですが、血縁関係にないあなたがこの先ずっとレディ・フレイヤの保護監督を務めるのですか?」


 気の毒だ。


「そもそも教会に預けられた元孤児なら教会にお返しする事も可能だ。あの状態では、誰かの世話が必要です。あなた方母子が人生を捧げる必要はない」


 パールも気の毒に思っている。


「私もフレイヤも正式に養父の養子になっておりますので」


 オリガは冷静に答えた。
 聡明な美に滲む冷静な覚悟が、胸を打った。

 気の毒すぎる。


「家の問題に巻き込んでしまい、申し訳ありませんでした。お心遣い感謝いたします。妹の事は、こちらで対処いたします」

「両親のどちらかひとりでも生きていたり、その親族に預ける等……」

「いいえ」


 オリガが微笑んだ。
 含みのある、美しくも奇妙な微笑みだった。


「生みの親を探すために養父の私財を費やすわけにはまいりません」

「……」


 それもそうだ。

 そんな事をしたら。
 そんな事ができるならば。

 オリガの父親を暴かなくては、筋が通らなくなる。


「では、これで」


 丁寧に最後の会釈を済ませ、オリガは去った。
 しばらくその凛とした後ろ姿を眺めて、私とパールは同じ結論を得た。


「壮絶な人生を垣間見たな」

「ええ」


 私たちは平和な仲良し夫婦なので、新鮮かつ驚愕な現実。凡人には計り知れないなにかが、はっきりと存在しているのを目の当たりにし……


「私たち、幸せね」


 つい、そんな事を呟いてしまった。

 そしてその幸せを壊すためフレイヤが暴走する事を、この時、私たちはまだ知る由もなかった。この事件は、さらなる事件のはじまりに過ぎなかったのだ。
しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

母が病気で亡くなり父と継母と義姉に虐げられる。幼馴染の王子に溺愛され結婚相手に選ばれたら家族の態度が変わった。

window
恋愛
最愛の母モニカかが病気で生涯を終える。娘の公爵令嬢アイシャは母との約束を守り、あたたかい思いやりの心を持つ子に育った。 そんな中、父ジェラールが再婚する。継母のバーバラは美しい顔をしていますが性格は悪く、娘のルージュも見た目は可愛いですが性格はひどいものでした。 バーバラと義姉は意地のわるそうな薄笑いを浮かべて、アイシャを虐げるようになる。肉親の父も助けてくれなくて実子のアイシャに冷たい視線を向け始める。 逆に継母の連れ子には甘い顔を見せて溺愛ぶりは常軌を逸していた。

【完結】冷遇・婚約破棄の上、物扱いで軍人に下賜されたと思ったら、幼馴染に溺愛される生活になりました。

えんとっぷ
恋愛
【恋愛151位!(5/20確認時点)】 アルフレッド王子と婚約してからの間ずっと、冷遇に耐えてきたというのに。 愛人が複数いることも、罵倒されることも、アルフレッド王子がすべき政務をやらされていることも。 何年間も耐えてきたのに__ 「お前のような器量の悪い女が王家に嫁ぐなんて国家の恥も良いところだ。婚約破棄し、この娘と結婚することとする」 アルフレッド王子は新しい愛人の女の腰を寄せ、婚約破棄を告げる。 愛人はアルフレッド王子にしなだれかかって、得意げな顔をしている。

私の何がいけないんですか?

鈴宮(すずみや)
恋愛
 王太子ヨナスの幼馴染兼女官であるエラは、結婚を焦り、夜会通いに明け暮れる十八歳。けれど、社交界デビューをして二年、ヨナス以外の誰も、エラをダンスへと誘ってくれない。 「私の何がいけないの?」  嘆く彼女に、ヨナスが「好きだ」と想いを告白。密かに彼を想っていたエラは舞い上がり、将来への期待に胸を膨らませる。  けれどその翌日、無情にもヨナスと公爵令嬢クラウディアの婚約が発表されてしまう。  傷心のエラ。そんな時、彼女は美しき青年ハンネスと出会う。ハンネスはエラをダンスへと誘い、優しく励ましてくれる。 (一体彼は何者なんだろう?)  素性も分からない、一度踊っただけの彼を想うエラ。そんなエラに、ヨナスが迫り――――? ※短期集中連載。10話程度、2~3万字で完結予定です。

婚約破棄させてください!

佐崎咲
恋愛
「ユージーン=エスライト! あなたとは婚約破棄させてもらうわ!」 「断る」 「なんでよ! 婚約破棄させてよ! お願いだから!」 伯爵令嬢の私、メイシアはユージーンとの婚約破棄を願い出たものの、即座に却下され戸惑っていた。 どうして? 彼は他に好きな人がいるはずなのに。 だから身を引こうと思ったのに。 意地っ張りで、かわいくない私となんて、結婚したくなんかないだろうと思ったのに。 ============ 第1~4話 メイシア視点 第5~9話 ユージーン視点  エピローグ ユージーンが好きすぎていつも逃げてしまうメイシアと、 その裏のユージーンの葛藤(答え合わせ的な)です。 ※無断転載・複写はお断りいたします。

婚約を解消してくれないと、毒を飲んで死ぬ? どうぞご自由に

柚木ゆず
恋愛
 ※7月25日、本編完結いたしました。後日、補完編と番外編の投稿を予定しております。  伯爵令嬢ソフィアの幼馴染である、ソフィアの婚約者イーサンと伯爵令嬢アヴリーヌ。二人はソフィアに内緒で恋仲となっており、最愛の人と結婚できるように今の関係を解消したいと考えていました。  ですがこの婚約は少々特殊な意味を持つものとなっており、解消するにはソフィアの協力が必要不可欠。ソフィアが関係の解消を快諾し、幼馴染三人で両家の当主に訴えなければ実現できないものでした。  そしてそんなソフィアは『家の都合』を優先するため、素直に力を貸してくれはしないと考えていました。  そこで二人は毒を用意し、一緒になれないなら飲んで死ぬとソフィアに宣言。大切な幼馴染が死ぬのは嫌だから、必ず言うことを聞く――。と二人はほくそ笑んでいましたが、そんなイーサンとアヴリーヌに返ってきたのは予想外の言葉でした。 「そう。どうぞご自由に」

婚約解消したはずなのに、元婚約者が嫉妬心剥き出しで怖いのですが……

マルローネ
恋愛
伯爵令嬢のフローラと侯爵令息のカルロス。二人は恋愛感情から婚約をしたのだったが……。 カルロスは隣国の侯爵令嬢と婚約をするとのことで、フローラに別れて欲しいと告げる。 国益を考えれば確かに頷ける行為だ。フローラはカルロスとの婚約解消を受け入れることにした。 さて、悲しみのフローラは幼馴染のグラン伯爵令息と婚約を考える仲になっていくのだが……。 なぜかカルロスの妨害が入るのだった……えっ、どういうこと? フローラとグランは全く意味が分からず対処する羽目になってしまう。 「お願いだから、邪魔しないでもらえませんか?」

【完結】契約結婚の妻は、まったく言うことを聞かない

あごにくまるたろう
恋愛
完結してます。全6話。 女が苦手な騎士は、言いなりになりそうな令嬢と契約結婚したはずが、なんにも言うことを聞いてもらえない話。

某国王家の結婚事情

小夏 礼
恋愛
ある国の王家三代の結婚にまつわるお話。 侯爵令嬢のエヴァリーナは幼い頃に王太子の婚約者に決まった。 王太子との仲は悪くなく、何も問題ないと思っていた。 しかし、ある日王太子から信じられない言葉を聞くことになる……。

処理中です...