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4 私生児と孤児
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「晩年……」
パールが気になったのは、そこなの?
「はい。養父が母と結婚した時も既に晩年でしたが、長生きでしたので」
「御葬儀に間に合わず申し訳ありませんでした。遅ればせながら、心よりお悔やみ申し上げます。立派な方でした」
私の口から突如弔辞が滑り出た。
今、そんな場合かどうか、もうよくわからない。
「とんでもありません。皆様ミューバリ侯爵のお招きで遠方にいらっしゃったので当然です。私どもはお詫び頂く立場ではないと認識しております。それより」
そう、それよりよね。
「妹は少し……独特な感性を持っておりまして。とても慕っていた養父の死が、その感性を刺激してしまったようで……」
それは大変。
ただ迷惑だと跳ねのけるのも、若干躊躇われる事情だわ。
「ですが、私たち母子で見ておりますので、二度とこのような事はありません」
「まあ、事情が事情ですから。そう畏まらないでください」
パールの思いやりに私も賛成。
オリガは生まれも厳しく、現在は血の繋がらない妹によって立場も厳しくなりつつある。そしてそれは、彼女が生きている限り続くのだ。
「レディ・オリガ。私は大丈夫ですから」
私は彼女の腕にふれ、体を起こしてもらった。
「大変でしたね。今もいろいろと大変でしょうけれど。私たちにできる事があったら、なんでも相談してくださいね」
「えっ、ヴェロニカ?」
パールがこちらを凝視した。
そうよね。
誰かが手を差し伸べるとしても、たぶん、私じゃなかったはずよね。
「いいえ、そんな。とんでもありません。二度と御迷惑はおかけいたしません」
オリガが再び深く膝を折って頭を垂れた。
「……」
この令嬢の祖父はアルメアン侯爵。
父親が不明だとしても、そこは確か。
「……」
微妙な気持ち。
「畏まらないでください」
お願いするしかない。
「事情はわかりましたから。今日の事は、どうか気にしないでください」
パールが私の気持ちを代弁して……というか、たぶん同じ気持ちで、オリガを気遣った。衝撃的なフレイヤと私は今日限りの出会いだけれど、彼女は長い付き合いになる。気の毒だ……。
「その……差し出がましいようですが、血縁関係にないあなたがこの先ずっとレディ・フレイヤの保護監督を務めるのですか?」
気の毒だ。
「そもそも教会に預けられた元孤児なら教会にお返しする事も可能だ。あの状態では、誰かの世話が必要です。あなた方母子が人生を捧げる必要はない」
パールも気の毒に思っている。
「私もフレイヤも正式に養父の養子になっておりますので」
オリガは冷静に答えた。
聡明な美に滲む冷静な覚悟が、胸を打った。
気の毒すぎる。
「家の問題に巻き込んでしまい、申し訳ありませんでした。お心遣い感謝いたします。妹の事は、こちらで対処いたします」
「両親のどちらかひとりでも生きていたり、その親族に預ける等……」
「いいえ」
オリガが微笑んだ。
含みのある、美しくも奇妙な微笑みだった。
「生みの親を探すために養父の私財を費やすわけにはまいりません」
「……」
それもそうだ。
そんな事をしたら。
そんな事ができるならば。
オリガの父親を暴かなくては、筋が通らなくなる。
「では、これで」
丁寧に最後の会釈を済ませ、オリガは去った。
しばらくその凛とした後ろ姿を眺めて、私とパールは同じ結論を得た。
「壮絶な人生を垣間見たな」
「ええ」
私たちは平和な仲良し夫婦なので、新鮮かつ驚愕な現実。凡人には計り知れないなにかが、はっきりと存在しているのを目の当たりにし……
「私たち、幸せね」
つい、そんな事を呟いてしまった。
そしてその幸せを壊すためフレイヤが暴走する事を、この時、私たちはまだ知る由もなかった。この事件は、さらなる事件のはじまりに過ぎなかったのだ。
パールが気になったのは、そこなの?
「はい。養父が母と結婚した時も既に晩年でしたが、長生きでしたので」
「御葬儀に間に合わず申し訳ありませんでした。遅ればせながら、心よりお悔やみ申し上げます。立派な方でした」
私の口から突如弔辞が滑り出た。
今、そんな場合かどうか、もうよくわからない。
「とんでもありません。皆様ミューバリ侯爵のお招きで遠方にいらっしゃったので当然です。私どもはお詫び頂く立場ではないと認識しております。それより」
そう、それよりよね。
「妹は少し……独特な感性を持っておりまして。とても慕っていた養父の死が、その感性を刺激してしまったようで……」
それは大変。
ただ迷惑だと跳ねのけるのも、若干躊躇われる事情だわ。
「ですが、私たち母子で見ておりますので、二度とこのような事はありません」
「まあ、事情が事情ですから。そう畏まらないでください」
パールの思いやりに私も賛成。
オリガは生まれも厳しく、現在は血の繋がらない妹によって立場も厳しくなりつつある。そしてそれは、彼女が生きている限り続くのだ。
「レディ・オリガ。私は大丈夫ですから」
私は彼女の腕にふれ、体を起こしてもらった。
「大変でしたね。今もいろいろと大変でしょうけれど。私たちにできる事があったら、なんでも相談してくださいね」
「えっ、ヴェロニカ?」
パールがこちらを凝視した。
そうよね。
誰かが手を差し伸べるとしても、たぶん、私じゃなかったはずよね。
「いいえ、そんな。とんでもありません。二度と御迷惑はおかけいたしません」
オリガが再び深く膝を折って頭を垂れた。
「……」
この令嬢の祖父はアルメアン侯爵。
父親が不明だとしても、そこは確か。
「……」
微妙な気持ち。
「畏まらないでください」
お願いするしかない。
「事情はわかりましたから。今日の事は、どうか気にしないでください」
パールが私の気持ちを代弁して……というか、たぶん同じ気持ちで、オリガを気遣った。衝撃的なフレイヤと私は今日限りの出会いだけれど、彼女は長い付き合いになる。気の毒だ……。
「その……差し出がましいようですが、血縁関係にないあなたがこの先ずっとレディ・フレイヤの保護監督を務めるのですか?」
気の毒だ。
「そもそも教会に預けられた元孤児なら教会にお返しする事も可能だ。あの状態では、誰かの世話が必要です。あなた方母子が人生を捧げる必要はない」
パールも気の毒に思っている。
「私もフレイヤも正式に養父の養子になっておりますので」
オリガは冷静に答えた。
聡明な美に滲む冷静な覚悟が、胸を打った。
気の毒すぎる。
「家の問題に巻き込んでしまい、申し訳ありませんでした。お心遣い感謝いたします。妹の事は、こちらで対処いたします」
「両親のどちらかひとりでも生きていたり、その親族に預ける等……」
「いいえ」
オリガが微笑んだ。
含みのある、美しくも奇妙な微笑みだった。
「生みの親を探すために養父の私財を費やすわけにはまいりません」
「……」
それもそうだ。
そんな事をしたら。
そんな事ができるならば。
オリガの父親を暴かなくては、筋が通らなくなる。
「では、これで」
丁寧に最後の会釈を済ませ、オリガは去った。
しばらくその凛とした後ろ姿を眺めて、私とパールは同じ結論を得た。
「壮絶な人生を垣間見たな」
「ええ」
私たちは平和な仲良し夫婦なので、新鮮かつ驚愕な現実。凡人には計り知れないなにかが、はっきりと存在しているのを目の当たりにし……
「私たち、幸せね」
つい、そんな事を呟いてしまった。
そしてその幸せを壊すためフレイヤが暴走する事を、この時、私たちはまだ知る由もなかった。この事件は、さらなる事件のはじまりに過ぎなかったのだ。
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