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10 雪の砦にご用心

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 夏の幼馴染キャンプならまた話は違うのだろうけれど、寒いし、ひとりはもう風邪をひいていたから、それぞれ寝酒で体を温めてまともな時間にベッドに入った。

 それにしても、冬って寒いわ。
 30キロの脂肪があれば、もう少しましかもしれない。


「……」


 津々と雪の降り積もる夜。
 一度は落ちかけた眠りから、ふと覚めた。

 ベッドに、人が座っている。


「──」


 一捻りにするスイッチが入った瞬間、口を塞がれた。


「!」

「しっ」


 ダニエルだった。
 夜這いでもあるまいし、キャロルになにかあったのだろうか。

 肘をついて浅く起きあがると、ちょうどダニエルの顔が寄ってきて囁かれた。


「(誰かいる)」

「……」


 寝起きでも、意味はわかる。
 夜盗だ。


「(厨房と地下室に、ひとりずつ)」


 大きな掌の下で頷いて、冷静である事を伝えた。
 口が自由になると同時に体を起こす。


「(キャロルは?)」

「(ジョシュアとクローゼットに隠れた。部屋に、チャーリーがいる。チャーリーは狩りが得意)」


 銃を使えるという意味。
 ダニエルが本能で妹を任せると決めた男ふたりなら、私も信じよう。


「(こっち見ないで。着替える)」

「(わかった)」


 どうせ暗くて見えないけど、一応、淑女の嗜みだ。
 動きやすい男装に着替え、手早く髪を編む。寒い事を除けば勝算はこちらにあった。砂が雪に変わっただけだ。

 強盗も運が悪い。
 私たちの砦に攻め入るなんて。

 それとも、逆に運がいいのかしら?
 人を殺さず、物も盗らず、罪を犯せない場所へ入れるのだから。

 
「(行くわ)」

「(ああ)」


 肩を叩き合い、二手に分かれた。

 ダニエルに大きな体の使い方を教えたのは、父だ。
 私を育てたのも、父。
 兄がいたら最高だったけれど、もうふたりでやれる。


「……」


 気配を消して侵入者の居場所を探り、距離を詰める。
 ダニエルはふたりと言っていたけれど、ひとりは居間に移ったようだ。金目の物が欲しいなら、寝室の旅行鞄まで狙うだろう。常習犯だったら少し厄介かもしれない。殺して奪う事に慣れている逃亡犯だったら……

 まあ、一捻りだ。

 そのとき、爆音が夜の闇を裂いた。


「ふぇっくしゅん!」

「!?」


 2階の寝室から盛大なくしゃみが聞こえると、強盗らしき人影が鼻で笑った。それだけで、情けは無用だとわかる。家人が起きていても、焦りもしなければ恐れもしない。むしろ相手の存在を楽しんですらいるようだ。
 これは、私たちを殺す気で来ている。


「……」


 もしかすると、近くの山荘には既に冷たい死体が転がっているのかもしれない。闘志が冴える。駆逐すべき敵に、体の芯から火があがる。

 先に乱闘を始めたのはダニエルだった。
 地下と厨房を物色し終えて、強盗のひとりは階段をあがったらしい。くしゃみが呼んだのか、くしゃみがなくてもそのつもりだったのか。


「うぇっくしょん! へっくしょん! ……へぇーっくしょん!!」


 ジョシュアが、あの上品な顔でくしゃみを連発していると思うと……
 絶対、キャロルに、うつったわ。

 
「ふ、情けないヤツだ」


 もうひとりの強盗は、くしゃみに気を取られてまだ私に気づかない。


「ふんっ」

「え──ぐはっ!」


 顔面にぶち込んでやった。


「なんだテメェ!」


 訊かれる筋合いもない。

 よろめいた体を素早く起こして飛び掛かってきたのは、私より少し小さな男だった。襟首を掴まれる。鳩尾を突いてやる。


「うっ」


 脛も蹴る。


「ぎっ!」


 襟首にかかる手が緩んだ。
 だから、相手の襟首を掴んだらどうするべきかを教えてやった。

 
「んな……っ!?」


 襟首を掴んだら、遠心力を利かせてから、相手の頭をどこか堅い場所へ打ち付ける。あまり値打ちのある調度品を壊したくない。私は素直に安楽椅子の背めがけて、強盗の頭を打ちおろした。


「ぎへあっ」

「おい! 逃げるぞ! ここはバケモンの住処だった!!」


 廊下を駆けていく男の声は、酒か煙草か知らないけれど、醜く嗄れている。


「……」


 ダニエル、取り逃がしたのね。
 目の前で立ちあがりかけた男は、追い込まれて力が沸いたのか猛烈な勢いで襲いかかってきた。


「!?」


 信じられない事が起きた。
 絶対に負けるわけなかったのに、一瞬、避けるのが遅れたのだ。

 突き飛ばされて、棚に激しくぶつかった。
 酒瓶が肩に落ちてそこそこ痛い。

 
「……くっ」


 なんて事。
 この私が、逃がすなんて。

 
「くっそ、寒い……!」


 むかつくわ。

 絨毯に転がった酒瓶を適当に掴んで栓を抜き、一口煽った。
 忽ちメラメラと燃えて調子が戻る。

 走り去った強盗を追って玄関まで来た私を、ダニエルがぬらりと追い越した。外は2階の灯りが洩れて雪に反射し、意外なほどよく見えた。窓が開き、キャロルの声援とジョシュアのくしゃみが降ってくる。

 駆けていく強盗。
 

「ふんっ」


 ダニエルが、酒樽を放る。

 
「ぎゅふ!」
 

 命中。

 強盗のひとりは伸び、ひとりは相棒を助け起こそうと屈んだ。
 私も相棒と走りだした。突進する私たちを見て、強盗はぽかんとしてから悲鳴をあげた。それを容赦なく腹這いにさせて跨り、後手に抑えたのはダニエルだった。


「たっ、頼む……命だけは……!」


 私は酒を煽り、残りを強盗の頭に注いだ。
 あとはダニエルの低い囁きだけで、充分だった。 


「相手が悪かったな。こいつは将軍のお嬢さんだ」

「おっ、女……!?」

「火をつけてあげてもいいのよ」


 この捕り物が新聞に載り、私たちは表彰されて、人気者になり──ますます求婚が殺到するようになった。それはダニエルも同じ。なんと3人もの公爵令嬢から逆求婚されているという噂が届いた頃、私もまた、あの公爵様の襲撃を受けていた。
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