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8 恋愛結婚

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「ちょっと! お兄様の分際でオーロラに巻きつかれてるんじゃないわよ!」


 キャロルが私の腕をぐいっと引いた。
 私は笑いながら相手をダニエルからキャロルに変えて、華奢な肩に腕を回す。


「見たわよ、お姫様」

「そう、紹介するわ。オーロラ、ジョシュアよ。ジョシュア、オーロラよ」

「お初にお目にかかります」


 ジョシュア・ノリスは細身で背の高い美丈夫だった。私より若干小さいくらい。
 そして彼を表す言葉は、慈愛、柔和、誠実などになる。見るからに優しくて善良な若い子爵は、とても礼儀正しく私に挨拶をしてくれた。

 キャロルの相手として、これはたしかに最高だわ。

 私たちは挨拶を済ませると、ぞろぞろと食事の並ぶテーブルのほうへ向かった。
 興奮しているキャロルに対し、ジョシュアはずっと頬を染めて照れている。


「婚約披露パーティーを急がなくちゃいけないわ。そうしないと結婚式が先延ばしになるでしょう? 早くしないとノーマが妊娠するもの」

「ノーマって?」

「ヘイデンがチャーリーから奪った大富豪のお嬢様よ!」

「大富豪って?」


 最後尾のダニエルをふり返る。


「聞いて驚け。ノーマはあのダンフォード造船所の一人娘」

「!?」


 私は、思わず口をあけて立ち止まった。
 今ダンフォード造船所を知らない人間はいない。経営者は最も成功している商人のひとりで、男爵の爵位も授与された。最近も豪華客船を発表して世間を賑わせたばかりだ。


「チャーリー、大物を釣ったわね」

「叩くな」


 チャーリーが睨む。


「弟に奪われたけど」

「言ってやるな」


 ダニエルが笑う。


「ノーマはとてもピアノが上手いのよ。だからヘイデンとはお似合いなの」


 キャロルがふたつの結婚──既にされた結婚と、これから自分がする結婚──に興奮したまま、甲高い声で燥いでいる。
 

「ねえ、ジョシュア。私たちのパーティーでふたりに演奏してもらえないかしら」

「きっと喜んで引き受けてくれるよ」

「そうよね! 急がなきゃ!!」

「聞いて。結婚といえば、さっきチャーリーが」


 私が言いかけると、チャーリーがまるで苦手な虫から逃げるかのように弱り切った顔で距離を取った。


「やめてくれ」

「なに? また大富豪に求婚したの? オーロラ、この人すごく古臭いの。政略結婚しか興味ないのよ」

「ははん、そういう事。国庫に手を出そうとしたのね」


 私はチャーリーをじっとりと見つめた。


「え!?」


 大きな可愛い目をぱっちり見開いたキャロルから、奇声があがる。


「えええっ!?」

「チャーリー・ハズウェル。あなたの狙いは、私を通して父と兄に顔を売る事ね。そうでしょう。大胆かつ姑息だわ。公爵から婚約破棄されたのを機にダイエットを成し遂げた私の強さを褒めたけど、私が強いのは当たり前だって知ってたんじゃない」

「オーロラ嬢」


 チャーリーが姿勢を正し、鋭利な一瞥をくれる。
 骨のあるところは好感触だ。


「なに」

「俺はダンフォード造船所の共同経営権を得た。いずれ全て相続する。最新鋭の潜水艦を御父上や兄上、延いては国王に進呈できる」


 びっくりするくらい、ロマンチックじゃない誘いだわ。


「色気がない」

「なっ」


 驚愕したチャーリーをみんなで笑って、振り向くとそこに微妙な顔をしたダニエルがいた。


「どうしたの? お腹痛い?」

「いや。最近じゃあ恋愛結婚が主流になりつつあるのに、やっぱり結婚は政治って奴がこんな身近にいるんだなぁと思って」

「野心があるのはいい事よ。私だって、父のためにいい家柄の貴族と結婚したいもの。そのために痩せたし」

「……」


 ダニエルが拗ねた。
 

「お兄様、オーロラと結婚しようなんて高望みもいいところよ。チャーリーも」


 キャロルが浮かれた調子で言って、ジョシュアの腕に絡みついた。
 お似合いのふたりに、私も目尻が下がってしょうがない。


「恋愛結婚で幸せになる人はすればいいのよ。キャロル、婚約おめでとう」


 屈んで頬にキスをする。
 そして花嫁姿のキャロルを想像して、私も奇声をあげ震えた。


「くうぅぅぅぅぅっ!」


 可愛すぎた。
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