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9 訪れた試練に祝福を

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 彼はしばらくしてから「もしかして……」と前置きをすると、シェンバリ伯爵フィリップ・タールフェルト卿である事を打ち明けてくれた。


「それは……まさか、あなた、年上でしたのね」

「ええ、無駄に若作りな顔は不可抗力です。二親が童顔なので」

「うらやましい」

「男だと難しい所ですよ。幼い時分には嗜好品としてつけ狙われ、心を閉ざしたまま結婚適齢期を逃しましてね」

「ご苦労様」

「最近は年齢を聞いた御令嬢の顔がサッと冷たくなる、つまり『ひっこめジジイ』と内心蔑まれている事もしばしば」

「見る目がないお子ちゃまですわ」

「あなたの麗しい無表情は最高です」

「まあ。お褒め頂き光栄です。実は妹のユリアーナも全く同じ顔で、ところがあの子は表情が豊かな上に気性が荒く──」

「チェックメ──」

「待った! ぜひ、お待ちになって」


 というような具合に、親睦を深め続けた。

 晩餐会が終わり、十日も過ぎた頃だった。
 シェンバリ伯爵がトイファー伯爵家を訪ねてくると、父と数分話し込んでから私を呼んだ。


「まあ、ようこそ。チェスのお相手がいなくてムズムズしていましたの。心からお待ち申し上げておりました」

「お役に立ちましょう。レディ・エルミーラ、結婚してください」

「お待ち申し上げておりました」


 初めて言葉を交わした瞬間から、私たちの間には何かがあった。 


「んまあっ!」


 ビルギッタと彼の間でも、何かがあった。


「同じような方がいらっしゃるものなんですねぇ!」

「ええ、気が合うの」

「そうして並んでジッ……とこちらを見つめる表情なんて、もうっ、まるで一枚の奇妙な絵画みたいですよ! あっ、もちろん素晴らしく素敵という意味でッ!!」

「愉快な婦人だ。よろしく」

「ええ! あなた様をお嬢様と思って誠心誠意お仕えいたしますともッ!! 命までは掛けませんけれど、言わずもがなですよねぇ!?」

「大切なレディ・エルミーラの大切な人物とあらば、この私が二人まとめてお守りいたしますとも」

「んまぁっ! んまぁっ! んまぁっ!」


 それからというもの、私がシェンバリ伯爵家へ伺い、シェンバリ伯爵がこちらへ来る、そして頻繁に揃って外出する、などと浮かれて過ごした。
 婚約発表はシェンバリ伯爵家の晩餐会でという事で落ち着いた。


「妹君はどうする?」

「通常、婚約者を奪った妹と元婚約者という夫妻なんて、生涯顔も見たくないと憤激し続けるものよ」

「では君の気持ちを汲んで招待しない」

「ええ。本心はとても会いたいわ」

「私も会いたい」

「お芝居って苦手」


 私たちは婚約した。
 極自発的な気遣いという風潮によって、誰もアルビン伯爵家のアの字も出さず、非常に清々しい祝福を浴びたものだ。

 母だけは、


「呪いよ……っ」


 と物陰から泣いたものの、


「(ジッ)……」


 ビルギッタが無表情及び沈黙で攻める技を習得し、場合によっては私・シェンバリ伯爵・ビルギッタの三段構えで黙って見つめ、震えあがらせて撃退したので問題ない。

 どちらかというとシェンバリ伯爵が足繁く通ってくれて、すっかり我が家の一員になったある夏の夕暮れ。


「おかあたまぁ~っ♪」


 ユリアーナ帰還。
 なぜか私ではなく母を求めて玄関広間を駆け抜け、大階段を駆け上り、見事なほど高い耳障りな声で母を呼びながら屋敷内を探し回っている。それが彼女の策略なのだという事は、苛ついた様子の義愚弟ベリエスを見れば察しがつくというもの。


「あれが噂の」

「隠れてて」

「さ、こちらへ」


 ベリエスに興味を示したフィリップをビルギッタに託し、私は玄関広間で対峙した。かつての婚約者であり、現在は義弟となった、つまらないアホと。


「お久しぶり」

「君の妹はちょっと頭がおかしいんじゃないか!?」


 挨拶もそこそこに、ベリエスは憤懣やる方ない思いを私にぶつけ始めた。


「1年だ! 結婚して1年になるというのに、後継ぎが生まれない!!」

「もうそんなに?」


 こちらはこちらで楽しく過ごしていたので、気づかなかった。
 そういえば、もう、1年ほど……経ったかも。


「生まれないはずだ! できないんだから! なぜできないかって!? 子作りしないからだッ!!」


 玄関広間だという事を弁えてほしい。
 けれど、無理な相談ね。相手はベリエス。


「なぜだと思う!? 君の、妹がっ、コウノトリ信者だからだッ!」

「落ち着いて。新しいメイドが怯えてる」

「黙って聞け! いいか? よく聞けよ? 君の、妹は、コウノトリを信じてるぞ!」

「なるほど。ユリアーナはコウノトリを信じているのね。心得ました」

「コウノトリだッ!!」


 よほど衝撃だったのね。
 この先、口を狭間ずに何度〝コウノトリ〟と言うか数えてみよう。


「僕は妻を愛そうとするたびに『ぴぎゃぁ~~~ッ!!』って叫ばれる! キスの途中で舌を入れれば『オエッ』って吐かれる! それから『私をお食べになるのっ? 悪魔に憑りつかれてしまったんだわッ!! ぅわあぁぁぁぁぁんっ!!』って何日も泣かれる!! 気が狂いそうだッ!!」


 いいわ、ユリアーナ。
 順調ね。

 でも、コウノトリの出番は終わったみたい。
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