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4 身も心も(※妹視点)
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「否。私はエレオノーラと結婚しますよ、サント卿」
リーヴァ伯爵フェルモ・アリエンツォ卿は毅然と言い放った。
物腰が穏やかで、年長者の父を立てていた彼が見せた、初めての雄々しさだった。
「な……! いやいや、あれはもう使い物になりません」
父が慌てて言うと、リーヴァ卿があからさまに顔を顰めた。
それもそのはず。彼は姉を深く愛している。
「このオクタヴィアは、エレオノーラほどではなくても一応は美人ですし? 隣に置いておくには充分かと思います。だいたい、あの醜い火傷に比べれば、この顔は薔薇か宝石とでも言うものですよ! ハッハッハッ!」
頭のおかしい父には言わせておいて。
心で白い目を向けながら、伯爵ふたりの会話を見守る。
「それに、これでも女ですから。亡き妻に似た美貌の娘を生むかもしれません。そうすれば王家に嫁ぐのも夢じゃあないかもしれませんぞ! いやぁ、悪い時代でした。今は姫ばかりですから。どこぞの国か、有力貴族の次男三男を婿に入れるという話を聞きました。どうぞ男女両方満遍なく生ませてください。美貌には恵まれた血筋です。5人でも10人でも、数が多ければどれかは大当たりするでしょう」
「ああ、虫唾が走る」
「えっ?」
リーヴァ卿が席を立つと、父は目をぱちくりさせた。可愛さの欠片もない。
「貴殿は以前から、エレオノーラがそこにいないかのように人格を無視するような振る舞いをしていた。とても気掛りだったが、オクタヴィアがついているし、結婚すれば私の庇護下で悠々と暮らせるから辛抱しようと思ってきた。だが限界だ」
「リーヴァ卿? でっ、ですから、代わりにこのオクタヴィアを差し上げます。それでなんとか、勘弁してくださいませんか」
「オクタヴィアとは結婚しません。また『差し上げる』とは不適切極まりない表現だ。彼女たちは物ではない。顔の疵がなんです? 生きてさえいてくれれば、それでいいのです。報せを受けて急いで来てみれば、花嫁を挿げ替えようだなんて愚かな提案。不愉快だ。だが、こうしてはいられない。オクタヴィア、エレオノーラのところへ案内してくれ」
「畏まりました、リーヴァ卿」
なにを隠そう、リーヴァ卿に報せを送ったのはこの私。
颯爽と立ちあがり未来の義兄に侍る。
「おっ、オクタヴィア!? どういうつもりだ!?」
どうもこうも、父の性格の悪さと姉の美貌は噂の的だ。なんなら母の不遇でさえ、今でも語り継がれている。
エリザベッタは酷い男と結婚した、だから早死にした。
なんて可哀想なエレオノーラ。でもいい結婚相手が見つかってよかった。
妹のほう(つまり私)は人格的に母方の血が濃く出てまともでよかった。
サント伯ドナート卿は害虫のような男だ死ねばいい。
等々。
かつて幼い私に母は言った。
──いくら外見を磨いても、心が塵屑のような人間の傍にいては宝の持ち腐れ。使い潰されて要らなくなったら捨てられる。美しいだけでは駄目。優しくても駄目、それは悪の前に無力。あなたは賢くなりなさい。愛は常に、共にあるのだから。
この『愛』というのは、まさに慈愛に満ちた姉エレオノーラの事。
姉を愛しているかは、正直よくわからない。けれど姉のいない人生は考えられない。日々なにげない言葉を交わし、寄り添って生きていくだけ。それだけで活力になる稀有な存在である事は間違いない。
「なぜ黙っている!?」
返事をしない事が意外かしら、お父様。
許せないかしら、お父様。
だけど、だけど、だけど。
世の中を支配するのが男だとすれば、父という男は底に穴の開いた飾り立てた舟。もしくは泥舟。汚物として遠巻きに見られた後に目を背けられ、更に見た者の嫌悪を掻き立てる忌むべき存在。許されない存在。必要悪ですらない。
その庇護下でしか生きていけない令嬢という立場だったけれど、姉が身も心も清らかな人に出会って愛されて心底安心できましたから、もう従う意味もないというものですのよ。
おわかりかしら?
お父様。
でもまだ油断できない。
姉が正式にリーヴァ伯爵夫人となるまで、この戦場を抜けるわけにはいかない。
「申し訳ありません、お父様。少し、心が乱れてしまいました」
「しっかりしろ!」
「ですが、リーヴァ卿はお姉様とご結婚される意思に変わりはないとの事。私は身を引きます。そしてリーヴァ卿をお姉様のお部屋へご案内いたします」
もう父の返事を待つ必要はなかった。
リーヴァ卿が私の肩甲骨辺りに触れ、退室を促している。
リーヴァ伯爵フェルモ・アリエンツォ卿は毅然と言い放った。
物腰が穏やかで、年長者の父を立てていた彼が見せた、初めての雄々しさだった。
「な……! いやいや、あれはもう使い物になりません」
父が慌てて言うと、リーヴァ卿があからさまに顔を顰めた。
それもそのはず。彼は姉を深く愛している。
「このオクタヴィアは、エレオノーラほどではなくても一応は美人ですし? 隣に置いておくには充分かと思います。だいたい、あの醜い火傷に比べれば、この顔は薔薇か宝石とでも言うものですよ! ハッハッハッ!」
頭のおかしい父には言わせておいて。
心で白い目を向けながら、伯爵ふたりの会話を見守る。
「それに、これでも女ですから。亡き妻に似た美貌の娘を生むかもしれません。そうすれば王家に嫁ぐのも夢じゃあないかもしれませんぞ! いやぁ、悪い時代でした。今は姫ばかりですから。どこぞの国か、有力貴族の次男三男を婿に入れるという話を聞きました。どうぞ男女両方満遍なく生ませてください。美貌には恵まれた血筋です。5人でも10人でも、数が多ければどれかは大当たりするでしょう」
「ああ、虫唾が走る」
「えっ?」
リーヴァ卿が席を立つと、父は目をぱちくりさせた。可愛さの欠片もない。
「貴殿は以前から、エレオノーラがそこにいないかのように人格を無視するような振る舞いをしていた。とても気掛りだったが、オクタヴィアがついているし、結婚すれば私の庇護下で悠々と暮らせるから辛抱しようと思ってきた。だが限界だ」
「リーヴァ卿? でっ、ですから、代わりにこのオクタヴィアを差し上げます。それでなんとか、勘弁してくださいませんか」
「オクタヴィアとは結婚しません。また『差し上げる』とは不適切極まりない表現だ。彼女たちは物ではない。顔の疵がなんです? 生きてさえいてくれれば、それでいいのです。報せを受けて急いで来てみれば、花嫁を挿げ替えようだなんて愚かな提案。不愉快だ。だが、こうしてはいられない。オクタヴィア、エレオノーラのところへ案内してくれ」
「畏まりました、リーヴァ卿」
なにを隠そう、リーヴァ卿に報せを送ったのはこの私。
颯爽と立ちあがり未来の義兄に侍る。
「おっ、オクタヴィア!? どういうつもりだ!?」
どうもこうも、父の性格の悪さと姉の美貌は噂の的だ。なんなら母の不遇でさえ、今でも語り継がれている。
エリザベッタは酷い男と結婚した、だから早死にした。
なんて可哀想なエレオノーラ。でもいい結婚相手が見つかってよかった。
妹のほう(つまり私)は人格的に母方の血が濃く出てまともでよかった。
サント伯ドナート卿は害虫のような男だ死ねばいい。
等々。
かつて幼い私に母は言った。
──いくら外見を磨いても、心が塵屑のような人間の傍にいては宝の持ち腐れ。使い潰されて要らなくなったら捨てられる。美しいだけでは駄目。優しくても駄目、それは悪の前に無力。あなたは賢くなりなさい。愛は常に、共にあるのだから。
この『愛』というのは、まさに慈愛に満ちた姉エレオノーラの事。
姉を愛しているかは、正直よくわからない。けれど姉のいない人生は考えられない。日々なにげない言葉を交わし、寄り添って生きていくだけ。それだけで活力になる稀有な存在である事は間違いない。
「なぜ黙っている!?」
返事をしない事が意外かしら、お父様。
許せないかしら、お父様。
だけど、だけど、だけど。
世の中を支配するのが男だとすれば、父という男は底に穴の開いた飾り立てた舟。もしくは泥舟。汚物として遠巻きに見られた後に目を背けられ、更に見た者の嫌悪を掻き立てる忌むべき存在。許されない存在。必要悪ですらない。
その庇護下でしか生きていけない令嬢という立場だったけれど、姉が身も心も清らかな人に出会って愛されて心底安心できましたから、もう従う意味もないというものですのよ。
おわかりかしら?
お父様。
でもまだ油断できない。
姉が正式にリーヴァ伯爵夫人となるまで、この戦場を抜けるわけにはいかない。
「申し訳ありません、お父様。少し、心が乱れてしまいました」
「しっかりしろ!」
「ですが、リーヴァ卿はお姉様とご結婚される意思に変わりはないとの事。私は身を引きます。そしてリーヴァ卿をお姉様のお部屋へご案内いたします」
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リーヴァ卿が私の肩甲骨辺りに触れ、退室を促している。
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