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2 妹がいなければ

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「そんな顔でどうやって生きていくつもりだ? リーヴァ卿が許すと思うか? リーヴァ伯爵家は我がサント伯爵家がのし上がる重要な足掛かりなんだぞ? 台無しだ」

「お父様。お医者様を」


 声が出ない。
 痛くて目が開けられない。

 妹が体を支えてくれなければ、体を起こしていられない。


「エレオノーラ。もうお前には価値がない」

を、すぐに」

「代りにオクタヴィアを結婚させる!!」


 父が怒鳴り、妹が刺々しい声を返す中、私の痛みがスッと消えた。


「そんな……!」


 愛しいフェルモ様。
 優しく、思慮深く、誠実で、勇敢なリーヴァ伯爵。

 フェルモ・アリエンツォの妻になる事が、私の唯一の光だったのに。


「お待ちになって、お父様」


 妹の冷静な声が間近に響く。


「私とリーヴァ卿は義兄妹になるつもりでこの1年半、慎ましく交流してきました。恐らく、どちらも生理的に受け入れられません」

「なに、お前もそこそこ綺麗な顔をしている。醜い疵などがある顔よりずっといい」

「お父様。顔ではなく、心の問題です」

「結婚に心など必要ない」


 私は愕然と、開く右目を見開いて妹を見つめた。

 妹は、私からあの人を奪いはしない。
 それはわかっている。

 だけど、妹に父は止められないのだ。


「リーヴァ卿が私相手では納得されないでしょう」

「売り込むさ。その疵を引き合いに出せば済む話だ」

「では、どちらにせよ早く医者を。結婚前の令嬢が寄りにも寄って顔に火傷を負ったのに、治療も満足に施さず放置したとあっては家名にも疵がつきます」

「ふむ。それはまずいな」


 弁の立つ妹は、何度も私を助けてくれた。
 でも、今は……火傷より心が痛い。

 涙が止まらない。


「それでは、お父様はどうぞ晩餐会へお出かけください。お姉様は私が」

「うぅむ……」


 父が考え込むように唸る。
 妹が、励ますように私の腕を繰り返し強く摩る。

 私は固唾を呑んで父の言葉を待った。


「晩餐会へはお前が行ってくれ、オクタヴィア」

「はい?」


 徐々に火傷の痛みが息を吹き返し、私は縋りつくように妹の手を握った。


「自慢の娘を見せびらかすつもりでいたのに、こうなっては、恥ずかしくて顔が出せん。お前の顔は自慢するほどでもないが、父親の名代を務めるとなれば申し分ないだろう」

「……光栄です」


 妹はこうして、言葉を選ぶ。
 私はそういう機転が利かない。

 妹がいたから、こんな私でもなんとか暮らしていられたのに、ここに父と取り残されるなんて、恐ろしくて仕方ない。

 オクタヴィアがいなければ、とても生きてはいられなかった。

 たとえ数日とはいえ、離れ離れになるのが恐い。


「では、急いで支度をしなければ」


 妹が私の手を逃れ、私の座る姿勢を整えてから立ちあがる。
 行ってしまう。


「ああ。立派に名代を務めてくれ。期待しているぞ、オクタヴィア」

「お父様。私は、自分が赴いた理由を誤魔化すような説明はできないと思います。不器用ですので、襤褸が出るでしょう。ですから、必ず、お姉様をに診せてください」

「ああ、わかっている。こうなればお前だけが希望だ。そのお前の顔に泥は塗らん」

「お父様。こうなってしまったからには、どうかお姉様を大切になさってください。お母様の二の舞になっては、また要らぬ誤解を招いてしまいます」

「確かにそうだな。オクタヴィア、心配は要らん。さあ、支度をしてくれ。こちらの事は私に任せて」

「ええ、わかりました。お医者様を」

「わかったわかった」


 父は浮かれた口調で、妹を急き立てている。
 お人形を挿げ替えた新しい計画に心が踊っているのだろう。


「オクタヴィア……」


 私は泣き声を洩らした。
 妹の応える声は、もう、少し離れていた。


「行って参ります、お姉様。大丈夫です。私は帰って来ますから」


 そう言い残し、妹はカメルレンゴ侯爵家の晩餐会に向け旅立った。

 父は、妹の進言を受け、すぐお医者様を手配してくれた。
 優しい手当てを受けて私は、フェルモ様が優しく私の名を呼ぶ事はもうないのだという絶望の未来を思い描き、また涙を零した。

 けれど、そうは、ならなかった。
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