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11 美しい未来へ
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国王陛下直々の裁きだったので、解決も早かった。
「ごめんなさいね、ヒラリー」
「いいえ、陛下。むしろ、私の親族が申し訳ありませんでした」
「あなたたち夫婦に悪影響がないよう、充分気をつけたつもりよ」
「はい、変わりなく過ごせています。ありがとうございます、陛下」
「まったく太々しい男ね」
バーサがいちばん怒っていた。
彼女は息子であるレジナルドに断りを入れ、ルーシャンを蹴ったらしい。
そしてレジナルドが、父親不在の中、ユーイン伯爵令息となった。
彼が立派な大人になるか、父親に似てしまうかは、私たちの教育とユーイン伯爵の本気にかかっている。養育権を義父に奪われた私の妹は、ますます肩身が狭くなったと言って、ついに実家に帰ったらしい。
一件落着、と思えた頃。
「ねえ、ヒラリー」
王妃が静かに、私を呼んだ。
「なんでしょう、陛下」
「あのね。素直な気持ちを聞かせて頂戴」
「はい」
なんだろう。
真剣な話にしては、王妃の瞳は期待で煌めいているように見える。
窓の外を優しく眺めてから、王妃は私の手の辺りを視界に収めた。伏目がちの表情が美しい。
「うちの子たちとフレデリカ、とても仲良しじゃない?」
「はい。お陰様で、よくして頂いております」
「それで、こちらの親としては……」
こちらの、親?
え?
待って。
これは、もしかして……
「上の子とあなたの娘さんを、許嫁に……と、望んでいるのだけど、どう思う?」
「スゥーーー……」
私は大きく息を吸って、そして吐いた。
「陛下」
「はい」
驚きすぎて、むしろ頭が冴えわたっている気がする。
「ありがたいお言葉です。殿下と娘は、たしかに仲睦まじく過ごしております。でも、まだ6才です。私も、親の決めた結婚が一度駄目になりました。あの愚かなルーシャン・バイアットのような事にはなるわけがないのですが、成長してどちらかの気が変わる事も充分考えられます」
「その通りよ。だけど、私も陛下と物心ついた頃には婚約していて、もちろん親の決めた事だったけれど、将来の夫が心待ちにしてくれていると知りながら過ごす子供時代はとても心強かったわ。それに、いざ結婚してみたら想像よりずっと素敵な夫だった。あの子たちを見ていると、きっと幸せになるって信じられるの」
「……それは、美しい未来です」
王妃は優しい微笑みで私を見つめ、そっと手を握った。
「フレデリカを縛る契約ではないわ。もし運命なら、それぞれ愛する人を見つけるでしょう。だけど、あの子たちなら、お互いを傷つけるような事はしないわよ」
「私が……決めて、答えるのは、どうなのでしょう?」
「ブルック侯爵には陛下が、そしてフレデリカにはうちの子が答えを求めています」
「え?」
王子が娘に?
「そっ、それは……可愛らしい求婚なのでは……?」
「そうよ」
王妃が目を細めて、嬉しそうに笑った。
そういう事なら、肩の荷が少し軽くなる。
親って大変だわ。
私を婚約させた時、その婚約を破棄された時、それで私を寄宿学校へ入れてくれた時、両親はどんな気持ちだっただろう。今の私のように、緊張とわずかな恐れと、溢れそうな期待が胸に渦巻いていたのだろうか。
「……」
美しい未来が、見えた。
「ヒラリー」
私は心が解け、あたたかい気持ちで王妃に微笑みを向けていた。
自分が喜んでいるのだと、じわじわと感じた。
「夫も、娘も、喜んでいると思います」
その日、国王陛下から同じ話を受けた夫が、貴族学校を終えた頃を見計らって私を待ち伏せしていた。
「ヒラリー!」
「聞いたわ。あなたは喜ぶと思った」
「ああ! なんてロマンチックなんだ! 人生は素晴らしいよ!!」
「薔薇色ね」
鼻息の荒い真っ赤な顔の夫を宥めて、歩き出す。
すると噂を聞きつけたのか、ひょっこりとバーサが現れた。
「おめでとう!」
「やあ、バロウズ伯爵夫人!」
「ご機嫌ね、ママン」
「ああ、私の人生は薔薇色だよ!!」
「ねえ」
喜びに戦慄く夫を揶揄いつつ笑っていたバーサが、ふと私の顔を覗き込んだ。
そして、笑顔が慈愛に満ちた微笑みに変わる。
バーサが私の腕に触れ、囁いた。
「おめでとう」
彼女がなにを見破ったか、察した。
「どうしてわかったの?」
小声で尋ねる。
夫は数歩先を歩き、浮かれた独り言を撒き散らして興奮中だ。
「歩き方でね」
バーサが片目を瞑り、励ますように私を優しく叩いた。
そう。
私は、ふたりめを身籠っている。
午前中に宮廷お抱えの医師に診断してもらい、判明した。
夫には、夕方に顔を合わせたらすぐ報告するつもりだった。
そこへ娘と王子の縁組が舞い込んでしまったので、喜びが渋滞しているのだ。
「ありがとう、バーサ」
バーサは悪戯っぽい目で私の夫を一瞥し、また私に視線を戻して、夫婦の話し合いを促すように頷いて足早に去っていった。
私は、夫の背中に声をかけた。
「アルジャノン」
「なんだい? ヒラリー」
夫が幸せそうな顔で振り向くと、胸がじわりとあたたまり、いつものように私を幸せな気分にさせた。
「愛してるわ。聞いて」
薔薇色の人生はまた輝きを増し、どこまでも膨張していくみたいだ。
(終)
「ごめんなさいね、ヒラリー」
「いいえ、陛下。むしろ、私の親族が申し訳ありませんでした」
「あなたたち夫婦に悪影響がないよう、充分気をつけたつもりよ」
「はい、変わりなく過ごせています。ありがとうございます、陛下」
「まったく太々しい男ね」
バーサがいちばん怒っていた。
彼女は息子であるレジナルドに断りを入れ、ルーシャンを蹴ったらしい。
そしてレジナルドが、父親不在の中、ユーイン伯爵令息となった。
彼が立派な大人になるか、父親に似てしまうかは、私たちの教育とユーイン伯爵の本気にかかっている。養育権を義父に奪われた私の妹は、ますます肩身が狭くなったと言って、ついに実家に帰ったらしい。
一件落着、と思えた頃。
「ねえ、ヒラリー」
王妃が静かに、私を呼んだ。
「なんでしょう、陛下」
「あのね。素直な気持ちを聞かせて頂戴」
「はい」
なんだろう。
真剣な話にしては、王妃の瞳は期待で煌めいているように見える。
窓の外を優しく眺めてから、王妃は私の手の辺りを視界に収めた。伏目がちの表情が美しい。
「うちの子たちとフレデリカ、とても仲良しじゃない?」
「はい。お陰様で、よくして頂いております」
「それで、こちらの親としては……」
こちらの、親?
え?
待って。
これは、もしかして……
「上の子とあなたの娘さんを、許嫁に……と、望んでいるのだけど、どう思う?」
「スゥーーー……」
私は大きく息を吸って、そして吐いた。
「陛下」
「はい」
驚きすぎて、むしろ頭が冴えわたっている気がする。
「ありがたいお言葉です。殿下と娘は、たしかに仲睦まじく過ごしております。でも、まだ6才です。私も、親の決めた結婚が一度駄目になりました。あの愚かなルーシャン・バイアットのような事にはなるわけがないのですが、成長してどちらかの気が変わる事も充分考えられます」
「その通りよ。だけど、私も陛下と物心ついた頃には婚約していて、もちろん親の決めた事だったけれど、将来の夫が心待ちにしてくれていると知りながら過ごす子供時代はとても心強かったわ。それに、いざ結婚してみたら想像よりずっと素敵な夫だった。あの子たちを見ていると、きっと幸せになるって信じられるの」
「……それは、美しい未来です」
王妃は優しい微笑みで私を見つめ、そっと手を握った。
「フレデリカを縛る契約ではないわ。もし運命なら、それぞれ愛する人を見つけるでしょう。だけど、あの子たちなら、お互いを傷つけるような事はしないわよ」
「私が……決めて、答えるのは、どうなのでしょう?」
「ブルック侯爵には陛下が、そしてフレデリカにはうちの子が答えを求めています」
「え?」
王子が娘に?
「そっ、それは……可愛らしい求婚なのでは……?」
「そうよ」
王妃が目を細めて、嬉しそうに笑った。
そういう事なら、肩の荷が少し軽くなる。
親って大変だわ。
私を婚約させた時、その婚約を破棄された時、それで私を寄宿学校へ入れてくれた時、両親はどんな気持ちだっただろう。今の私のように、緊張とわずかな恐れと、溢れそうな期待が胸に渦巻いていたのだろうか。
「……」
美しい未来が、見えた。
「ヒラリー」
私は心が解け、あたたかい気持ちで王妃に微笑みを向けていた。
自分が喜んでいるのだと、じわじわと感じた。
「夫も、娘も、喜んでいると思います」
その日、国王陛下から同じ話を受けた夫が、貴族学校を終えた頃を見計らって私を待ち伏せしていた。
「ヒラリー!」
「聞いたわ。あなたは喜ぶと思った」
「ああ! なんてロマンチックなんだ! 人生は素晴らしいよ!!」
「薔薇色ね」
鼻息の荒い真っ赤な顔の夫を宥めて、歩き出す。
すると噂を聞きつけたのか、ひょっこりとバーサが現れた。
「おめでとう!」
「やあ、バロウズ伯爵夫人!」
「ご機嫌ね、ママン」
「ああ、私の人生は薔薇色だよ!!」
「ねえ」
喜びに戦慄く夫を揶揄いつつ笑っていたバーサが、ふと私の顔を覗き込んだ。
そして、笑顔が慈愛に満ちた微笑みに変わる。
バーサが私の腕に触れ、囁いた。
「おめでとう」
彼女がなにを見破ったか、察した。
「どうしてわかったの?」
小声で尋ねる。
夫は数歩先を歩き、浮かれた独り言を撒き散らして興奮中だ。
「歩き方でね」
バーサが片目を瞑り、励ますように私を優しく叩いた。
そう。
私は、ふたりめを身籠っている。
午前中に宮廷お抱えの医師に診断してもらい、判明した。
夫には、夕方に顔を合わせたらすぐ報告するつもりだった。
そこへ娘と王子の縁組が舞い込んでしまったので、喜びが渋滞しているのだ。
「ありがとう、バーサ」
バーサは悪戯っぽい目で私の夫を一瞥し、また私に視線を戻して、夫婦の話し合いを促すように頷いて足早に去っていった。
私は、夫の背中に声をかけた。
「アルジャノン」
「なんだい? ヒラリー」
夫が幸せそうな顔で振り向くと、胸がじわりとあたたまり、いつものように私を幸せな気分にさせた。
「愛してるわ。聞いて」
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(終)
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